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2007年3月27日 (火)

鰯の丸干し

新鮮な鰯は美味いが、古くなるとすぐに油がいかれて臭くなる。
鰯は大量に取れるので安い。安いから下等な魚にされている。
これは鰯にとって気の毒な話だ。
干物にする場合も、新鮮なうちに塩を振って干物にしたものは
堪えられないほどの旨味がある。

今朝の鰯の丸干しも新鮮なものを乾燥させたものだ。
焼いていると油がじゅうじゅうとたれる。
「ご飯、できたわよ。唐辛子いる。」鰯が焼きあがったようだ。
「うん」
「ウチの旦那はタイ人みたいなんだから。」
ぶつぶつ言いながらも唐辛子のタレを作ってくれた。
今日は、タレというより唐辛子の粉をナンプラでふやかした
だけだ。湿った唐辛子の粉と言ってもよい。

鰯の身を取ってご飯に乗せる。唐辛子も乗せて全部を混ぜ
合わせる。あまり魚を好まない俺だが、今日のこの味は格別に
美味いと思う。俺は箸で魚、唐辛子とご飯を混ぜて食べている。
ヌチャナートも同じ物を食べているが、ヌチャナートは指で混ぜ
合わせている。ああ、やはりタイ人なのだ。
焼いた干物の魚は指で千切りながらもち米と一緒に食べるの
がタイの田舎流だ。
この魚をもち米で食べたなら、もっと美味しい。
日本の米はタイの米と違って粘り気があるから、ちょっとタイの
風味に近いかもしれない。
ヌチャナートも鰯の丸干しを美味しそうに食べていた。
魚の好きなヌチャナートは頭の部分の肉も指で摘み出して
食べていた。魚が好きな人は魚の食べ方が上手だ。
そして残すところなく食べるので、食べた跡も綺麗だ。

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2007/3/27

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アイスバインが

豚のすね肉があった。骨は付いてない、肉だけだ。
「ヌチャナート、こんな肉があるよ。」
「あらっ!そこは美味しいのよ。買いましょうよ。」
最近、日本の洋食屋で豚の骨付きのすね肉を煮込んだアイス
バインがでるようになった。骨を付けていなくても豚のすね肉を
つかった料理をドイツではアイスバインと言っているようだが、
日本の洋食屋では骨付き肉を煮込んだものをさしている。

ヌチャナートがドイツのアイスバインの味付けを知るはず
がない。このすね肉をどのように料理するのか楽しみだった。
すね肉を適当な大きさに切って、煮込んでいた。
ある程度煮込んだら味付けだ。
「ねえ、サミイ!ポローなかった?」
ポローというのはトンポーロ用の香辛料のことだ。ウチだけで
通じるタイ語だ。トンポーロ用の香辛料を探している。
五香粉と書かれた香辛料を取り出してあげる。
ヌチャナートは臭いで確かめてから五香を鍋に入れていた。R0018882
黒胡椒もペッパーミルで潰しながら鍋に入れた。

「野菜を食べるでしょ?何があるの?」
冷蔵庫を見ると菜の花と茄子があった。菜の花は季節の野菜だ。やさしい苦味が美味しい野菜だ。
こちらは茹で上げて水を切っただけだ。食事に緑の野菜があると楽しくなる。
すね肉も茹でた物を水切りして出してきた。

焙煎して粉にした唐辛子を大匙山盛り一杯とナンプラを入れた
ものがタレだ。R0018884 酢と唐辛子を混ぜたものも出してきた。
野菜やすね肉を唐辛子入りのタレに付けて食べる。

ヌチャナートにできるはずがないとわかっていたが、なんとなくドイツ風に味付けしたアイスバインを期待していた。それが全く違う味になっている。
こうやって食べる豚のすね肉も美味しいもんだ。

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2007/3/26

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2007年3月26日 (月)

外国の竹の子

タイの市場にグリーンアスパラがあった。グリーンアスパラは
俺の好物なんだ。それを買い求めたついでに、売っている
おばさんにアスパラのことをタイ語で何と言うのか聞いた。
「外国の竹の子というのよ」
「えっ!?・・・・・」R0018878
驚いて次の言葉がでなかった。
言われて見ればアスパラは竹の子のように見えないこともない。
面白い表現なので笑ってしまった。
このように印象を強く受けた単語はすぐに覚える。また忘れない。

今朝はアスパラを豚肉と炒めた。
ニンニクも一緒に炒めるので家中にニンニクの臭いが立ち込める。
生憎、オイスターソースを切らしてしまった。
オイスターソースがあるともっといい味になるのに残念。
新鮮なアスパラの緑色が綺麗で食欲をそそる。
好きな食い物を食べると幸せな気分になる。

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2007/2/26

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料理の臭い

夕方、ヌチャナートと近所を散歩していた。
何処の家も夕飯の支度をしている。
美味しそうな臭いが漂ってきた。
「この臭い、なあに?」ヌチャナートが聞く。
醤油で何かを煮込んでいる臭いだ。
何を煮込んでいるのかわからない。
日本人にはこの臭いは食欲をそそる美味しそうな臭いだ。
外国人はこれを異臭と感じるだろう。
ただ単に異臭と感じるなら、問題がない。
「この臭いに耐えられない」と思ったなら日本に住むことができない。
日本中、何処に行ってもこの臭いが立ち込めるからだ。

「お料理の臭いね。ウチの料理の臭いも外に出て行くのね。」
「・・・・そうだね。」
「ご近所は臭いと思っているのかしら?」
「うん、そうだね」
ヌチャナートにとってナンプラやニンニクを炒める臭いは普通の
臭いなんだ。この臭いはヌチャナートにとっては食欲を刺激する
好い臭いだ。ご近所はこの臭いを異臭と感じているのではないか
と、ヌチャナートは気づいたようだ。

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2007・3・26

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迷い箸

よく英国には料理がないがマナーがあるなんて聞く。
日本の食事の作法は英国以上に厳しいものがあるかもしれない。
俺はそれほどお行儀よく食べているわけではないから、食事の
作法についてとやかく言える立場ではない。

先日、タイ人が家に来て食事をした。
ヌチャナートが鶏肉の唐揚だか、ガイピンのような料理をだした。
タイ人は皿に盛られた鶏肉を箸で転がしながらお気に入りの肉
を捜していた。日本の食事作法ではこういうのを、たしか「迷い箸」
と言ってお行儀が悪いこととされている。
「迷い箸」ではなくて他の言葉だったかもしれない。
とりあえずここでは「迷い箸」としておこう。
俺は「迷い箸」を見るのが嫌なのではなくて、食べ物で遊んでいる
ように見えるのが嫌だった。タイ人にはこれは普通のことかなと
思いなおした。こんなことを思い出したからだ。

小学校の裏で魚の唐揚を売っている。小学生がその店で唐揚を
買う。どうやって小学生が唐揚を買うのかじっと見ていた。
小学生は指で唐揚をひっくり返したり、より分けている。
そして自分の好みの部位だか、大き目の肉を摘んで買って行った。
小学生は箸の代わりに指を使っていたが、これも一種の「迷い箸」
だと感じながら小学生を見ていた。

もしかするとタイ人には「迷い箸」という観念がないのかもしれない。
買う人、食う人には選ぶ権利があると考えるのだろうか?
それも一理ある。でも指で選ぶのは衛生的ではない。
タイの衛生観念が高まれば、こんな習慣も廃れるかもしれない。

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2007・3・26

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レバー炒め

ヌチャナートが作るレバー炒めは、日本のラーメン屋などで食べ
るレバー炒めとはちょっと違う。醤油味ではない。ナンプラで味付
けしている。俺はあんまりレバーが好きでない。R0018876
肉なのに、柔らかい感触が面白くない。
独特な臭いも気に食わない。
ヌチャナートはレバーが大好きだ。
「サミイは食べなくてもいいのよ。あたしが食べるから」
そう言いながら一人で美味しそうにレバー炒めを食べている。
俺はレバー炒めを食べないのではない。
他に食べ物があれば、そっちを多く食べると言うだけだ。

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2007/3/25

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2007年3月24日 (土)

タイへ行ったら

今度、タイへ行ったなら何を食べようかな?日本で食べることが
できない物を食べよう。一番簡単な珍しい食べ物を探すのは
ゲテモノを探すことだ。

タイ人に連れられて行った店に蛙料理があった。
確か、この時は蛙の足を焼いたものだったと思う。蛙の食感は
鶏肉のようだと覚えている。蛙の肉は小さいから、ひな鳥だよと
騙されても分からないかもしれない。

市場に家人と出かけた。家人は小さな蛙を買った。
雨蛙ほどの小さい蛙の場合はシチュウにして出された。
手足を広げ腹がぷくっと膨れた雨蛙が入っている。
どうにも気味が悪いので食べなかった。

翌朝、朝ごはんを用意してくれた。俺一人残して家人は消え
ちゃった。様子が可笑しいなと思いながら、腹が減っているので
用意してくれた朝ごはんを一人で食べた。
美味いシチュウだった。なんだか変な肉が入っている。
昨晩の蛙のシチュウを温めなおして出したのだとわかった。
柔らかな蛙の体はばらばらになり、蛙の姿がない。
「蛙を食わせた!」と俺が怒り出すと思ったのか家人はどこかに
消えちゃった。どっかで俺の様子を探って、くすくす笑っていた
のかもしれない。

赤蟻の卵も食ったことがあるけど、どんな味だったか忘れた。
日本人はこれをゲテモノと思うけど、タイ人の中では普通の
食べ物だ。タイ人から見れば魚を生で食う日本の刺身は
ゲテモノだ。

桶の中に大きな魚の発酵製品があった。
魚を取り出そうと桶の中をかき回すと白い蛆虫が沢山出てきた。
「うわああー!」「マイペンライ、マイペンライ」と彼等は気に
しない。この魚を焼いて食べたら、旨味がぎっしり詰まっていた。
餅米と一緒に食べると美味さが引き立つ。ヌチャナートもこの魚を
知らなかったらしい。
「美味しい魚よ。私、この魚、知らないわ。何処で買ったの?」
もう一度、この魚を求めて市場に行ったが、見つけることができ
なかった。

ガイドブックに書いてあるレストランでお勧め料理を食べるのは
観光客にお任せしよう。俺は市場を歩き回り、面白い食品を見つ
けて、家に持ち帰り調理してもらう。
こんなことができるのは俺の特権だ。俺が市場で面白い食品を
見つけて持ち帰る。
「日本人がこんな食べ物を買ってきた。何処で見つけたの?!」
俺が買った物を見て、タイ人は驚いたり、大笑いする。
俺が買った物はタイ人でもあまり食べないもの、珍しい物なのだろう。
日本で西洋人が藁苞納豆を買ってきて「これを食べたい」と言い出
したなら日本人は驚く。そんなことを俺はタイでやっていたのだろう。

日本では塩辛はイカと鰹が殆どでその他の魚介類の塩辛はあまり
ない。タイには沢山の塩辛がある。小魚から貝といろいろだ。
塩辛だから臭い!実に臭い!その臭みの中に旨味が凝縮され
ている。おいしい塩辛を探すのも楽しみだ。

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2007/3/24

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2007年3月23日 (金)

茶碗と箸

ヌチャナートにとって茶碗は数ある食器の中の一形態だ。
何か食べ物を盛る時、茶碗が手元にあれば、茶碗に食べ物を
盛ってだす。

日本人にとって茶碗は神聖なご飯を盛る専用の食器で他の用途
に使うことはない。家族とか、ごく親しい友人の前なら茶碗に漬物
を盛って出すことがあるが、通常はそんなことをしない。
日本の家庭ではこの茶碗と箸は誰のものと決まっていて、他の人
が使うことがない。
何度も俺はヌチャナートにこのことについて説明したのだが、
ヌチャナートには理解できないようだ。そういう習慣がない国で
育ったのだから、理解できないのも当然だ。

ウチには茶碗があるがあまり使わない。タイ料理ばかりだから、
茶碗を使う必要がない。茶碗を使ってタイ料理を食べるのは食べ
にくい。

ウチでは箸は割り箸を使っている。環境のことを考えたら、塗り箸
を買ってきた方がいい。どういうわけか、ウチでは割り箸しか使わ
ない。一度使った割り箸を何度も洗って使う。環境に配慮している
のではなくて自然とそうなった。
ヌチャナートはこれが普通の姿だと思いこんでいるのかもしれない。
そうすると俺が「箸と個人が結びついている」と説明してもなかなか
理解できないのが当然だ。
「食器と個人が結びつく」という考えはタイにはない。

塗り箸が売られているのをヌチャナートは見て知っている。
「買おうか?」と言っても「いらない」と答える。
ヌチャナートはあの綺麗な塗り箸も割り箸と同じように一度使った
ら捨てるものだと思っているのかもしれない。

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2007/3/23

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ゲンガイウンセン

この料理は鶏肉と春雨のスープみたいなものだ。
ちょっと辛味がある。これを食いながら俺はふと疑問に思った。

スープとシチュウの区別は何処にあるのか?
具の量で決まるのか?
スープの中に具が沢山入っているのがシチュウ???
そうするとこれはシチュウになるのかな?

R0018873 シチュウとスープの差」と書き込んでGoogleで検索したら、俺のブログ「ウチの料理」が検索結果にでている。
俺は「シチュウとスープの差」が分からないから、検索したのだ。
それなのに、俺のブログを参照、参考にせよと検索エンジンは言う。
ブログ「ウチの料理」を書き込んでいる、当の本人が分からないからウエブで検索しているに、俺のブログを参照しても解決にならない。

インドカレーはシチュウだよね。スープがドロっとしているのがシチュウか?
タイカレーはドロっとしていないからスープ?
ロシアのボルシチはどっちになる?スープかな?

この料理がスープでもシチュウでも、美味けりゃ分類はどうでもいい。
香り高い香草が入っている。ご飯は皿に盛ってある。
ウチはご飯を茶碗に盛ることはない。ヌチャナートには茶碗に
ご飯を盛る習慣がない。日本では茶碗はご飯専用の食器だ。
茶碗が何のためにあるのかヌチャナートにはわからない。
もし、茶碗に例えば味噌汁などをよそると俺が怒る。
ヌチャナートには怒られる理由がわからない。

皿に盛られたご飯の山から一口分だけスプーンでご飯をとる。
一口分のご飯を皿の上で平らに広げる。スープをすくってご飯
にかける。ご飯を平らに広げるのは、ご飯粒がすばやくスープ
を吸収するからだ。
よく煮込んだ鶏肉、スープが染みて赤く染まった春雨、そのどちら
もいい味になっている。辛味が食欲を刺激する。
食べ過ぎると、太る。この位でやめとかないといけないと思い
ながら、もう一匙食べちゃった。

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2007/3/22

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2007年3月22日 (木)

イナゴの佃煮

イナゴの佃煮をいただいた。イナゴはカリカリとしていて不味い
ものではない。むしろ心地よい歯応えを楽しめるくらいだ。
虫だと思うから気持ちが悪い。 山で遭難するとか何らかの理由
で食べ物がなくなり綺麗ごとを言えなくなる場合、イナゴは貴重
な蛋白源だ。

タイでR0018871 はイナゴを売っている。スナックのように彼等はイナゴを食べている。
油で揚げたあるいは炒めて塩味をつけたものだ。
イナゴなどの昆虫を買うとポリ袋かプラスチックの容器に入れてナンプラを振りかけてくれる。
タイの昆虫は塩味だ。

佃煮というのだから、塩っぱい味だと想像しながらイナゴを食べた。
食べてみると、これは甘い。
想像していた味ではない。物凄く甘いと感じる。
それと醤油の味も濃厚だ。
この甘いイナゴはヌチャナートにも不評だった。

腹が空いたのだろう、ヌチャナートはご飯をよそってきた。
白いご飯と一緒にイナゴの佃煮を食べている。
「あら、ご飯と一緒だと、このイナゴは美味しいわよ」
このイナゴの佃煮はご飯と一緒に食べるのを前提にした味付けだったのだ。
タイ人が食べるように、そのままむしゃむしゃ食べることを前提にしていない。

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昆虫食の関連記事はここにあります。
   
昆虫食      

http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_26dc.html

ノーンメパイ 蛆虫   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_330c.html

イナゴの佃煮    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_dad7.html

昆虫食 カブトムシ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/__6be5.html

昆虫食:コオロギ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_81a4.html

昆虫食: 蝉   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/__b240.html

昆虫を食べる    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_8386.html

2007/3/22

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2007年3月21日 (水)

料理の普及とミーハーグルメ

食は物凄く保守的だ。
命のために食べるのだが、おかしなものを食べるとお腹をこわす。
最悪の場合は死ぬ。それを避けるには今まで食べてきて安全と
分かっているものだけを食べ続ける。どうしても保守的にならざる
をえない。

今は何でもない餃子だが、ちょっと前までは餃子は嫌われていた。
それは餃子に使われているニンニクのせいだった。
ニンニクの臭いは何時までも口の中に残る。ニンニク入りの餃子
を食べた人には分からないが、周囲の人はニンニクの臭いを敏感
に感じる。それがニンニクが嫌われる原因だった。

これはいけないことなのだが、日本人は中国人を見下げていた。
そういう風潮が日本にはあった事実を認めておこう。
民間人も軍人と同じように中国人をチャンコロと呼んでいた。
餃子はチャンコロの食べ物だ。
「チャンコロの食い物なんか高級な日本人が食えるか!」
なんて意識があった。こんなわけで、餃子もニンニクも嫌われ物
だった。

有名な料理研究家が
「ニンニクはフランス料理にも沢山使われているんですよ。それに
ビタミンも豊富なんです。」と言った。
フランス、憧れのフランスでも軽蔑すべきあの臭いニンニクが
使われるのだ!と日本人は驚いた。
高級な国フランスでニンニクが使われるのだと知ると、日本人の
ニンニクに対する評価が一変した。ニンニクに対する偏見がなく
なった。
「葷酒山門に入るを禁ず」と嫌われたニンニクが香辛料として認知
されるようになった。

新しい食べ物が国民に浸透するには時間がかかる。
このニンニクの例に見るように、有名人のお墨付きがあると、
あっという間に新しい食べ物が浸透する。

新しい食べ物が普及するには有名人が美味いと言うか、マスコミ
で取り上げられると、瞬く間に普及する。
テレビの言うことは正しいと信じられているからだ。
いくら有名人やテレビが美味いと言っても同調する人がいなけれ
ば新しい食べ物は普及しない。
ミーハーグルメは有名人が美味いと言ったものをすぐに食べる。
そして有名人の言葉に同調し周囲に吹聴する。
新しい食べ物、料理の普及にはミーハーグルメの存在を無視する
ことはできない。

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2007/3/20

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勿体ない話

海外旅行が自由になったとはいえ、まだまだ海外旅行に行くには
金がかかる時代だった。
中小企業の社長さん達がグループでフランスに行った。
グループの中に物知り顔のミーハーグルメが居た。
めったにいけないフランスだ。
フランスに行ったら、あれもやりたい、これも食いたいとはしゃい
でいた。
金持ちの社長さんばかりだから昼は何処其処の高級レストランで
食事、夜はこっちの高級レストランで食事という計画を立てた。
これは豪華な料理旅行とリーダー格の社長さんはこの計画に
ご満悦だった。

帰国したリーダー格の社長さんの顔は曇っていた。。
「昼の高級レストランで腹一杯くったので、夜の高級レストランでは
何も食えなかった。高い金をだしたのに、どの料理も殆ど手付かず
のまま下げてもらった。」と悔しそうだった。
大きな皿にちょこんと乗っている本格的西洋料理は少ないように
見えて、フルコースになるとその量は見かけより多いのだ。
それを消化するにはちょっと時間が必要だ。
おじさん、おばさんの胃袋は短時間にそんなに沢山は消化できない。
勿体ない話だ。

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2007/3/20

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味の違い

世の中には本当に味の違いが分かる人がいる。
そういう人は味の記憶を鮮明に持つことができる。
そのような人はグルメだなんて自称しないし、自分がグルメだ
なんて思っていない。野菜でも魚でも何処がどんな色をしていれば
美味しいかちゃんと知っている。

味の違いが分かる人は初めて食べる食品でも美味いものは
「これは美味い」と自信をもって言い切る。
ミーハーグルメは「フォアグラは美味い」という情報を与えてから
「フォアグラ」を食べさせないと美味いといわない。

なにも情報を与えずに「フォアグラ」を食べさせてもミーハーグルメ
は感動しない。情報を与えてから「フォアグラ」を食べさせても
ミーハーグルメにはその美味さを本当はわからない。
でもミーハーグルメは「フォアグラ」は不味いとは言わない。
皆が「美味しい」と言うものを自分一人だけが「不味い」とは言え
ないのだ。「美味さがわからない」なんて言えば、味音痴だと思わ
れてしまうと恐れる。言い換えれば旨いも不味いも自分で判断
できないのがミーハーグルメだ。

「フォアグラ」を知らなくても味の違いが分かる人は、初めてフォア
グラを食べて「これは美味い食品だ」と言いきる。
そこがミーハーグルメとは違うところだ。

味の違いが分かる人は「美味いものの定義」が出来上がっている。
香りの強さと種類、酸度、糖度、歯応え、温度等々が一体となった
もやもやとした総体が味だ。普通の人には見えないもやもやとした
味の中に「味の違いが分かる」人は酸味の強さ、脂の味などの
違いを感じ取る。
そして自分の好みはさておいて、試食している食品が「美味い
ものの定義」の範囲に入っているかどうか評価する。
初めて食べる食品なのにその味が「美味いものの定義」の範囲
に入っていると「これは美味い」と言い切る。
このような能力を持つ人は数少ない。

他の人が食べないで捨てている物のなかに美味いものがある。
例えば鶏の尻だ。親指と人差し指で丸を作ったほどの肉の塊だ。
これも脂の付き具合、尻のしまり具合で旨さが違う。
味の違いが分かる人はどんなに安くても不味そうな鶏の尻だった
なら、買わないし、食べない。美味しいものと言うのは必ずしも
高価なものではない。安くても美味いものは沢山ある。

ミーハーグルメは鶏の尻など安い食品なんか食べない。
そんな物を美味そうに食べる本物グルメをゲテモノ食いのように
見る。本物グルメは「この美味さが分からないのか!」とミーハー
グルメを笑う。
他人の言葉に左右されずに美味を追及する人がグルメだ。

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2007/3/20

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郷土料理は薬

よく辛くて泣くと聞く。日本人の男とタイのフードセンターに行った。
タイで言うフードセンターとは日本で言えばデパートの大食堂だ。
そこへ行けば何でもある。お好みの物を自由に選んで食える。

その当時、俺はタイ料理に余り馴染みがなかった。
どれを食ったらいいのかわからない。
そういう時は美味そうに見えるか、売っている女の子が可愛い
か、どうかで料理を選ぶ。

連れの男も何を食ったらいいのか分からないと言う。
俺もおんなじだ。
「同じものでいいですよ」と言うこら、俺は可愛い女の子が売って
いるものを選んだ。選んだ料理はやはり辛い料理だった。

郷土料理を食っていれば病気にならないことを俺は経験的に
知っている。タイにいる間は、辛い郷土料理を薬だと思って食わな
くてはいけない。辛いとは思ったがそれを食った。
連れの男は泣きながらそれを食べていた。タイの料理は駄目だ
と言って、彼はいつも日本料理屋で食事をしていた。
それから一週間ほどたった時、やはり調子が悪いと言って彼は
病院で診察をうけた。郷土料理を食っている俺はなんでもなかった。

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2007/3/20

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ミーハーグルメ

最近やたらとグルメという言葉が流行りだした。
グルメと称する人の多くはミーハーグルメだと俺は思っている。
何故、ミーハーなのか?
彼等は自分の舌で感じた物を美味いと言っているのではない
からだ。本やテレビ、インターネットで紹介された店や料理だけが
美味しいものだと思い込んでいる。ミーハーグルメはテレビなどで
紹介された店を数多く知っているのが自慢だ。
タウン情報誌などにある「美味しいお店」も店が情報誌に広告料
を払う。情報誌の記者がクチコミ情報のような記事に仕上げて
掲載する記事なんだ。本、グルメ情報誌、テレビ、インターネット
で紹介されている店、料理だけがグルメだと思い込んでいるのが
ミーハーグルメの特徴だ。

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2007/3/20

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タイ料理の市民権

タイ料理は日本ではまだ中華料理のように市民権を得ていない。
あっと言う間に日本で市民権を得てしまう料理もある。
ギリシャ料理のスブラキがよい例だろう。
スブラキ、ホットドッグのように、肉や魚の蛋白質を小麦粉の上
に乗せたり、小麦粉で挟んだり、中に入れたりする食べ物は
世界中どこでもある。
自分達が知っている食べ物と似た食べ物は簡単に市民権を得る
ことができる。

タイ料理は日本人が今まで知ることがなかった味だ。
強烈な唐辛子の辛味に特徴がある。
今まで知っている食べ物と似た所がない食べ物は極端な話、異物
を食べているようなものだ。それだからなかなか市民権を得ること
ができない。
俺はタイ料理がどのような形、経路を通って日本で市民権を得るか
に興味がある。
西洋料理は遣欧使節団などが西洋の高級料理を日本にもたらし、
それが徐々に庶民の間にひろまった。
つまり上から下への流れだった。

有名人がバンコックの何処其処のレストランで食べた王宮料理が
美味かったというと、ミーハーグルメが其処に押しかける。
辛くてろくに食べることもできなかったくせに、ミーハーグルメは
「タイ王宮料理は美味い」と自慢げにタイ料理を宣伝する。
日本人の経済力ではバンコックの高級料理店でも日本の赤提灯
で飲み食いするほどの料金だ。気楽に王宮料理の店で食事が
できる。

観光客の多くはパックツアーでタイを訪れる。旅行会社は王宮料理
の店に観光客を案内する。店も綺麗だし、料理は見た目に豪華
だし、高い料金を取れるからだ。観光客は出された料理を食べる
だけだから、何を食べているのか分からない。
タイ料理は辛いという印象と王宮料理がタイ料理だという印象が
強烈にパックツアーの観光客に残る。
日本人が知るタイ料理の味はタイの王宮料理、宮廷料理の味と
なる。王宮料理の味がだんだんと日本で広まって行く。
タイ料理の味が広まるにつれて、もっと違った味を求めるように
なる。そうすると庶民が食べる焼きそばや焼き飯(カオパット)が
人気を持つようになる。日本でタイ料理が普及する形は上から下
つまり、王宮料理、宮廷料理から庶民が食べる屋台料理という形
で広まり市民権を得るようになると考える。

タイ料理は日本では王宮料理から屋台料理に移りながら普及する
と考えてきたが、ちょっと考え方を変えてみよう。
バックパックでタイを訪れる若者も多い。彼等はお金をあまり
持っていない。持っていてもそれを節約しできる限り長く滞在しよう
とする。彼らはできる限り安くて美味しい店、美味しい料理を探す
名人だ。
「あの屋台の、焼きソバは美味い」なんていう情報がバックパッカー
にクチコミで広がる。バックパッカーは自分で料理を選ぶから、
美味しい料理はなにかはっきり分かっている。
バックパッカーの若者が推奨する美味しい屋台料理の方が早く
日本で普及するかもしれない。彼らは若く活動力があるから
いろいろな料理を食べる。そうなると屋台料理から洗練された王宮
料理へ、下から上に向かう形でタイ料理が普及するとも考えられる。
タイ料理が日本で普及するのはどのような形だろうか?

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2007/3/20

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グルメ番組の出演者

俺はテレビのグルメ番組を見ていていつも不思議に思うのだ。
出演しているおじさんやおばさんがいつもいかにも美味しそう
に料理を食べているからだ。おじさんやおばさんの胃袋はそれ
ほど強靭じゃあない。貧乏人の俺は出演者はテレビが紹介する
料理を全て食べていると思い込んでいる。
出演者は「美味しいとこ」だけ食べて、後は残しているが放映され
ていないのだと思う。そうでもしなかったなら、海辺の料理屋で
海の幸をたらふく食う。それから二時間電車に揺られて山の温泉
に行き、そこで山の幸を食うなんてことできない。
中学生や高校生でもあるまいし、昼にご馳走を食ったら夜なんか
食欲なんてありゃしない。昼にあれだけガツガツ食って、夜も美味
そうに食うなんて、あのおじさんやおばさんは化け物だ。
テレビ番組で夜の食事もあんなにも美味しそうに食べているのは
演出なのだ。芸人だから さも美味そうに食っているように見せる
ことができるが、俺達おじさんが同じコースをたどって同じものを
食べようとしたら昼はともかく、夜はとても食いきれない。

ビデオ撮りは二日に分けて行った??とんでもない!
ロケ代を節約するためには強行軍で撮影していると思うよ。
番組を作っているのは下請けの制作会社だろ。
強行軍をやらないと、やっていけない。
食えっこないのに、出演者はさも美味しそうに食べる演出を
している。
仕事とはいえ、これは結構辛いものがある。

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2007/3/20

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イタリア料理の市民権

これは俺の独断と偏見だ。
何時、誰がイタリア料理を日本に最初に紹介したのだろう。
イタリア料理が日本で普及していったのはごく最近のことだ。

日本人が外国に行くのは大変だった時代だった。日本は貧乏
だったし、1ドル360円の時代だ。米ドルの持ち出し量も限られ
ていた。しょうがないから闇ドルをひそかに買って持っていか
ないと外国で生活できない。有名女優がイタリヤに行った。
彼女が「イタリアのスパゲッティが美味かった」と言った。
それまでスパゲッティを知らなかった日本人は有名女優が美味い
と言った料理なので、スパゲッティはさぞ美味しい料理だろうと
想像した。
スパゲッティを食べてみると「西洋焼きソバ」だと納得した。
日本にある食べ物と類似しているのでスパゲッティの普及は
早かった。
その当時の日本は貧乏だったから、イタリヤでは安くて腹一杯に
なるスパゲッティしか有名女優は食えなかったのも事実だ。

その頃はまだグルメなんて言葉は知る人ぞ知る言葉だった。
こんな言葉はブリア サバラン著「美味礼賛」の中に出てくるだけ
だったと思う。

有名女優を含め、多くの日本人は本物のイタリヤ料理を知らな
かった。当時の日本人は本物のイタリヤ料理を食っても美味いと
感じなかったはずだ。
ワインと言えば「赤玉ポートワイン」しか知らない日本人が、イタリア
のドライワインとチーズをふんだんに使った料理を食っても
「この味はなんだ?」と思っただけだ。
けして美味いなんて思わなかったはずだ。
その後 時間が経つにつれ徐々に本格的なイタリヤ料理が普及
した。日本でイタリヤ料理が普及する形は下のスパゲッティからから
上の本格的料理に行く形だった。

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2007/3/20

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ああ辛い

王様が食べる料理だから「タイの王宮料理は絶対に美味い
はずだ」と誰でも思う。
ガイドブックやグルメ情報誌に載っている王宮料理店に行く。
本に書いてあるお勧め料理を注文する。
食ってみると「ああ、辛い!」とても食いきれない。
ミーハーグルメは辛くて泣きそうになる王宮料理を食べて、涙を
堪えにっこり笑って「美味しい」と言うのじゃないかな?
そんなに無理をしなくてもいいのに。料理なんて無理して食っても
美味くない。素直に「辛くて食べられない」と言えばいいのだ。
食べ続けているうちに、辛い料理も食べられるようになる。
俺は「これは美味い」と思いながら多くのタイ料理を食ってきた。
しかし腹が一杯になる前に辛くて降参した。
もっと食いたいのだが、食えなかった。
毎日々タイ料理を食っているうちに辛さに慣れてきた。
それでもまだヌチャナートが作る本物の辛い味には直ぐに降参する。

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2007/3/20

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ニンニクの芽、その後

青い芽が出たニンニクをベランダの鉢に植えたのは何時だったかな?
一ヶ月半か二ヶ月前だったと思う。
まだ寒いから育たないと思っていたのに、ニンニクは青い芽をぐんぐん成長させていた。
R0018866 ニンニクの生命力の強さに驚きを通り越して感銘をうけた。
鉢に水をやるのを忘れてもニンニクは頑張っている。
枯れることはなかった。
水をやるとまた生き生きと伸びていった。

「サミイ!泥棒したわよ!」
ヌチャナートが可笑しそうに笑っている。
見ると、俺が大切に育てているニンニクを根ごと抜き取っていた。
このニンニクを料理に使うのだ。

俺が植えたニンニクの芽は球根の一部だ。
球根をパカッと割ると三日月形のものが取れる。
三日月形の球根から青い芽がでた。
その青い芽がでた三日月形の球根を鉢に植えた。

ヌチャナートが抜き取ったニンニクの根には丸い小さい玉ができていた。
ニンニクは茎を伸ばし、青々とした葉を作りながら、地面の中では丸い球を作っていたのだ。
命の不思議を感じてしまう。

芽が出たニンニクは捨ててしまうのが普通だ。
俺はそれを捨てなかった。
それを育て新鮮な香采、野菜として使うのだ。
なんだか良い事をしたような気分だ。

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素晴らしい すごい とても良い 良い

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2007年3月20日 (火)

タイのカレー

今日は朝からカレーだ。どうしてなのか分からないが、ヌチャナート
はカレーを作ってくれない。
「カレーを作ってくれよ」と頼んでも
「ええーっ!あんなもの?」と軽蔑するような口ぶりだ。
カレーを食いたいと言うとなんだか馬鹿にされるみたいなので、
こちらからは言い出さない。

R0018864今朝は寝坊した。ヌチャナートは俺の調子が悪いのだと思っている。
こんな時には「旦那の好きな料理を作ってあげましょう」と考えたのか自分から「カレーを食べるでしょ?」なんて優しい言葉をかけてきた。
そういえばカレーは暫く食っていない。カレーと言われるとカレーが食いたくなった。
俺は即座に「うん」と返事をした。
ヌチャナートが言うカレーはタイカレーのことだ。タイ語でゲンカリーと言う奴のことだ。
ターメリックで黄色くして、クミンの香りが強いインド風のカレーではない。
タイではあちこちでゲンカリーを売っている。
道端で鍋一つにゲンカリーを入れて売っている貧しい行商人がいる。
屋台やデパートなどの大食堂でもゲンカリーがある。
ゲンカリーはタイ人が大好きな料理だと俺は思うのだが、
ヌチャナートは違う。ウチでゲンカリーを食べたくとも俺はなかなか
食べる機会がないのだ。

タイを知る友達がウチに来た。ゲンカリーをお出しした。一口、
食べて言った。
「ああ、タイの味だわ。この味を出そうとしても、出せないのよね」

俺も一人でゲンカリーを作ったことがある。
しかし、ヌチャナートの作るような味にどうしてもならない。
辛くて味の 微妙な差なんて識別できないからだろう。
辛味に慣れているヌチャナートはちょっと味見して、あれこれを
足して味や香りの調節ができる。

久しぶりに食べたタイカレーに満足した。

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カレーの関連記事はここにあります。

タイのカレー    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_5144.html

タイカレーよ    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5578.html

三色のカレー    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_574d.html

タイカレー    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_e532.html

インドカレー    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_a7ae.html

竹の子入りカレー   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_fd8c.html

インドカレーその後   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_a436.html
みずなのカレー    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_fa26.html
タイカレーが出る   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_89f1.html
タイカレーの地方性   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_596a.html
パパイヤカレー    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_34f4.html

2007/3/20

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お粥にする

町を歩いていたらなんだか空腹を感じた。
ダイエットをしようと思い、昼食の量を減らした。
それが裏目にでて、まだ食事の時間には早すぎる時間なのに
腹が減る。平和な日本は便利だ。食いたいと思えば何処かで
食い物を買える。ちょうどスーパーがあった。
そこでお握りを一つ買うことにした。
スーパーにはチーズも売っている。チーズを見ているうちにチーズ
も食いたくなった。タイ人はチーズの臭いを嫌う。
ヌチャナートも例外ではない。
ヌチャナートが嫌がるから俺はチーズを長いこと食っていない。
チーズを見ているうちに、どうしても食いたくなった。
お握りとチーズを買って食った。これで昼のダイエットは帳消しになる。

へんな時間にお握りとチーズを食べたので、夕食の時間になっても
腹が減らない。
「お腹が空いたら言ってね。ご飯を作るから」
そういわれてもなかなか腹が減らない。
酒を飲んでいた。
「お粥を食べる?」「・・・・」
それすら食べる気もしない。
「何も食べないと、体に悪いわよ。お粥を作ってあげるから、食べ
なさいね」
タイ風のお粥カオツムができてきた。 R0018862
このお粥をタイで食べると日本で食べるよりもっと美味しい。
酒を飲んで酔っ払った足で夜遅くまでやっている店に入りお粥を注文する。
それを食ってからトクトクに乗って帰宅する。
パック旅行の観光ではこんな経験をするのは難しい。

「よく混ぜて食べてね」
ヌチャナートはまるで子供に言い聞かせるみたいな言い方をする。
こうやって混ぜると、生姜や葱の香りが立つ。塩味もちょうどいい。
お粥は腹の何処に入ったのかわからない。
タイで食べるカオツムを思い出しながらお粥を食べた。

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2007/3/19

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2007年3月19日 (月)

魚の頭を使い

先日、漬け込んだ魚の頭を料理してきた。
俺は、あの魚の頭をシチュウにするのではないかと思っていた。
そうしたら、野菜と一緒に蒸し揚げて皿に盛っている。
ああ、こういう食べ方もあるのだ。

魚のR0018860 頭には塩が染み込んでいるので、このまま肉を食べられる。
レモングラス他の香草が入っており、魚の生臭みを消している。
茄子、椎茸などの野菜はナンプラと唐辛子のソースをつけて食べる。
想像していた料理とはちがったが、こうしても美味しく食べられるのだ。

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2007/3/19

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この料理の名は

この料理の名前を聞き忘れた。海老と椎茸他のスープだ。
いい香りがしている。出汁がきいたよいスープだ。 R0018856
見かけを良くする為に大きな海老を表面に置いた。
小さな冷凍の剥き海老は下に隠してある。
剥き海老も頑張っておいしい出汁をだしている。
これはヌチャナートのお気に入りの料理だから、ヌチャナートが専門に食べる。
俺はちょっと味見させて貰っただけだ。

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2007/3/18

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けんちん汁みたい

大根がしなびかけている。はやいとこ食べないといけない。
もう中心部は白く固くなっているだろう。
「ヌチャナート、大根を食べちゃおうよ」
「そうね、どうする?」
「うーん・・・・・・」R0018853 
俺は黙ってしまった。この大根をつかって大根おろしにしても美味くないし。
風呂吹き大根にもならない。
「スープにするわ。人参をいれて、お味噌も入れるのよ。いいでしょ?」
俺は他にアイデアがないから、その提案に同意した。

出来上がった物をみると日本のけんちん汁みたいだ。
この味なら食べられる。サトイモかジャガイモが欲しいくらいだ。
ヌチャナートは日本の味を覚えてきた。
この味なら、日本人にだしても受け入れられる。
多分、この味はタイ人も拒否反応を示さない。
タイ人に食べさせると、おそらく唐辛子をいれてから食べるだろう。
俺がそうしたのだから、タイ人ならもっと沢山の唐辛子を入れる。

けんちん汁とは違うのはセロリが入っていることだ。
セロリを使うなんて日本人の発想にはない。

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2007/3/18

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南瓜の原産地

南瓜のことをテレビでやっていた。
テレビでは何度も「カボチャ」と言っている。
南の瓜と書いてカボチャと読ませるのは無理がある。
これは日本にカボチャが南方から入ってきたからこういう当て字
になっている。
南方というのは何処かと言うとカンボジアだ。
カンボジアが訛って「カボチャ」になったと聞いている。
俺はカボチャの原産地が何処か調べていない。
原産地はカンボジアではないと思っている。
カンボジアを通過して日本に南瓜はやってきたと俺は見ている。
南瓜の名前から判断して、日本から見て南方のカンボジアから
到来したと考えている。

日本に南瓜が何処から来たのかヌチャナートは知らない。
カンボジアのことをタイ語ではケメーンと言っているが、カンボジア
でも通じる。ケメーンというのは我々がカンボジアの文化を
クメール文化と言う、そのクメールから来ていると容易に判断がつく。

テレビが「カボチャ」というとヌチャナートは「カンボジア」と繰り返
して言う。俺たち日本人の耳には「カボチャ」と「カンボジア」は似た
ような音だが明らかに別々な言葉に聞こえる。
タイ人の耳では日本人が「カボチャ」というと「カンボジア」と聞こえ
るのだ。南瓜の番組を見ながら、面白い勉強をしてしまった。

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2007/3/19

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2007年3月18日 (日)

魚の頭

ヌチャナートが日本に来た時、鯛の兜焼きを作って食べさせた。
嫌がるかと思ったが、それを喜んで食べた。
無理をして、美味しそうに食べているのかと思っていた。
俺は今でもよたよたのタイ語を話しているのだから、その当時は
今よりもひどいタイ語だった。それでも二人で買い物にでかける
ことにした。鯛のお頭が本当に気に入っていたのだ。
「魚の頭を買いたい」と言っているのだがなかなか分からなかった。
今となっては懐かしい思い出だ。

昨日、ヌチャナートは魚屋で魚の頭を見つけて買ってきた。
「安かったから、魚の頭を買ったわ」
安くて沢山あるものを見つけると主婦は嬉しそうに笑う。
ヌチャナートにもそのような微笑みが浮かぶようになった。

帰宅すると、すぐに魚の頭を洗って塩を振っていた。
どうやら鮮度が勝負らしい。 更にニンニクのみじん切りを混ぜた。
こうして冷蔵庫にいれておけば魚は腐らないし魚に塩がしみて美味しくなる。R0018849

日本では魚の頭はあまり食べない。魚の頭を使った有名な料理は北海道のサンペイ汁で、塩鮭の頭を野菜などと煮込んで名物料理になっている。
日本人の普通の食べ方は魚の頭に塩を振って兜焼きにする。
ニンニクを混ぜることは絶対にない。
冷蔵庫のなかった時代の熱帯のタイでは塩だけで腐敗を防止しようとすると
塩っぱくなりすぎる。
それでニンニクを加えることで塩分を抑えながら腐りにくくしたのだ。
これはその風土に住む人々の親から子に伝わる知恵なのだ。

ヌチャナートはこの魚の頭を何日か漬け込んでおいて煮込み
料理をつくるはずだ。兜焼きにはしないと思う。

商店街で鮫の頭とマグロの頭を売っていた。買う人がいないから
安かった。店では誰も買わなくても、店の看板になれば、買い物客
の足が止まればいいと思っているようだ。
魚の頭が大好きなヌチャナートに言った。
「ねえ、ヌー!あれを買おうか?」
「要らないわよ、あんなもの!」
買わないでよかった。あんなものを買ってきたら冷蔵庫に入らない。
肉が沢山取れるかもしれないが、ごみの山も大きくなる。

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2007/3/18

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2007年3月17日 (土)

タイの米と日本の米

タイの米はインディカ種なので細長くでぱさぱさしている。
ジャポニカ種の日本の米は短くて粘り気がある。
ウチでは日本の米とタイ料理で飯を食っている。

米の種類が違うので米の食べ方も日本人とタイ人では違っている。
俺は無意識の中に日本式のご飯の食べ方をしている。
日本の食事作法に反しているのではないのに、俺はヌチャナートに
いつも注意される。他の日本人と同じようにお行儀よく食べている
から、日本人の目ではなんらおかしい所はない。
しかし、ヌチャナートの目から見ると奇異な食べ方なのだ。

何処が奇異な食べ方なのかと言うと、日本人はお采を取ると、まず
お采を食べる。そしてご飯を食べる。ご飯の上にお采を乗せて食べ
るのは作法に反する。俺はヌチャナートが作ってくれるお采を食べて
からご飯を食べている。
タイ人はお采をご飯の上に乗せて、ご飯とお采を一緒に食べる。
お采、ご飯、お采、ご飯と繰り返しながら食べる俺の姿は
ヌチャナートには奇異に映るのだ。
そんな食べ方を見ると「俺が料理が不味いと思っている」のでは
ないかと心配になるようだ。
「お采とご飯を一緒に食べてよ」といつも言う。

日本の米は噛んでいる内に甘味がでるので、そのままでも旨味を
感じる。
タイの米は水ぽくて甘味がでてこない。炊き上げた米のまま食って
も美味くない。お采と一緒に食べないとタイの米は美味くない。
だからタイ人は必ずご飯の上にお采を乗せて食べる。

タイで日本人かタイ人か見分けるには、ご飯の食べ方を見れば
わかる。

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2007/3/17

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辰の落とし子

海に「辰の落とし子」という動物がいる。俺たちには龍のように
見える生き物だ。これが想像の動物、龍の原型となっている。
英語国民には馬に似ていると見えるらしい。
彼等はこの動物を「海の馬」と呼んでいる。
タイ人も「水の馬」と呼ぶ。
そう言われて、この動物を見直すと「馬」にも見えてくる。
水族館で泳いでいる姿を見るとなんとなく愛らしい。
アクセサリにも辰の落とし子の姿が使われている。

食事の時、ヌチャナートが「辰の落とし子を知っているでしょ?」と
言い出した。突然、そんな単語を持ち出されると俺の頭に入って
いる辞書は混乱する。ボケが始まっている頭で辞書を探る。
頭の中の辞書はアナログなのかデジタルなのか俺にはわから
ない。やっとヌチャナートが言う言葉が何なのか見つけた。

「あたしね、辰の落とし子を食べたことがあるのよ」
「ええっ!」俺は驚いた。
日本の近海では辰の落とし子なんてそんなにも沢山つかまる
ものではない。それを捕まえる漁師もいない。
温かい南の海には多くいるらしい。
タイの魚屋でも辰の落とし子を見たことないから、偶然につかまった
ものを手に入れたのだろう。それを料理して食べたのだと思う。
魚か海老のような味だったという。
辰の落とし子は食えない物ではないと思うが、食欲が湧く姿ではない。
ヌチャナートの食に対する好奇心には驚くと言うより呆れてしまった。

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2007・3・16

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タガメ

今日のソースには軽い芳香があるタガメのエキスが入っていた。
その香りは西洋梨のような香りだ。
この香りが虫からでたものだと知らなかったなら、俺はこのソースを
美味しい、よい香りだと好きになってい
る。
感動的な食事をした後にその香りが虫からきたものと知っても、
驚かないしその香りが好きになっていただろ
う。
幸か不幸か俺はその香りが虫由来のものだと食べる前に知って
しまった。食べる前にその香りが虫の物と知ってしまったので、
俺はその香りがするソースを食べたくない。
食事をしながらタガメを話題にした。
「夜店でタガメを売っているよね」
「・・・・」
「あれも食べるとこういう香りがするの」
「しないわ。夜店で売っているのはメスだけよ」
ああ、そうだったのか。タガメにオスメスがあることを忘れていた。
「臭いがあるのはオスだけよ」
オスは芳香を放ってメスを集めるのだ。オスの香りに似た西洋梨
を使えばメスが集まってくる可能性があるなと考えた。
「オスはメスの10倍も高いのよ。あんな値段でタガメを夜店で売れ
ないわよ」
俺たちは小瓶に入ったオスのエキスを使ったが、タイではオスを
そのまま他の材料と一緒に叩き潰してソース
を作るらしい。
虫を入れるのを見たら、日本人はタイ人を誤解する。

食習慣というのは他の人々には理解できない。
日本人がサメや鯨を食べるのを知り、ヌチャナートは驚いている。
真っ赤な鯛を日本人は愛でるがアフリカ人は赤い悪食の魚として
食べない。
タイ人はタガメを食べると言って軽蔑することはない。
日本人が普通に食べている食材で外国人から見たら奇妙と思う
ものが他にも沢山あるだろう。
牛蒡なんか木の根っこと誤解する。
ウドもおかしな食べ物にみえるかもしれない。

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2007/3/16

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めかじき

この料理はちょっと塩を振っためかじきを焼いただけだ。
そのまま食っても美味しい。
ひとくち食べてヌチャナートは気に入った。
「あら、美味しい魚ね!食べて御覧なさいよ!」
「うん、美味しいね。」
「油がのっているでしょ」
「そうだね」R0018839
「これをつけて食べるといいわよ」
ニンニクと唐辛子、ナンプラで作ったソースを持ってきた。
この辛味と香りがいい。
食欲がない時でもこのソースをつければご飯を食べてしまう。
色が綺麗なソースだ。唐辛子の新鮮な赤とニンニクの白が対照的だ。
めかじきをこのソースにつけて食べる。
魚の油とソースが合う。
この食べ方を知ったなら間違いなくもう一度これを食べたくなる。

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2007/3/16

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キャベツのサラダ

これがタイ人のキャベツの食べ方だ。
キャベツをざくっと切り、茹で上げただけだ。
今日はキャベツの他に生椎茸とインゲンも茹でてある。
新鮮なキャベツを千切りにしてトンカツソースをかけて食べるのも
美味しいが、茹で上げたキャベツを食べるのも美味しい。
俺はキャベツをニンニク、唐辛子、ナンプラのソースにつけて
食べる。
ヌチャナートはタガメの香りがするソースをつけながら野菜を
食べている。
生のキャベツだと少量しか食べることができない。
こうやって茹でたものを食べると大量に食べることができる。R0018841

これはキャベツのサラダと言える。
キャベツの美味しい食べ方だ。
この料理のいいことは単純だから飽きがこないことだ。

考えてみると面白いものだ。
日本人はモヤシは生で食べない。タイ人はモヤシを生で食べる。
日本人はキャベツを千切りにして食べる。タイ人はキャベツを千切りにしない。

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2007/3/16

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2007年3月16日 (金)

パットプリクトワ 

この料理はインゲンの唐辛子炒めとでも言えばいいのかな?
豚肉とインゲンを炒めたものだ。
味付けに唐辛子が入っている。
かなりの唐辛子が入っていると見える。
これを炒めていると、家中に唐辛子から刺激臭がでる。 R0018834
換気扇を回すだけでは、この刺激臭は出ていかない。
このままではくしゃみが止まらない。
ドアを開けて刺激臭を追い出す。今朝はちょっと寒い。天気も悪い。
でもドアを開けないわけにはいかない。

こんな料理は日本では昼食か夕食にでるものだろう。ヌチャナートは朝からこんなものを作る。
この料理は香りがいい。
インゲンを小さな輪切りにして炒める。
こういう調理はタイ独特の調理方法ではないかな?
日本や西洋でインゲンを炒める場合、長さ7ー8センチほどに切ったものを炒めるのではないだろうか?
彩りがいい。インゲンの緑がさえている。

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2007・3・16

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鰊を焼く

ラジオをつけたら料理番組をやっていた。
在日韓国人のおばさん
が鰊を焼く料理について語っていた。
鰊に塩を振って・・・
醤油とおろしたニンニクと・・・・を入れたタレをつけて食べるのです。
なんて鰊の料理方法を話していた。
その話し方でその人がどんなに焼いた鰊が好きかわかった。
「こう話しているだけで、口の中に唾がたまっちゃうんです」
聞いていて俺は笑ってしまった。
まだ、そのように鰊を食べたことがないが、きっと美味いだろうと
感じた。

タイ料理も韓国料理もニンニクをよく使う。
この番組を聴いていて、タイのニンニクの使い方と韓国のニンニク
の使い方が違うのに気づいた。
韓国ではニンニクをおろして使う。
タイではニンニクは薄く切って使う。おろしたニンニクを使っているの
をタイでは見たことがない。
ウチにはおろしがねがあるが、ヌチャナートは使わない。

タイのレストランでは皮を剥いたニンニクが鼠の糞と言われる小さく
て辛い唐辛子と一緒に出されることがある。
男も女も生のニンニクをそのまま齧る。辛味があり、美味いのだが
食べた後の口の臭いが気になる。
俺はちょっと遠慮するが、ヌチャナートは美味しそうに食べている。
タイではみんながニンニクを食べているので、ニンニクの臭い
なんてお互いに感じないのだ。ニンニクはビタミンが豊富で元気の
素だ。臭いなんて気にしないでタイではニンニクをいっぱい食べよう。

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2007/3/15

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2007年3月15日 (木)

鶏肉と竹の子

ヌチャナートが鶏肉があるかと聞いている。鶏肉は冷凍庫から
だしてあるがまだ解凍されていない。
鶏肉を室温にだして解凍を早めていた。
「お腹がすいた?」
腹は減っていないと答えると、ヌチャナートはごろんと横になり
猫と遊んでいる。俺はパソコンを操作していた。

「おーい、腹が減った」そろそろ鶏肉も解凍されている頃だ。
ヌチャナートは料理を始めた。家中にタイの臭いが立ち込めている。
なんだか美味そうな臭いだ。
こういう臭いを嗅いで美味そうと感じるにはタイ料理を食い続け
ないといけない。R0018832pct20
タイ料理を知らない人にはこの臭いは異臭と感じるはずだ。

鶏肉と竹の子、それに茸が入っている。
丸いボタンのようなものが茸だ。
この茸はちょっと固い。噛むとぷつんと肉が切れる。
旨味がじわっとでてくる茸だ。

緑の野菜はパクイエンというそうだ。
タイ東北部とラオスなどで食べられている野菜とのこと。
茎の部分は硬いので残した。
スープをご飯にかけながら食べる。
「辛くない?大丈夫?」
ヌチャナートが心配して聞いてくる。それほど辛くはない。
そう言えば、料理を作る前に唐辛子を何本入れるか聞いていた。
二本と答えたことを思い出した。
ヌチャナートは鶏の代わりに魚を入れたものを作っていた。
ということは俺の鶏料理には二本の唐辛子が入っていることだ。
和食では考えられない量の唐辛子だ。
こうやって食べていると、それほど辛いとは感じないもんなんだ。

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2007/3/15

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タイの屋台

熱帯の国タイでは屋台がいたるところにある。
熱帯の夜、エアコンの効いた店よりも、屋台で冷たいビールを
飲むのが好きだ。いくらタイでも夜になると涼しい。
涼しいと言うより気温がさがると言うべきだ。
昼間の暑さに比べれば過ごしやすい。
クルンテープには静かな通りに面した屋台もあれば、夜でも騒音
が激しい通りに屋台がでている。
静かな通りで料理をでてくるのを待ちながらビールを飲むのもいい。
騒音が激しい通りというのは人通りも多い。
通り過ぎる人々を観察しながらビールを飲むのも楽しい。
その光景は夏のパリのカフェでコーヒーを飲むのと似ている。
違うのはクルンテープの屋台はテーブルが汚い。椅子も粗末だ。
騒音も桁違いに大きい。

俺はクルンテープの屋台で一人でビールを飲んでいた。
賑やかな通りに面した屋台だ。
屋台の客を目当てに物売りがやってくる。
宝くじ、お守り、玩具・・・・などなどが彼らの商品だ。
物売りは歩きながら屋台の客に「宝くじはいらんかねー」などと
声をかける。レストランでは、店にもよるが物売りが店内に入ってくる
こともある。
レストランの場合は店主の許可か黙認が必要だろう。
公道に面した屋台の場合、物売りが歩きながら屋台の客に物を
売ることを店主は拒否できない。

注文した料理がなかなか来ない。
その時、インド人の物売りがナッツを売りにきた。
ビールのつまみにナッツを買った。
物売りは慎重にナッツの量を測り、鼠の糞といわれる唐辛子と
一緒に置いていった。
俺はその時、ナッツが欲しかったから買った。

俺の観察だとタイ人は物売りが持つ商品が欲しくて買うのでは
ない。食事をできる人は幸運な人、物売りは薄幸な人と考える
のだ。幸運な人は薄幸な人から商品を買うことでタンブンを
している。つまり功徳を施していると考えているようだ。
食事をしながら善行をすることで、食事がより美味しくなると
考える。この考え方は理解できる。

日本の習慣では食事の場所に物売りは来ない。
彼等が持つ商品は我々の購買意欲を刺激するものではない。
食事をしながら会話をしているのに、会話の中に割り込まれる
のもいやなもんだ。
物売りは商品を買えばその場を去ると分かっているが、そうかと
いって「欲しくもないもの、必要のないものを買いたくない」のが
日本人だ。買ったとしても金額は大したことはないのだが、
食事中に彼等が来ると、俺は落ち着かなくなる。

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2007/3/15

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良い唐辛子

唐辛子の種類は沢山ある。辛味も香りも色もさまざまだ。
大きさも長いものから短いもの。
形も先が尖っているものと、丸みがあるものなどがある。
唐辛子について調べだしたなら興味はつきない。

タイ料理は唐辛子を抜きにして語ることができない。
ウチでは乾燥唐辛子と生の唐辛子をかかしたことがない。
料理によって使い分けている。
唐辛子がなかったなら、ウチでは飯を作れない。
タイ飯から唐辛子を抜いたら、山葵を抜いた寿司よりもっとまずく
なる。サビ抜きの寿司は食えるけど、唐辛子抜きのタイ飯は食えない。

生の唐辛子は冷凍でタイから輸入されている。
俺たち日本人は唐辛子の種類を色や大きさ、形で区別できる。
微妙な香りの差はちょっと区別するのは難しいだろうけど、香りも
まあ区別できるとしよう。
辛味の差を区別しろと言われたら、もうこれは殆ど不可能だ。
日本のしし唐と鷹の爪くらいなら辛味の比較はできる。
同じような種類のタイの唐辛子の場合、辛味の比較なんて
俺にはできない。辛さの違いがあるのだろうが、俺にとってはどれ
もこれも同じように辛いのだ。

冷凍の唐辛子をタイの食材店ピイで買っていた。
先日、タイの食材店エスで冷凍唐辛子を買った。どちらも見た
ところ似ている。エスで買った唐辛子の方がちょっと大きめだ。
どれも赤色だ。

料理を味見していたヌチャナートが言った。
「あら、エスの唐辛子の方がいいわ。辛いのよ!」
俺にはピイもエスも同じように辛い唐辛子だ。
辛味に慣れているヌチャナートは辛味の強さを判別できる。

俺たちがタイ人と同じように辛味の強さを判別できるようになる
には、どのくらいの唐辛子を食べたらいいのだろうか?
一食に3本の唐辛子を食べて、普通の辛さと感じるようになれば
辛味の強さを判別できるだろう。

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2007・3・15

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2007年3月14日 (水)

水炊き

二人とも今日は何を食べたいという物がない。
お互いに「何を食べる?」「なにを食べたいの?」と聞きあっている。
冷蔵庫をヌチャナートが開いた。
「サミイ!これは牛肉?」
「そうだよ」 R0018830pct20
水炊きの用意を始めた。
これは日本の料理と同じだ。
スープに焙煎して粉にしたもち米を入れるのがタイ風なんだ。
写真がどうしてもうまく撮れない。
何度も撮り直しているうちに野菜が煮えすぎた。
タレは三種類作った。
一つは生姜、葱、ポン酢の和風のタレだ。
もう一つはナンプラ、唐辛子、レモンなどのタイのタレだ。
最後の一つは胆汁をいれた苦いタレだ。
「こっちのタレは苦いから、サミイは食べないでね。サミイのタレはこれよ」
苦くないタレと和風のタレを俺の前にだした。
和風のタレも上手に作れるようになった。

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2007/3/13

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2007年3月12日 (月)

きのこのスープ トムヤムヘット

山盛りになった生しいたけがあった。
安いと思って買ったが、この商店街のどこの店でも大体同じような
値段だった。主婦は一円でも安い方でないと納得しない。
値段と言うのは量と品質によって変わるのだが、主婦は見た目
で判断する。

俺は生椎茸の軽い香りが大好きだ。それでついつい生椎茸を
買ってしまう。 そういえば、俺は茸を買うことが多いな。
俺は肉を買うのだが、ヌチャナートは魚を買う。
ああ、そんなことはどうでもいいことだ。R0018812pct20

茸のスープを作ってくれた。
いい香りがする。
レモングラスを取り除いて茸を食べる。
タイ飯だから唐辛子が当然のように入っている。
分け葱は色づけでもあるし、味付けでもある。
柔らかな分け葱は香りがいい。
他にも料理があったが、こっちの方が好きなので茸のスープを一生懸命食べた。

こういうタイ料理はレストランでは食べられない。
タイの家庭料理なんだ。

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2007/3/11

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買い食い文化、タイと日本

最近は「買い食い」という言葉を聞かなくなった。
「買い食い」と言うのは、腹が減ると食べ物を買って食い、腹を
満たしていることを言う。
俺が子供の頃は「買い食い」という言葉を良く聴いた。
俺の親などは「買い食い」をすることを軽蔑していた。
貧乏人だから、「買い食い」をする余裕がなかったのも事実だ。
それで「買い食い」をする人をみると、「自分で食事を作らない
だらしない人」「無駄遣いする人」なんて悪く言って、自分を慰めて
いたのかもしれない?
まあ、その気持ちは理解できるな。

「食事は自分で作り、家で食べるもの」という観念がその頃は
あったようだ。学校の先生もお菓子などを買って「歩きながら物を
食べる」ことを下品なことと子供に教えていた。
俺が子供の頃は今ほど外食産業はなかった。コンビニなんてもの
は勿論なかった。それでも駄菓子屋があったし、パン屋や蕎麦屋
などがあったので、「買い食い」をするのに不便はなかった。
今なら、家に冷蔵庫がなくても、ガスコンロがなくても、コンビニに
行けば温かい料理、冷たい料理の「買い食い」生活ができる。
腹が減ったら、ハンバーガーショップなどに入りつまみ食いをする
のが、常態になっている。
誰しもが「買い食い」をするので「買い食い」という言葉が死語と
なり、「買い食い」を軽蔑することもなくなった。

タイでは「買い食い」が普通の姿になっている。
腹が減ったら、通りにでて屋台や行商人から料理を買う。
ポリ袋に入れて料理を家に持ち帰り、器にあけて食べる。
そんな人々が多いので、料理を作れないタイ人が沢山いる。
「材料を買ってきて料理を作っても、出来上がった料理を買って
きても値段はかわらない。それなら、出来上がった料理を買った
方が手間がかからないのでいい」というのが買い食いをしている
タイ人の理論だ。

同じ「買い食い」だが、日本の「買い食い文化」とタイの「買い食い
文化」はちょっと違う。
現在の日本の「買い食い」は、小腹が減った時の一時しのぎの
食事だ。一人でアパート暮らしの学生で、自炊をしない学生は学校
の食堂で食べるか、おばさんがやっている近所の店でアジフライ
定食などを食べているのではないか?
ほかほか弁当などを買ってきて食うこともあるだろうが、毎日は
やらないと思う。

タイの「買い食い」は完全に正式な食事なのだ。
朝食は「あれを買ってきて食い」昼食は「これを食う」と言った具合だ。
買って食うのが食事だから、食事の作り方を知らなくてもおかしくない。

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2007/3/11

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ヌーの親子丼

昨日、ヌチャナートはプラスチックのパッケージに入った卵を
落とした。殆どの卵は割れた。割れた卵を集めていた。
「明日、これで料理を作るから大丈夫よ」 R0018809pct20

鶏肉と卵とだし汁を合わせてどんぶり飯に乗せると「親子丼」と言うのだとヌチャナートに教えたことがある。
なぜ、親子丼というのか、その理由を教えたら、可笑しそうに笑っていた。

「サミイ、見てよ。驚くわよ!」
ヌチャナートが大声を出す。見ると親子丼が出来上がっている。
「あたし、日本の料理を作れるようになったわ」
一人でご満悦だ。
見た目は美味しそうに出来上がっている。
食べてみると塩味が足りない。俺は醤油をかけて食べた。

ヌチャナートにはちょうどよい塩加減だ。タイ料理は薄塩だ。
それと比べると日本の料理は塩っぱい。
日本の料理は塩分が強い。
俺たち日本人は塩分の取りすぎではないかと、この親子丼を食べながら思った。

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2007/3/11

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紙ナプキン

最近、俺はレストランにある紙ナプキンはもったいないと思うよう
になった。口の周りを拭くのにあんな大きな紙はいらない。
もっと小さくてもいいと思う。

タイの屋台を真似して、ウチはテーブルの上にトイレットペーパー
を置いている。箱に入ったティシュウは置いてない。
紙ナプキンなんて使っていない。
トイレットペーパーで十分に役立っており、不便を感じることもない。
なにもティシュウを使うことはない。ティシュウは森林資源を無駄
に使っている。今まではティシュウをよく買っていたが、最近は
ほとんど買わなくなった。その分、トイレットペーパの消費は増え
ている。トイレットペーパーは再生紙だから森林資源の保護に
役立っている。

ハンバーガーショップに入った。その店では客が好きなだけ
紙ナプキンを取れるようになっている。
高校生が紙ナプキンを厚さ3センチほどの束でとった。
その全てを使うのなら、その全てが必要なら好きなだけ取ればいい。
高校生は使わなかった紙ナプキンを手でぐしゃっと握りつぶし捨て
ていた。この高校生には無駄という観念がないのだろうか?
店は経営努力で100円バーガーなどを出しているのに、客がこんな
無駄なことをすれば経費がかかり値上げせざるを得なくなる。

今の日本のレストランにある紙ナプキンは贅沢すぎる。
もっと節約しよう。たかが紙一枚というけれど、全国のレストラン、
食堂が小さなナプキンを使うようになれば、話は別だ。
大量の紙資源を節約できる。

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2007/3/11

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イカのサラダ ヤムプラムク

このところ、和食のようなものを食っている。
なんだか、そうなってしまったのだ。
つまり、辛くない料理が続いているのだ。
俺はなんともないが、ヌチャナートは欲求不満がでてきたようだ。
「いつも日本のご飯だから、辛いものが欲しくなったわ。」
やっぱりそうだったのか。
R0018814pct20 「今日は辛いものを作るわ」
イカのサラダ、ヤムプラムクを作ってきた。
この料理は美味い。俺が好きな料理だ。
ヌチャナートは辛くしたという。
その辛さはどのくらい辛いのか食べなくても想像がつく。
普通の日本人なら一人前の料理に唐辛子が一本入ったなら、辛すぎるくらいだ。
この一皿にヌチャナートは唐辛子を少なくとも五本は入れただろう。
「おいしいわ」
嬉しそうにイカのサラダを食べている。
「ああー辛い!」
ヌチャナートが悲鳴をあげるほど辛いサラダだ。
時にはこのくらい辛い物を食べないと、タイ人は気が狂うようだ。
俺も少しは食べたが、辛いのでそれ以上は遠慮した。
「辛い、美味い」を繰り返しながら、ヌチャナートは一人で料理を平らげていた。

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2007/3/11

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2007年3月11日 (日)

肉の値段や環境問題

先日、豚の胃袋ガツの値段は日本では安いがタイでは高いという
話をした。ガツの味や感触がタイ人の好みにあっているので、需要
と供給の関係でタイではガツの値段が高止まりになっている。
肉食文化が長いタイでは豚から取れるものは何でも食べる。
豚の血液も食べる。皮も食べる。
ネムの中に入っている小さく切った皮はこりこりして歯ごたえが
楽しい食材だ。

今の日本ではあまり食べていない内臓、頭、血液、皮などを我々
がもっと食べれば肉の値段は下がる。
精肉業者は売れないもの、捨てるものが多いから採算がとれない。
売れる部位だけを売って採算を取ろうとする。
だから、ロース、肩、腿肉の値段が高くなる。

環境だ!エコロジーだ!なんて言っている人から率先して例えば
血液を食べるといい。環境を汚さずに血液を廃棄するには大変
な金と処理施設が必要になる。
これを我々が食べてしまえば、血液の処理施設は不要になる。

今は捨てられている食材を見直し、美味しく食べる方法、何でも
食べてしまう方法を工夫すれば肉の値段もさがるし、環境にも
優しくなる。
タイの食文化を見ているうちにこんな考えがでてきた。

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2007/3/11

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豚の血液

日本の肉食文化は明治の文明開化から始まったからまだまだ
歴史が浅い。肉食の風習が長いこと続いている国では、動物から
得られるものは何一つとして無駄にしない。
血液だって皮だって捨てることはない。みんな食べてしまう。
野蛮な行為、下品な食習慣でもない。
自然の恵みに感謝する気持ちがあったなら、食べられるものは
何でも食べようという気持ちになる。

ソーセイジだって血液で作ってしまう民族が多い。
民族と言う言葉を使うとジャングルで裸で暮らす未開の野蛮な
民族だと思う人がいるかもしれない。
「豚の血を食べてごらん」なんて言うと、
「私は日本人よ!血液を食べるなんて未開な野蛮人と一緒に
しないでよ!」なんて怒る人がでてくる。
そう言う人に限って欧米人の食習慣なら積極的に取り入れる。
西欧のドイツ人、ゲルマン民族は血液で作ったソーセイジを
好んで作る。そう言うと「血液は食べない!」と宣言した人は
困ってしまう。

タイの市場では牛丼の丼より小さな器、サラダボウルほどの
大きさの器をひっくり返した赤黒いものを売っている。
これは豚の血液に熱を加えて固めたものだ。好奇心が強い俺は
豚の血液に飛びついた。
「これは日本にはない、絶対に美味いはずだ」と確信をもって買い
求めた。それを料理してもらった。ホテルに宿泊する観光客では
こんなことはできない。俺が買い求めた食材を見せると
「日本人がこんなものを食べたがっている」とタイ人が驚いたり、
笑ったりすることがある。血液を見せた時はタイ人は驚かな
かった。普通の肉や魚を見るのと同じ見方をしていた。
スープだったか、肉や野菜の炒め物を作ってくれた。
どんな料理の中に入っていたのか忘れたが、豚の血は美味い
と確信できた。まるで蒲鉾のような感触の食材なのだ。
こんな美味いものを日本人は捨てているのだ。
申し訳ないという気持ちになった。

俺たちはもっともっと自然の恵みに感謝して、食べられるものは
なんでも食べるようにしなくていけない。

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2007/3/11

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鶏の足

日本人はどうして鶏の足を食べないのだろうか?
日本の仏教は四足の肉を食べることを禁じている。
鶏は四足ではないから鶏を食べることは禁じられていないはずだ。
R0018806pct20 肉食をする民族は肉を絶対に無駄にしない。
食べられる部位ならどんな部位であろうとも食べてしまう。
日本では動物の肉を食べるのを禁じていたから、四足ではないが鶏を食べることも避けていたのではないか?

仏教徒のタイ人だが、タイの宗教では四足を食べることを禁じていない。
大昔からタイでは動物の肉を食べ続けてきた。
そのような肉食の長い歴史がある国では肉を無駄にしない。
現在の日本ではゲテモノとして扱われる鶏の足もタイでは普通の
食べ物として扱われている。鶏を食べる風習が日本でも長いこと
続いていたなら、鶏の足を間違いなく食べていた。
タイの庶民は鶏の足を普通の食材として買って料理をする。
奇をてらったゲテモノ料理だなんて思ってもいない。
単に好みの差としか思っていない。

俺が思うには鶏料理も明治の文明開化と同時に日本で普及した
のではないか?西洋料理を日本に持ち込んだのは日本の上流
階級だ。欧米使節として随行した者、金持ちや特権階級、官費
留学生などが日本に西洋料理をもたらした。
彼等が経験した西洋料理は欧米でも上流階級が食べる料理
だった。時には王宮で行われた正式な晩餐会の料理だった。
そんな料理を紹介された日本では上流階級が食べる料理だけ
が西洋料理だと勘違いした。
それは別に悪いことでもないから、批判をする積りは全くない。
俺が残念に思うのは偏った肉食文化が日本に根付いてしまったことだ。

鶏肉の胸肉やもも肉の食べ方だけを覚えたが、こりこりした首の
軟骨部分やコラーゲンの多い足の美味しい食べ方を教わらなか
ったというより当時の日本人は知らなかった。
上流階級の料理には鶏の足を使った料理はないから、鶏の足は
捨てるもの、食べ物ではないと残念なことだが日本人は思うよう
になってしまった。
もし日本人が大昔から鶏肉を食べていたなら、日本独特の鶏
料理が発達していたはずだ。
味噌やたまり醤油に漬ける、胡麻塩を振った乾燥肉、地方ごと
の焼肉のタレ・・・などが発達したはずだが、鶏肉の食文化は
日本にない。

話が変わる。
肉屋に行ったら、鶏の足が大きな袋に入れて売られていた。
日本人が食べない鶏の足だから安い。
店としてもこのくらいの量にして売らないと採算がとれないの
だろう。こんなに買っても食いきれないなと思ったが、ヌチャナート
が全部を買うというので大きな袋ごと買った。
家に帰るとそれをすぐに料理するという。今すぐ鶏の足を食べる
のではなくて、調理しておけば保存がきくので何日かもつ食品に
なるというのだ。
「半分にしておくかい?」
「それを全部使うわ。たいした量じゃないわ」
言われてみれば、その通りだ。見かけは大きいが食べる肉は
少ない。沢山あると見えて、その実、食べる所は少ししかない。

鶏の足をレモングラスなどと一緒に煮込んだタイ料理を作った。
タイのスパイスを大量に使っている。家の中がスパイスからでる
臭いで充満している。
換気扇を回すだけではこの臭いはでていかない。
扉を開けて臭いを追い出さないとくしゃみがでる。

出来上がった鶏の足だ。
鶏の足は手で持って食べる。手がコラーゲンでべとべとになる。
間接部分の軟骨がこりこりしていてうまい。スープをご飯に
かけて食べる。
辛味のあるスープがご飯の甘味とあってうまい。

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2007・3・10

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2007年3月10日 (土)

肉の唐揚

昨日の晩に味付けをしておいた肉だ。断るまでもなく、安い肉だ。
それを沢山買い込んできた。
「こっちは冷凍にしておけばいいわ」
黙って肉のパッケージを寄越す。俺は言われたとおり、冷凍庫に
肉をしまう。 R0018801pct20
「こっちの肉は塩を振っておくのよ。そうすれば普通の冷蔵庫にいれておいても腐らないわ。いろんな料理に使えるのよ。」
同じ材料を使って、いろいろな料理をヌチャナートは作ってしまう。
ヌチャナートは肉に塩を振り、ニンニクの薄切りと一緒に練りこんでいる。
肉に粘りが出ると容器に入れて、冷蔵庫にしまった。

一晩冷蔵庫に寝かせた肉は味が染み込んでいる。
これをそのまま油で揚げた。
肉を唐揚にしている間、ヌチャナートは他の料理を作っていた。
時々、肉を見ている。出来上がったものは、見た目ではどうという
ことがない肉の唐揚だ。こういう単純な料理は飽きがこない。
何処の国の人でもこの料理なら食べることができる。

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2007/3/10

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胡瓜の一夜漬け

いつの間にこんな料理を覚えたのだろう?
ヌチャナートが胡瓜の一夜漬けを作った。甘酢に胡瓜を漬け込ん
で冷蔵庫にいれてあった。つまみ食いをした。
「おお!これは日本の味だ。」
この味ならお隣さんに持っていっても大丈夫だ。

タイの胡瓜は日本の胡瓜よりちょっと太めだが短い。R0018803pct20 
日本の胡瓜は固くてポキっと割れるほど固いが、タイの胡瓜はそれほど固くない。
タイの胡瓜は日本のものより甘味が強い。
焼き飯、カオパットを頼めば必ず胡瓜の薄切りがついてくる。
胡瓜の薄切りと焼き飯は「お約束」のようなもんだ。
どんな店でも、どんな屋台でもこの組み合わせだ。
日本のトンカツとキャベツが「お約束」になっているのに似ている。
このタイの胡瓜は歯ごたえは悪いが、甘味があって美味いので
大好きなんだ。タイのカオパットに日本の胡瓜の組み合わせでは
タイ人の好みに合わないかもしれない。
味の好みにおいても「お約束」を破るのは難しいもんだ。

タイの胡瓜を甘酢につけこんでも、日本の胡瓜の一夜漬けの味
にはならない。歯ざわりが違うからだろう。
一夜漬けにするには日本の胡瓜でなくてはだめだ。
何処の国でも風土にあった野菜を美味しく食べる工夫がなされ
ている。

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2007/3/10

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インゲンのソムタム

ヌチャナートが嬉しそうな声を上げる。
「ワあー美味しいわ!ちょっと食べてよ。美味しいから!」
あまりにも嬉しそうに美味しいというので、味見した。
「うわあー!駄目だ!生くさい!」
俺は悲鳴を上げそうになった。
生のインゲンをソムタムにしている。
豆の生臭さが直撃する。
顔をしかめる俺を見て、ヌチャナートは驚いている。
本人は美味しいと思っているのに、俺が不味いと顔をしかめる
のが理解できないらしい。
「駄目なの?」
「ああ、駄目だ。豆が臭い。」
「・・・・」ヌチャナートには分からないらしい。
タイ人は豆の生臭さを気にしないようだ。そういえば、料理を
注文すると生野菜をもってくる。そのなかに生のインゲンもあった。

R0018799pct20 もやしも豆臭い。そのもやしを生で美味しそうに食べる。
俺には駄目だ。

ヌチャナートは美味しそうにインゲンのソムタムを食べていた。
肉の唐揚をソムタムから出た汁につけて食べろという。
言われたように肉をソムタムの汁につけた。
この汁もやはり生臭い。
トマトなら生臭くないだろうと思って食べたが、トマトもやはり生臭かった。

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ソムタムの関連記事はここにあります。

ソムタムポンラマイ 果物のソムタム 
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_a524.html

インゲンのソムタム   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_806d.html

ソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_a806.html

二人のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_d616.html

ソムタムの道具    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_fbe8.html

ソムタム祭    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_0b60.html

瓜のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_baa8.html

ソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_a806.html

熱いソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_cc7b.html

茄子のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_ccda.html

ソムタムを作る    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_ed2f.html

ソムタムを食べる   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_5e83.html

今日のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_f488.html

2007/3/10

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ヘウォ 慈姑

日本で俺は慈姑を食ったことがない。
食ったことがあるかもしれないが、「これがクワイ」と意識して
食った記憶がない。料理本を見てクワイを料理した記憶があるが、
旨くなかったので慈姑を食った記憶から遠ざかっている。
俺は慈姑を食ったことがないと言っても過言ではない。

アメリカでは慈姑は中華料理の基本材料だ。アメリカ人の書い
た中華料理のレシピーを見るとあちこちに慈姑
を使っている。
アメリカ人が使う慈姑は缶詰だ。アメリカ人は慈姑のことを
water chestnutと呼んでいる。缶詰になった慈姑は500円玉
ほどの大きさで2-3ミリの厚さの薄切りだ。
水煮だからそれを食べても味がない。ポキッと割れる。
俺には旨いとは思えない。逆に言えば、味がないからどんな味
でも染み込んで食べられるということだ。

タイ人も慈姑を食べるだろう?と推定していた。タイの市場に
慈姑があったかどうか記憶が定かではない。
市場で慈姑を売っているのを見たことがないようだ。
売っていたかもしれないが気づかなかっただけかもしれ
ない。
そう言えば日本にあるタイの食材店で缶詰になった慈姑を見た
ことがあるような気がする。
たしかラベルにはタイ文字の隣に英語でwater chestnutと書いて
あった。これはタイにも慈姑がある証拠だ。
タイの市場にも慈姑があったのだろうが、気づかなかっただけらしい。

慈姑の季節、旬はいつなのか知らないが日本で慈姑を見ると
ヌチャナートに「あれを買おうか?」と言う。
なぜ慈姑のことを「あれ」と呼ぶのか?
その理由は簡単だタイ語で慈姑のことをなんと呼ぶのか知ら
ないからだ。ヌチャナートも慈姑を知らないらしい。
いつも「いらないわ」と答える。
「料理方法がわからないわ」なんて言ったこともあるかもしれない。

笊に山盛りになった慈姑が「一山100円」であった。
「あれ、買いましょうよ」ヌチャナートが慈姑を指さして言った。
どうやら見たこともない、知らない食べ物に挑戦したくなったようだ。

家に戻るとヌチャナートは慈姑をしげしげと見ていた。
「これって蓮の根ではないわよね?」それを聞いて、俺はちょっと
笑いかけた。
「違うよ。水の中にあるけど、蓮じゃないよ」
「ああ、わかった。蓮みたいに水の中で育つ奴でしょ。ヘウォじゃ
ないかしら」
生の慈姑をヌチャナートは齧った。おいおい、大丈夫かよ?!
「あら、美味しいわよ。食べて御覧なさい?」
俺も釣られて生の慈姑を齧ると、ほんの僅かな甘味があって
いい味だ。
「これはヘウォよ。タイにもあるわ。タイのヘウォはこんな大きく
ないわ。もっと小さいのよ」
人間と言うのは面白いもので、「ヌチャナートが正しく理解した」と
俺は確信できるのだ。ヌチャナートとの出会いの時もそうだった。
言葉が通じ合わないのに、ヌチャナートが話すタイ語だけは
分か
った。苦労して解答した数学の問題は答えを見なくても
「間違っていない。正当だ!」と確信できるのと同じ
ような感覚だ。

タイ語で「慈姑のことをヘウォという」のだと、辞書で調べないと、
確認しないと俺は満足できない。俺の頭は外国語は耳で覚える
よりも目で覚えるのが得意だ。俺は手元にある英タイ辞書を取り
出した。俺は日本で売っているタイ語の辞書は高くて買えない。
買ってもいいのだけど、買う気にならない。語学に辞書は必須
だと分かっているけど買う気にならないのが矛盾している。
タイで売っている英タイ辞書は安いから何種類も買ってきて、
これを使っている。これらの辞書には問題が一つある。
製本が悪い。印刷が悪いのもある。今の日本では考えられない
が文字がか
すれているのもある。
インディアンペーパーのように薄い紙ではなくて普通紙に印刷
してあるから語彙に比して分厚くなる。
Water Chestnutを調べたが訳語はない。別の英タイ辞書でも
載っていない。通常はこの英タイ辞書で間に合うのだが、日本人
がよく使う単語は英タイ辞書には載っていない。
これがこの辞書の限界なのだ。その代わり、英語国民が良く
使う言葉は載っているはずだ。
しょうがない。これもやはりタイで買ってきた日タイ辞書を取り出した。
二年ほど前から小型の日タイ辞書が一般書店でも売り出された。
さすがだ。日タイ辞書には慈姑が載っていた。タイ文字でヘウォと
書いてある。
慈姑のことをタイ語でヘウォと言うことが確認できた。
R0018797pct20 「ヌチャナート、これはヘウォだよ」
「ああそうなの。これを煮てあげるわ」

翌朝、鍋の中に沢山の慈姑がある。ひとつ摘んで食ってみた。
まるで栗のような歯ごたえだ。栗は薄黄色だがこれは白い。味も栗のような上品な甘さがある。
これは結構旨い味だ。英語国民が「水栗」と呼ぶのが分かる。
これはまさしく「水中の栗だ」。
ヌチャナートは塩をちょっと入れて水煮にしただけだと言う。
「皮を剥いて、砂糖を加えましょうか?」
「俺は慈姑の食い方を知らないんだ。わからないよ」
砂糖を加えたら甘味がまして美味しいかもしれない。
「あたしも食べ方を知らないのよ。タイの慈姑は小さいのよ。」
小指の先ほどの大きさらしい。俺はタイ人は慈姑をアメリカの
中華料理のように調理するものと思っていた。
今度、タイに行ったら、タイ人が慈姑をどのように食べるのか
観察してみよう。

ああ、写真がピンボケだった。
いまどき、ピンボケの写真が撮れるなんて珍しいカメラだ。

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2007/3/9

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パッカパオ

冷蔵庫に鶏肉がある。今晩はこれを材料にするらしい。
「どうやってこれを食べる」「うーん、・・・・」
そんなことを聞かれても困る。何でもいいんだけどな。
「炒める?煮る?焼く?」
「うー ん、・・・・炒める。」
R0018784pct20 面倒だから炒めると答えておいた。そうしたらまだ質問が続く。

質問が多いラーメン屋を思い出した。
客の好みに合わせようというのだろうが、俺には面倒くさくてしょうがない。
麺の固さはどうする?スープはどうする?油をいれるか?とかなんとか聞いてくる。
そんなラーメン屋に入ると「さっさと作って、持って来い!」と俺はいつも思う。
客の好みに合わせようとしても無理だ。麺の固さだって若いもん
には柔らかでも年寄りには固い。

「どうやって炒める?」
ああ、また質問か?一番最初にあげた炒め方、パッカパオにした。
これはタイの香りがぷんぷんとする。
いい香りがすると同時に辛味が食欲を刺激する。彩りも好きだ。
茶色のソースに緑の野菜、赤い唐辛子。
ウイスキーの水割りを飲みながら幸せな気分を味わった。

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2007/3/9

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2007年3月 9日 (金)

タイのガツ

ガツというのは豚の胃袋のことだ。なんでガツというのか分からない。
ガツガツ食った物が入る場所だからかな?
デパチカでヌチャナートが驚いたような声をあげた。
「あら、日本ではガツが安いのね。タイでは高いのよ」
ヌチャナートはガツなんて言葉は使わない。
ガツのことを「ご飯の袋」と呼んでいる。

タイ人はガツが好きなんだそうだ。
ガツが取れる量は他の肉の量よりも少ない。
量が少なくて需要が大きいからガツの値段はタイでは当然高く
なる。値段が高ければ美味しい肉という評価になるのは日本人
もタイ人も同じだ。
ガツの値段はタイでは普通の肉のおよそ倍の値段だそうだ。
日本では普通の肉の半分の値段だ。

ヌチャナートがガツを買ってきた。
「日本人はガツを食べないのよね。」そういいながらガツに塩を
振った。スプーンでガツの表面をこすっている。
白い汚れのようなものが沢山出る。
水で汚れを洗い流しては塩を振って同じ動作を繰り返す。
ガツの裏表、内外を同じようにこすっては綺麗にした。
適当な大きさに切ってグリルで焼き上げた。
唐辛子の中にナンプラを垂らしたと言うのか、唐辛子の粉に
ナンプラを入れて唐辛子をふやかしたようなソースをつけて焼き
上げたガツを食べる。

タイ人は美味しい高級肉としてこのガツを味わう。
日本人は安いモツ肉として扱う。このガツは日本人にとっては
煙臭い赤提灯で安酒や焼酎を飲みながら食べる料理だ。
日本人とタイ人の感覚の差に驚き、感覚の差を楽しみながら
ガツを食べた。

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2007/3/8

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トンカツソース

ウチには醤油はあるけどトンカツソースはない。
醤油がなぜあるかというと、ヌチャナートが寿司や刺身が好き
なので醤油を使うからだ。
本当にヌチャナートは寿司や刺身を美味いと思って食べている
のかどうなのか俺には分からない。
魚が好きだから、生で食べる魚も美味いと感じているのかも
しれない。いつも熱がかかったタイ料理を食べているので、俺の
方が生の魚に手をださなくなっている。

タイ人から見ると日本は優れた先進国だ。
先進国の物=良いものという構図がタイ人の中に出来上がって
いる。それが更に拡大して
先進国の食べ物=美味しいもの
寿司や刺身を食べる人=進んだ、開けたタイ人
という構図が出来上がっているようだ。刺身を食べないタイ人に
対して仲間のタイ人は言う。
「刺身を食べないんだって!?遅れてる!日本に馴染んでないね」
こんな評価になるそうだ。

その昔、俺の先生が言っていた。その先生が学生時代に恩師の
家を訪ねた。恩師は大事そうにバターを取り出し、
「これがバターというものだ。この美味さが分からなければ西洋の
味は
わからないよ」と言ったそうだ。
「冷蔵庫なんて不備の時代だった。常温に置かれたバターは
臭かったよ。酪酸の臭いがぷんぷんしていたんだ
な。」
なんて俺の先生は言っていた。
俺の先生の恩師というのは西洋かぶれだったんだな。
西洋のものなら腐りかけたバターでもいいものと考えていたんだ。
そんなものがいいわけねえーだろうに!

寿司や刺身に対するタイ人の考え方はかっての日本人が西洋の
食品に対する考え方に似ている。
マスコミなどのグルメ番組やグルメ情報誌に踊らされている
ミーハーグルメは別として、今の日本人は何処の
国の料理であれ、
美味いものは美味い、口に合わないものは不味いとはっきり言う。

そうそうトンカツソースの話に戻さなくてはいけない。
ヌチャナートがデパチカからコロッケやらなにやらを買って帰った。
「いつもタイ料理ばかりだから、サミイは飽きちゃったでしょ。
日本の料理を買ってきたわ。好きでしょ?」
コロッケなどパン粉をつけた揚げ物は俺の感覚では西洋料理だ。
トンカツのような揚げ物はタイのスーパーなどで売っていたと思う。
庶民はスーパーでは買い物をしない。スーパーで買い物ができる
のは金持ち階級だけだ。市場で買い物をすれば、トンカツ一枚の
値段で家族全員が今晩食える食材を買える。
そう思うと、トンカツを見てもそれが目に入らない、記憶に残ら
ないのが庶民だ。ヌチャナートは日本に来てコロッケ、トンカツを
初めて見たようなものだ。そんなわけだから、ヌチャナートには
日本の料理と西洋料理の区別がつかない。
俺がタイでタイ料理とベトナム料理の区別がつかないのと同じかな?

自分は作れないから日本の料理を買って帰り、旦那に食べさせ
ようという心はありがたくお受けする。
俺たちは揚げ物の姿を見ただけで、なんのフライか想像できる。
これはトンカツ。これはコロッケかメンチカツ。これはアジフライ。
こっちはイカのフライ。商品の前に品名が書いてあったはずだが、
ヌチャナートは読めない。文字を読んでも意味がわからない。
「これなんだかわかるかい?」
「わかんないわ。芋でしょ?」芋と言ったのはコロッケのことだ。
美味しそうに見えるものを選んできたようだ。

腹が減ったのでヌチャナートが買ってくれたフライをつまみ食い
することにした。こういう物にはトンカツソースをかけるもんだ。
ウチにはトンカツソースはない。ケチャップと醤油を混ぜると
トンカツソースみたいになる。それをかけてフライを食った。
中途半端な味だ。
でもこの中にはヌチャナートの愛がこもっていると感謝しながら食べた。

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2007/3/8

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2007年3月 8日 (木)

ナンプラの臭い

日本の代表的調味料は醤油だ。醤油なしで和食を語れない。

タイの代表的調味料は魚醤だ。タイ語でナンプラと言っている。
これは魚を発酵させて作ったものだから、くさい。
発酵も腐敗も微生物の働きだ。ナンプラの臭いを一言で表現
すれば魚が腐った臭いだ。
初めてナンプラの臭いを嗅ぐ人は悪臭と感じる。

タイの大食堂に行くとナンプラやその他の調味料が置いてある
テーブルがある。その傍に行くとナンプラの悪臭が漂ってくる。
その臭いが嫌だからナンプラがあるテーブルには近づか
なかった。毎日、ナンプラを使った料理を食べているうちに、
ナンプラの臭いが気にならなくなった。
他に座る場所がなかったのか、気がついたらナンプラが置いて
あるテーブルの傍に座って食事をしていた。

ナンプラは悪臭だと言ったが、醤油もかなり強い臭いがある。
日本人は醤油の臭いに慣れっこになっているので、醤油に臭い
があるとか、醤油は悪臭だとは感じない。
醤油が強い臭いを発しているなんて感じる日本人はいない。

日本人は醤油の臭いに免疫ができていて、醤油の悪臭を感じ
なくなっている。タイ人もナンプラの臭いに免疫ができていて、
ナンプラの悪臭を感じなくなっているのではないかと思っていた。

小皿に入れた醤油が捨てるには惜しいほど余ったとする。
日本人は埃が入らないように小皿にラップをかけるか、何かで
蓋をしておいて、余った醤油を次に使う。
ラップをかけるのは醤油が臭いからではない。
埃が入らないように、衛生面から考えた安全な処置だ。

食事にはいつものように、生唐辛子を浮かべたナンプラが出てきた。
ナンプラが余った。
「ねえ、サミイ!これにラップをかけて!」
小皿に入ったナンプラにラップをかけろとヌチャナートは言う。
「うん」またヌチャナートに顎で使われた。
「ラップをしておかないと臭いのよ。」
タイ人が意外なことを言うと、俺は驚いた。俺は「タイ人はナンプラ
は無臭と感じている」と思っていた。タイ人にとってもナンプラは
臭いのだ。これは意外だった!!

ナンプラは臭いと言うと誤解する人がいるので、ナンプラのため
に一言 言わせて貰う。
魚から作るタイのナンプラは臭いが いい味、美味しい味がある。
美味しいナンプラを作るには新鮮な魚と日本酒の杜氏が持つ
ような熟練した発酵技術が必要なんだ。

ナンプラの関連記事はここにあります。

ナンプラの臭い   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_af9c.html


ナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_43f3.html

クンナンプラと海老の踊食い 
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_f2b1.html

クンナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_19eb_1.html

クンナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_19eb.html

クンナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_19eb.html

2007/3/8

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素晴らしい すごい とても良い 良い

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ゲンガイ

毎日、毎回、新しい食材で新しい料理を作るというのは普通の
家庭では無理だ。玉ねぎが半分、小さなトマトが1個、人参が
五センチ、豚肉少々・・・・なんて材料が余る。
まだ食べられるものを捨てるなんてもったいないことはできない。
食べ物を無駄にするとバチがあたる。
俺は宗教を信じているわけではないが、この場合バチという言葉
がもっとも適切な気がする。食べ物を捨てるのは生産農家などに
失礼になると言ってもいい。
食べ物を与えてくださった神への冒涜だなんて言う人もいるだろう。
その他にいろいろな言い方があるが、やはり「バチがあたる」と
いう言葉が一番適切だ。
まだ食べられるものを捨てるのは健康な体と食べ物を買える
購買力があるという幸せな巡り合わせを捨てるようなものだ。
運を捨てるようなものとも言える。運という言葉がでると、なにか
宗教的なものを感じる。
R0018777pct20 バチというのは天罰のことだ。
食べ物を捨てるとバチがあたると考えるのはごくごく自然な考え方だと思う。

冷蔵庫を開けると細々とした残り物があった。
ヌチャナートはそれらをかき集めて料理を作った。
これがその料理なんだが、食ってみると美味い。
「この料理はなんと言うんだい?」
「うーん、わかんないわ」
そりゃそうだろう。残飯をかき集めて作った料理だから名前なんか
ないのも当然だ。
「ゲンガイかしらね?!」
そう言ってヌチャナートは笑っている。
これで冷蔵庫の残飯はなくなった。
食べ物は感謝して大切に食べなくてはいけない。

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2007/3/7

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2007年3月 7日 (水)

スターフライ

アメリカのウイリアムスフード社から出されている商品だ。
格式ある東洋の調味料ミックスと書いてある。
要するに野菜炒め用の粉末調味料だ。
使う野菜は日本の野菜炒めとは違う。
日本人は玉ねぎ、白菜、キャベツなどを使うが、アメリカ人は
赤ピーマン、玉ねぎ、セロリ、人参、ブロッコリだ。
それらが無いときには茸、慈姑で代用できると書いてある。

野菜炒め用の調味料だが俺は焼き飯にこれを使った。
飯をフライパンで炒め、この調味料をぱらぱらとかけてよく混ぜ
合わせた。味見をすると米国人が考える東洋の香りだった。
八角の強い香りがした。
この香りは野菜炒めや焼き飯の香りではない。
俺にはこの香りはトンポーロの香りだ。焼き飯にこの香りは
合わない。醤油にしようかナンプラにしようか迷ったのち、
醤油を選んだ。醤油を加えて更に飯を炒めた。

米国人が考える東洋の香りと日本人が考える東洋の香りは
違うのだ。八角の香りは東洋の香りだが、西洋にもこれと似た
香りをもつアニスがある。日本人は八角もアニスも使わないから、
八角の香りは世界の何処と特定できない異国の香りだ。
米国人には八角の香りは東洋の香りだということがこの味付け
からわかる。
香味に対する感じ方が日本人と米国人ではこんなにも違うのだ
とこれで分かる。

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2007・3・7

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軟骨と高菜の漬物

これは絶対に日本人の発想にない料理だ。
昨日は軟骨を唐揚にした。
「今日も軟骨を唐揚にしたら、飽きるだろうからこれを煮込み
ましょう」と言う。軟骨を煮てもいいだろう。 R0018773pct20
ヌチャナートの好きなように料理をさせた。

そうしたら、軟骨と高菜の漬物、生のセロリを煮込んだ。
粉末の出汁を加えて、塩で味を調える。
こうやって出来上がったものを食べるとこれがまとまった味になっている。
セロリの臭みはアクセントで嫌味はない。
やってみればわかるけど、いい味がでているよ。

漬物と言うのは冷たいまま食べるものという既成概念が俺たち
にはできている。高菜の漬物を煮込んでも旨いもんだってことを
知った。
俺たちは漬物は完成された食品と考えるので、漬物に手を加える
ことはない。せいぜい、醤油、七味をかけるくらいだ。
ヌチャナートにとって漬物は保存食品、半完成食品なのだ。
保存食品だから、食べる時に塩抜きをして調味料を加えて加工
するのが当然だ。漬物は半完成食品だから熱や香辛料を加えて
加工して食べるものと考える。この考え方は理解できる。
半完成品である高菜の漬物に手を加え、調味料をいれ、加熱
したこの料理は旨い。これも一種のトムチュートだ。

ヌチャナートはこれらの材料を鍋にいれて味見をしたら、もう
何もしない。鍋を火にかけたままテレビを見ている。
「サミイ!」俺を呼んでいる。
「鍋の火を消して!そろそろ水がなくなっている頃よ!」
日本語のテレビを見ても理解できないだろうと思うがちゃんと
理解しているようだ。テレビを見ながらも火にかけた鍋のことを
忘れない。俺をあごで使って鍋の火を消させる。
いつからヌチャナートはこんなに強くなったのだろう?

ヌチャナートがいるからこんな珍しい料理を食える。
日本人の女房だったらこんな料理はでない。
あごで使われているけど、まあいいか?

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2007/3/6

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2007年3月 5日 (月)

タイ風もやし炒め

腹が減った。
「ヌー、何か作ってくれよ」
「何が食べたいの?これ食べる?」
冷蔵庫から、もやしを取り出して見せる。
このもやしは俺がヌチャナートのために買ったものだ。
タイの生活を知らない人は
「もやしなんて安いもんだ。たかがもやしで偉そうなこというな!」
なんて思うか
もしれない。
こんなことにも気を使うのはヌチャナートに対する思いやりなんだ。

タイ人はもやしを生で食べる。俺はもやしというものは熱をかけて
から食べるものだという固定観念ができあがっている。
それに生のもやしは豆臭い。熱をかけない豆臭いもやしを俺は
食べる気がしないが、タイ人はもやしを生でよく食べる。
タイの食堂では食事を注文すると生の野菜と一緒に生もやしを
出す。生野菜ともやしは取り放題なのだ。
俺は野菜を齧るがもやしは遠慮している。
せっかくヌチャナートのために買ったもやしを食べちゃうのは気が
引けるけど、食べなければすぐに腐ってし
まう。
ヌーが食べないのだから俺が食べるしかない。

「もやしをどう料理するの?」
「炒めるのよ!」
もやしと肉を炒めて皿に盛る。R0018738pct20
「これは日本料理かい?」
「日本の料理もタイの料理も同じよ」
見た目は確かに日本の定食屋で見るもやし炒めだ。
でも味付けが違う。
ナンプラの味がするから、これはタイ料理だ。
別の器には生唐辛子がナンプラの中にはいっている。
真っ赤な生唐辛子をもやしの上に乗せて食べる。
こうすると刺激があって旨味が増す。
こんな風に感じるのはタイの味に毒されている俺だけかな?

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2007・3・5

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2007年3月 4日 (日)

お弁当を持って

今日はぽかぽかとしたよい天気だ。
まだひな祭りの時期だというのに、もうコブシの花が咲いた。
早すぎるよ。これじゃ来週には桜が咲き始めるのだろうか?
梅と桜とコブシが一緒に見られるのかな?
これは本当に異常な気候だ。
今年の夏は日本でもタイ並みの暑さになるのか??

「今日はいいお天気だから、公園で食事をしましょうよ」
ヌチャナートの提案でお弁当を持って公園に行くことにした。

ヌチャナートはもち米をいつのまにか炊き上げていた。
「もち米はあたしの分よ」と言って一人でもち米を食べている。
ジャックフルーツの舐め味噌のようなものを作ってあった。
ヌチャナートはこれともち米で食べていた。
この舐め味噌は完熟したジャックフルーツの甘さと香りからは
想像できない味だ。唐辛子やニンニクと一緒に叩き潰したもの
だけど、こうなると果物ではなくて野菜のようだ。

お弁当の写真をとるのを忘れた。残念!

「サミイは食べないでしょ?」
焼いた鯵も一人で食べている。俺には食べさせない気なのだ。

俺は鶏を焼き上げたものを、普通のご飯で食べている。
鶏は焼きすぎると肉がぱさぱさになって美味しくない。
ヌチャナートはいつもちょうどよい加減で火を止める。
この焼き鳥をいつもの辛いソースにつけて食べる。

この他にシチュウがあったな。あれは何のシチュウだった?
緑の野菜が入っていた。

いつもの家庭料理を器に詰めて表に持ち出しただけだ。
特別なご馳走ではないけど、お天道様の下でこうやって食べる
料理は格別な味がする。

芝生の上に茣蓙をひろげて食事をしている家族がいた。
まだ若い父親が子供に「ほら、美味しそうだね。食べてごらん」
と食べ物を差し出していた。
見ると、ファーストフードのハンバーグだ。
「ああ、この家族は手作りの料理を作らないのだろうか?」
「毎日デパチカでお惣菜を買ってきて並べる。黄色い看板の
弁当屋の弁当、チンと温めて貰ったコンビニ弁当しか食べて
いないのだろう?」
俺にはこの食事風景は淋しい風景に見えた。
いつも子育てに追われている妻をいたわって、ファーストフードを
食べて妻を休ませてあげているやさしい光景だったのかもしれない。

俺には、不味くてもいい、見掛けが悪くてもいい。
手作りの料理がなによりも嬉しい。

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2007/3/4

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2007年3月 3日 (土)

妥協の産物

今晩のご飯は焼肉にしたいとヌチャナートが言い出した。
焼肉もいいけど、あまりウチでやらないものを食べたくなった。
「フォンジュウをやらないか?」
ヌチャナートはフォンジュウを知らないはずだ。
知っていたとしても多くの中国人や東南アジア人はチーズを
好まない。チーズフォンジュウはやるつもりはない。
オイルフォンジュウをやるつもりだった。 R0018710pct20
これなら世界中何処の国の人にも受け入れられる。
もしヌチャナートがウンと言ったなら、久しぶりに銅製のフォンジュウ鍋をとりだしピカピカに磨きあげるつもりだった。
銅鍋をいつも赤くピカピカにしておくのは、絶え間ない努力が必要だ。
怠け者の俺は必要な時に磨きあげる。

フォンジュウとはどんな料理なのかヌチャナートに説明が必要かなと思っていた。
一度か二度は家でオイルフォンジュウをやったことがある。
もう忘れたかと思ったら、ヌーはまだ覚えていた。
「嫌よ!油でテーブルが汚れるわ。掃除が大変なのよ。新聞紙
を敷いてやってね!」
掃除が大変だという気持ちはわかるよ。
でも新聞紙を広げての食事と言うのはあまり綺麗な姿ではない。

そこで俺は水炊きで行くことにした。焼肉もフォンジュウも水炊き
も材料は同じだ。どうやって食材を加熱するかの問題だ。
水炊きなら油が飛び散ることもない。

ヌチャナートは焼肉を提案した。俺はフォンジュウを提案した。
フォンジュウは油が飛び散るから嫌だとヌーは言う。
鍋物で油が飛び散らないものということで水炊きになった。
これは妥協の産物だ。

俺は空腹だがヌチャナートは腹が減っていないと言う。
俺一人の食事となった。R0018709pct20
100円ショップで見つけた小さなステンレスの鍋がある。
この鍋は一人分の鍋料理にちょうどいい。
タレを何種類か用意して気分であっちやこっちのタレをつけて食べる。

鍋に入れればすぐに食べられると思って冷凍のままのサイコロステーキを使った。
これは肉を切る手間もいらない。己の才能に感激した。
しかし、これは大失敗だった。
鍋が小さいので冷凍品を鍋に入れると、鍋の温度がさがり
なかなか煮えないのだ。サイコロステーキが煮上がったようだ。
タレにつけて食べた。
肉の繊維の間に水分が入り込み、水っぽい味になっている。
あまり旨くない。煮上がったサイコロステーキから水を
ぎゅうーっと絞りだしてタレをつけると美味しく食べられた。

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2007/3/2

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今日のヤムウンセン

今日のヤムウンセンは適当な材料、有り合わせの材料をかき
集めて作ったものだ。
「このヤムウンセンは何と言う料理なの?」
「ヤムウンセンガイ・・・・。うーん分からないわ。」
適当に作り上げたものだから、名前の付けようがない。
名前はなくとも、これは美味しいんだぞ。
味を吸い取った春雨をご飯に乗せる。R0018708pct20 
春雨の中に隠れていた唐辛子の辛味がピリッとくる。
スープの出汁が良く効いている。

家庭料理って、名前の付けようがなくてもいいと思う。
こういうのがオフクロの味になる。
毎日、料理を作っていると、どうしても材料があまったり、残ったりする。
少しばかりとは言え、食材は無駄に捨ててはいけない。
主婦は寄せ集めの材料で料理を作る。
それが家族の評判になり、いつしかそれが家庭の定番料理、
オフクロの味になる。こういうのって楽しいよね。

このヤムウンセンもオフクロの味に相当するウチの料理だ。

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2007/3/2

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2007年3月 2日 (金)

秋刀魚の臭い

ヌチャナートは魚が好きだ。魚なら煮ても焼いてもどんな種類でも
食べる。でも日本人が食べる鮫は食べない。
「鮫って、人を食べる鮫でしょ?」気持ちが悪いらしい。
鯨は哺乳類だけど、魚売り場で売っているから魚のようなもんだ。
ヌチャナートは鯨も気味悪がって食べない。
「タイ人は蝉やタガメなどの昆虫は食べるくせに、なんで鮫は
食べないのだ?」と俺たちは不思議に思う。
「日本人は鮫や鯨まで食べる」とタイ人は日本人を悪食趣味の
人間と思っているかもしれない。
外国の食習慣というのはなかなか理解できないものだ。

秋刀魚の開きを焼いて食べた。ヌチャナートは秋刀魚の開きが
大好きだ。
「サンマは美味しいわ」
カマスの丸ごとはタイでも見たことあるが、カマスの開きはない。
秋刀魚は丸ごとも、開きもタイにはなかったと思う。
日本人向けのバンコックにあるスーパーなら秋刀魚の開きも
あるかもしれない。秋刀魚の開きはヌチャナートのお気に入り
らしく、いつも「美味しい、美味しい」と言いながら食べている。

俺は煮魚は好まないが、焼き魚なら食べる。煮魚の生臭い臭い
が嫌なんだ。秋刀魚の開きは美味しいと思いながら食べている。

「スープいるでしょ?」と言って作ってくれたのが味噌汁だ。
ウチでは味噌汁を「ナムスップミソー」と呼んでいる。
正しいタイ語かどうかわからない。たぶん、ヌチャナート語だと
思う。味噌汁も上手に作るようになった。
この味なら、定食屋の味噌汁以上の味になっている。
昔は食えたもんじゃなかった。俺に気を使って「味噌汁を作って
あげるわ」と言うが、俺は丁重に断っていた。

秋刀魚の開きに味噌汁という組み合わせは完全に和食だ。
和食の場合、ご飯は茶碗に盛るものだ。
ヌチャナートはご飯を茶碗に盛るという習慣をもっていない。
ご飯は皿にのっている。皿にご飯を盛るのがヌチャナートを含め
たタイ人の常識だ。皿に盛ったご飯を箸で食べるのは食べにくい。
スプーンでご飯を食べる。
秋刀魚の開きはスプーンでは食べにくいから箸を使う。
スプーンと箸を交互に持ち替えて食事をした。

ご飯を皿に盛るヌチャナートだ。
味噌汁を塗り物の椀によそるなんてヌチャナートには考えつかない。
ウチにはもちろん塗り物の椀なんてない。
塗り物まがいのプラスチックの椀というのが正しい。
味噌汁を両側に耳があるスープボウルに入れた。
俺はこんな生活に慣らされてしまったので、これで違和感を感じ
なくなっている。

秋刀魚の開きに使った箸で味噌汁を食べた。魚の強烈な生臭さ
が口に広がった。その時、子供の時の記憶が甦った。
「うわー!嫌なにおい!なんだこの臭いは?」
親を見ると、親は何事もないかのように、魚を摘んだ箸を使い
味噌汁を飲んでいる。
「大人はこの臭いがわからないのか?鈍感なのか?」
大人になると嗜好が変わる。
子供の頃に嫌だと思った臭いも大人になると気にならないことも
ある。まだ俺は子供のままだ。
未だに魚を使った箸で味噌汁をいただけない。

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2007/3/2

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2007年3月 1日 (木)

貝料理

俺はあまり夢を見ることがない。夢を見ても、朝 目覚めると夢を
見たことすら忘れていることが多い。今朝は違った。
夢をはっきりと覚えている。夢の中で俺はタイの市場に居た。

市場の喧騒と人ごみ、臭気と濡れて足元が悪い通路・・・・そんなタイの市場の雰囲気が大好きだ。
世界中何処に行っても市場というのはおなじような雰囲気がある。
市場で働く人々のあの人なつこい笑顔は世界中共通だ。

おばさんが貝料理を売っている場所に来た。
その貝は日本の山伏が使うほら貝をちょっと小さくしたような
大きさだ。貝の形は未開の部族や大昔の通貨に使っていた
女の陰部に似た貝だ。通貨に使う貝は指先ほどの大きさだ。
丼になるほど大きくなる貝もあるのだと驚いて見ていた。

日本でも西洋でもホタテ貝や蛤の貝殻を皿に見立てて食材を
載せてオーブンなどで焼き上げる料理はある。
この貝は二枚貝ではない。巻貝の仲間だろう。
巻貝の貝殻を使った料理はあるかな?サザエのつぼ焼きがある
ことを思い出した。

おばさんの貝料理に使っている食材は貝、野菜、スープだ。
巻貝を使ったこのような貝料理は珍しい。なんだか旨そうな
感じだ。これを試食してやろう。その前に市場の中をもう少し
見よう。市場の中で知人に出会ったり、この暑いのに膝まで
あるダウンジャケットを着て通りを颯爽と歩いている男を
みた。

日本人の目から見ると馬鹿みたいだが、タイ人から見るとタイには
ない服、高価な格好いい服をきていると映
るのだろう。
さあ、戻って貝料理を食べよう。

貝料理屋へ行くと、売っていたおばさんがいない。
隣の店の人に聞くとすぐに戻ってくるとのこと。
おばさんが戻ってきた。
料理を注文すると、料理をプラスチックの容器に詰めている。
貝殻に詰めてくれるのだと思っていたので、少々がっかりした。
大きな貝殻は客寄せの看板だったのだ。
あんな大きな貝はそうは簡単に取れるものではない。
そこで夢は終わっていたから、どんな味かわからない。

夢では色や音は分かる。
貝の色はどんな色か覚えている。タイ語で話をしていたから音は
わかるのだろう。しかし、夢の中でこの貝料理を食べたなら、甘い
とか辛いとか味の感覚があるのだろうか?

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2007/3/1

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