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2006年9月30日 (土)

ベルトのような

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ベルトのような豆?がある。俺はものぐさだからいちいち名前を調べない。
この野菜の名前をヌチャナートに聞いただろうが、頭が悪いから忘れた。
タイの食材店で買える。
食材店に行って野菜を見れば、俺がどの野菜のことを言っているのかすぐに分かる。
ヌチャナートはこれが好きだ。

これをグリルで焼くのだ。焼いた野菜を食べやすい大きさに切る。
写真の中のちょっと四角い野菜がそれだ。
唐辛子ソースをつけて食べる。
ちょっと苦味があるが美味しいのだ。

もう一つの茹でた野菜はタイにもあるそうだ。
タイでは野草のようなことを言っていた。
栽培していないのかな?
疲れていたので、「うん、うん」と適当に返事をしていた。
もともと分からないタイ語だ。
それをいい加減に聞いているのだから、正確なことはわからなくて
も当然だ。この野菜はタイにもあり、日本の物はタイの物よりも大き
いと言ったのは確かだ。

2006/9/28

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食の知識

人間は生きるために食わなくてはいけない。
都会に住む人間は食べ物はスーパーで買うものと思っている。
山の中で一人で仙人暮らしをしていたり、人里離れた場所で長年
暮らしている人の生活をテレビでみた。
彼らの周囲には食用になる野菜などがふんだんにある。
俺達が知っている野菜は畑に整然と植えられている。
そのため、胡瓜などは弦を上方に伸ばし実は垂れ下がっているもの
と俺達は思い込んでいる。山の胡瓜は地面を這っているのだ。
山の野菜や人々は自然のままに生きている。
そんなことを知らない俺たちは胡瓜やその他の野菜を踏み潰して
いる。野菜ですらこんな調子だから、食べられる野草なんてまるで
知らない。

タイでの経験で、道端のあちこちに食べられるものが生えているの
を知った。ヌチャナートが
「これは食べられるわ。これも食べられるのよ。」
と教えてくれた。鍋がなくともバナナの葉で蒸し焼きにすることも
学んだ。

インパール作戦で敗残する日本の兵隊が道端に生えている食用に
なる草の知識を持っていればあれほどまでに多くの兵隊が死なない
でもすんだのではなかろうかと思ってしまう。
「食べ物=ご飯」という図式を脱した兵隊は生き残ったのではない
だろうか?こんなことを考えていると、食の知識は大切だと思って
しまう。アレルギー体質の人は別にして、何でも食べてみる好奇心
が必要だ。知らないものを食べるには勇気が必要だ。

2006/9/22

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サンマの塩焼き

今朝はサンマを焼いてくれた。
サンマには大根おろしがついていた。もうこうなると完全な和食だ。
「ねえ、パーサンマを食べるでしょう?」

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タイにはサンマがない。したがってサンマと言う言葉もない。
ヌチャナートはこの魚をパーサンマと呼んでいる。
盛り付けた皿は小さいので見栄えは悪い。
家族で食べる食事だから、見栄えはあっちにおいておこう。
でも本当に綺麗に焼き上げてある。
急いで食べるには勿体無いような焼き上がりだ。

もしこれが晩に出されたなら、レモンをギューっと絞って
酒を飲みながら食べただろう。

2006/9/28

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これは辛れえ

今日の飯は辛れえ。いつものことだが今日の飯はいつもより辛れえ。
これを作っている時、唐辛子の目に見えない煙が立ちこめ何度もくしゃみをした。
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「辛いわよ」とは言われていたので覚悟はできている。
飯を食うのになんで覚悟をしなくてはいけないのだ?
緑色の小さなものは緑色の唐辛子の輪切りではない。
インゲンだ。今日は唐辛子を何本入れたのだ?
この料理はこの位、辛くしないと美味しくないらしい。
辛い飯で泣くというが、本当に泣きながら食べている男がいた。
「食とはこういうものだ」「食はこうあるべきだ」なんて固定概念を
持っていると外国では生活ができない。
何を出されても食ってしまう。それが大切だ。
タイ飯は日本の飯とはまるで違う。
理由はわからないが、このような飯を食わないとタイでは駄目なのだ。
これはあくまでも推定だが、タイの土壌には例えばモリブデンが少ない。
そのような土壌でとれる野菜も当然モリブデンが少ない。
だが、唐辛子はモリブデンをよく取り込む。
モリブデンのような微量な元素がないと体調が壊れる。
唐辛子を大量に使った辛い飯を食っているとモリブデン不足による
体の変調をきたさない。
こんな理由がタイ飯には隠されているのかもしれない。

2006/9/27

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薬膳:トウモロコシと便秘

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トウモロコシを食べると便通がよくなるのは知っている。
トウモロコシの黄色い皮が消化されずそのまま排出される。
消化の悪い皮が腸を刺激するために排便を促すのだと思う。

タイの屋台ではよくトウモロコシを売っている。
茹で上げたトウモロコシをナイフでそぎ取るのだ。
タイの屋台のトウモロコシをまだ試食していない。

ヌチャナートがナイフでそぎ落としたトウモロコシを茹でる。
茹でるときに砂糖を加えていた。
茹で上げると「バターなかったかしら?」と言いながら冷蔵庫を覗い
ている。バターなんてめったに使わないので、買ってない。
いや、買ったけどもうなくなった。何時なくなったのかも覚えていない。
普段はバターをあまり使わないのに、タイ人の家庭には殆どない
バターがトウモロコシに合い美味しくなることをヌチャナートは知っ
ている。
「バターはもうないのね。」
「・・・」
「マヨネーズと一緒も美味しいのよ。食べる?」
「うん」
トウモロコシとマヨネーズを合わせるとサラダを食べているような
感じになる。甘みのあるトウロモコシが美味しいのだ。

「ヌー、タイの屋台でトウモロコシを売っているね。」
「ええ」
「タイではトウモロコシを切って、ポリ袋にいれるね。この他に何を
入れているの?」
「砂糖でしょう。それにココナッツよ」
美味しそうな話だ。それもきっと美味しいだろう。今度、タイに行った
ら是非トウモロコシを食べよう。

薬膳の関連記事はここにあります。

薬膳:ライムジュースと便秘 
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_f2f2.html

薬膳:苦瓜   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_ffd9.html

薬膳:赤いスープ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_bdde.html

薬膳:烏骨鶏   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_56d1.html

薬膳:便秘に効く   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_096e.html

薬膳:トウモロコシと便秘 
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_7b1c.html

薬膳:青い葡萄   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_2c5f.html

薬膳:マンゴー   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_6986.html

薬膳:唐辛子酢   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_b608.html

薬膳:便秘に効く果物   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_a32d.html

薬膳:便秘療法   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_6278.html

2006/9/26

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芋の茎

八百屋の店先に芋の茎があった。それを見るとヌチャナートが買お
うと言い出したのだ。今は、これを食べる人が少なくなったが、戦後
の食糧難の時代はこれも貴重な食品だったのだ。

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ヌチャナートはそんなことを知らない。彼女が知っているのは「芋の茎を料理すると美味しい」ということだけだ。
一メートル以上もある芋の茎を二つに切ってもらって持ち帰った。
これでタイ風に味付けして煮込むのだ。芋の茎はふっくらと煮える。

見た目はあまりきれいではないが食べると美味しい。
この他に卵焼きがあった。彩りは卵焼きの方が綺麗だ。

タイの玉葱で香りをつけた卵焼きに手がでた。
「美味しいわよ。食べてよ」
ヌチャナートに催促されて、芋の茎を食べた。
ソースは辛いが美味しい。
こんなにも美味しい芋の茎をどうして食べないのだろうか?
もったいない話だ。

2006/9/25

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2006年9月24日 (日)

食の変化

食は時代と共に変化する。時の流れで変化したものの一つに寿司
がある。今の日本で寿司といえば、握り寿司だ。
ここだけの話だけどウチのヌチャナートは寿司は回転するものだと
思っている。本物の寿司屋を知らないのだ。
俺は絶対に教えないのだ。
そんなわけで、ヌチャナートは「寿司は安くて、おいしくて、好きなもの
だけ選べて、腹いっぱいになる料理」だと思っている。

寿司の歴史を見ると寿司は保存食品だった。
魚と米と塩を抱き合わせて乳酸醗酵させて貴重な蛋白源を保存し
ていた。馴れ寿司とかイズシと言われる奴だった。
そのような寿司の原型がタイには沢山ある。
臭みも強いが旨味も強い食品だ。
食に興味がある人には探求しきれないほど面白い研究材料がタイ
にはある。馴れ寿司を作るには時間がかかる。食中毒の危険もあ
る。江戸期に飯に酢を混ぜて魚の切り身を乗せる早寿司というのが
流行した。
当時のインスタント食品、ファーストフードが今日の寿司だ。

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場所が変化すると食も変化する。
中国の麺をマルコポーロがイタリアに持って行きスパゲッティになったという。
日本で言う中華料理の八宝菜もアメリカにはいるとチョップスイとなる。
これも美味い料理だが中国の料理とはまるで違うはずだ。



ヌチャナートがハンバーグを作った。ハンバーグの原型はどこなの
だろうか?名前からするとドイツみたいだが、とりあえずアメリカが
ハンバーグの原型の地としよう。
挽肉に玉葱、ニンニク、胡椒等々を加えて小判型に成型したものを
ハンバーグと言うことにしよう。
先日、ヌチャナートはタイ風のハンバーグを作った。
これは挽肉にタイの香草を混ぜたものだ。
毎日タイ料理ばかりなので、旦那が可哀想だと思ったのだろう。
アメリカ風の味付けのハンバーグを作ってくれた。
タイの香草を入れる代わりに玉葱、ニンニクを入れたのだ。
ヌチャナートにとってはこんな料理はどうということもない、簡単な
料理だ。これにドミグラスソースをかければ完璧だ。
しかし、ヌチャナートはドミグラスソースを作れない。
焼き上げたハンバーグにソースをかけるともっと美味しくなることは
ヌチャナートは知っている。ヌチャナートは毎度お馴染みのナンプラ
と生の唐辛子を混ぜたソースをかけることにした。
これを食いながら俺はニヤリと笑った。
「食はこのようにして変化していくのだ」
と食の変化の目撃者になったことが可笑しかった。

タイにもマクドナルドが入り、ハンバーガーを売っている。
マクドナルドのハンバーガーはタイの庶民の手の届かない所にある。
この味が庶民の手に移ると、ナンプラの味に合うように変化していく
のだ。

中国の麺がイタリアに渡りスパゲッティとなり、それが東南アジアの
タイに戻ってきた。タイのスパゲッティはタイ独特の味付けになって
おり、中国、イタリアの味とはまるで違う。
イタリア人がタイのスパゲッティを見たら新種の料理だと思う。

昔、「インド人もびっくり」と書いたカレーの広告があった。
どういう意味でインド人がびっくりするのかわからないが、日本の
カレーをインド人が食べたならインド人がびっくりするだろう。

食は時、場所とともに変化する。この変化を見ていると飽きることがない。

2006/9/22

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