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2007年7月24日 (火)

幻の食事

人間の目とか記憶というものはいい加減なところがある。
自分が欲しい物、憧れる物は実際より輝いて見えるし大きく見える。
ガラス玉でもダイヤの輝きに見えることもある。
子供の頃は大きく見えても実際は小さいこともある。
子供は自分の体の大きさと比較して大きいとか小さいと見ている。
両手を広げて捕まえる大きなボールと思ったのに、大人になって見るとスイカほどの大きさだなんてこともある。
最近、俺は物の大きさについて不思議に思うことがある。

日本人が一日に摂取すべきカロリーは2200だか2400カロリーだと言われている。
これは今も昔も変わらない。
俺が子供の頃、学校の保健室の前や保健所にガラスのケースがあって、其処に推奨する料理のサンプルがあった。
毎日、この位の食事を取りなさいと書いてあった。
料理サンプルを見て栄養の目安にしなさいというわけだ。
ケースの中には大きな肉や魚が並んでいた。
俺は「あんな大きな肉を食いたいな。美味そうだな!」と羨ましげに料理サンプルを見ていた。
子供だから大きな肉に見えたのだろうか?
おれんちは貧乏だから、あんな大きな肉や魚は食わせてもらえなかった。
理想の食事とはほど遠い食事がおれんちの食事だった。

最近、似たような料理サンプルを見た。
昔は「この位の栄養を取れ」と書いてあったのに、今は「これだけで十分です。これ以上とるな!」と書いてある。
カロリーも昔と同じく2200だか2400カロリーと計算されている。
肉も魚も小さい一切れだ。

肉や魚がどのくらいの大きさに見えるかは、それらが盛ってある皿の大きさにもよる。
同じ大きさの肉でも大きな皿に乗っていれば、肉は小さく見えるし、皿が小さければ肉は大きく見える。
昔も今もガラスのケースに入っている皿の大きさは同じだ。

昔の計算が間違っていた?大きな肉を食べないと必要なカロリーを摂取できないと計算されたのだろうか?
カロリー計算なんて簡単な計算だ。間違うはずがない。

そうすると、肉が大きく見えたのは俺の幻なのだろうか?
昔の牛や豚は痩せていて油がのっていないから、大きな肉を食べないと必要なカロリーを摂取できない?
そんな馬鹿な!
昔も今も肉のカロリーは同じだから、肉が皿にちょこんと乗っていたはずだ。
俺は「あんな肉が食いたい!」と思い、自分の頭の中で幻の食事を作っていたことになる。
肉は皿の中央にあっただけなのに、幻の食事では肉の端が皿の端に届いている。
子供だから肉が大きく見えたのか?
俺が幻で見た肉を実際に見たものと勘違いしているのだろうか?

昔はもっと栄養を取れと啓蒙するために、必要以上に大きな肉を使っていた。
今は逆に栄養の過剰摂取を抑えろという警告の意味でわざと小さな肉を使っていることも考えられる。
本当のところはわからない。
でも子供の頃に見た、料理サンプルの肉は大きくて美味そうだったと今も記憶している。

2007/7/23

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