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2006年6月28日 (水)

和食を作る

薄暗い道から「みっつけた!」と言うタイ語が聞こえてきた。
声がした方を見ると、ヌチャナートが猫のサダムを遊ばせながら俺の帰りを待っていたのだ。
「今晩のご飯は何だと思う?」ヌチャナートはいたづらっぽく笑う。
「うーん、わからないな」
「和食よ。和食を作ったのよ」
ヌチャナートが言う和食なんて「ラーメン」か「うどん」か「蕎麦」だろう。
さもなければ刺身だろう。
刺身なんて簡単な料理だと思うだろうが、タイ人には簡単ではない料理なのだ。
魚をまな板において、包丁を斜めにして一気に切らなくてはいけない。
その感覚がつかめないらしい。
まな板に直角にあてた包丁で魚を切るから、魚の身が小さく見えてしまう。
包丁を前後に押したり引いたりして切るので魚の身がほぐれて汚らしくなる。

R0017275 ヌチャナートが言う和食なんてそんなところだろうと想像していた。
家に帰るとカレーの臭いがする。
確かに食べられる味になっている。美味しいカレーだが一味違うのだ。
ヌチャナートはカレーだけを味見して塩加減をしたようだ。
この塩加減はタイ料理の塩加減だ。和食の塩加減はもっと塩っぱい。
それにこのカレーはインドカレーの特徴を出すクミンの香りが少ない。
カレーのお約束である人参が入っていない。玉ねぎも入っていない。
ジャガイモは皮を剥かないまま丸ごと入っている。
鶏肉も驚くほど大きい塊だ。
ヌチャナートのカレーを食べながら思わず笑ってしまった。
「何を笑っているの?」
「人参がないね」
「ウチに人参がなかったのよ。人参を入れるのは知っているわ。」
「鶏肉が大きすぎるよ」
「この位の大きさの鶏肉をよく使っているわよ」
鶏肉の大きさはまあよしとしよう。

固形のルウーを買ってきてヌチャナートはインドカレーを作ったのだ。
そう言っても誰も感心しないだろうな。
俺には驚きなのだ。ヌチャナートは固形ルウーの箱に日本語で書いてある料理方法を読めない。
それなのに、カレー味の記憶を頼りにカレーを作ってしまったのだ。
タイ人はインドカレーの臭いが嫌いなのだ。嫌いな臭いを我慢して作った料理だ。

タイの典型的料理「トムヤンクンの素」を買ってきて、読めないタイ文字で書かれた料理方法を
無視してトムヤンクンの味の記憶を頼りにトムヤンクンを作れる日本人は少ないだろう。

魚や海老を醗酵させた調味料がタイには沢山ある。それらは特有の臭みがある。
その臭いが嫌いだとする。嫌いな臭いを我慢しながら料理を作るというのは苦痛だと思う。

更に可笑しかったのは、我々はカレーはインド料理だと思っている。
ヌチャナートはカレーは和食だと思っているのだ。
日本で食べるカレーはインドのカレーとは違うから和食と言えば和食と言えない事もない。

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2006/6/28

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