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2007年3月10日 (土)

肉の唐揚

昨日の晩に味付けをしておいた肉だ。断るまでもなく、安い肉だ。
それを沢山買い込んできた。
「こっちは冷凍にしておけばいいわ」
黙って肉のパッケージを寄越す。俺は言われたとおり、冷凍庫に
肉をしまう。 R0018801pct20
「こっちの肉は塩を振っておくのよ。そうすれば普通の冷蔵庫にいれておいても腐らないわ。いろんな料理に使えるのよ。」
同じ材料を使って、いろいろな料理をヌチャナートは作ってしまう。
ヌチャナートは肉に塩を振り、ニンニクの薄切りと一緒に練りこんでいる。
肉に粘りが出ると容器に入れて、冷蔵庫にしまった。

一晩冷蔵庫に寝かせた肉は味が染み込んでいる。
これをそのまま油で揚げた。
肉を唐揚にしている間、ヌチャナートは他の料理を作っていた。
時々、肉を見ている。出来上がったものは、見た目ではどうという
ことがない肉の唐揚だ。こういう単純な料理は飽きがこない。
何処の国の人でもこの料理なら食べることができる。

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2007/3/10

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胡瓜の一夜漬け

いつの間にこんな料理を覚えたのだろう?
ヌチャナートが胡瓜の一夜漬けを作った。甘酢に胡瓜を漬け込ん
で冷蔵庫にいれてあった。つまみ食いをした。
「おお!これは日本の味だ。」
この味ならお隣さんに持っていっても大丈夫だ。

タイの胡瓜は日本の胡瓜よりちょっと太めだが短い。R0018803pct20 
日本の胡瓜は固くてポキっと割れるほど固いが、タイの胡瓜はそれほど固くない。
タイの胡瓜は日本のものより甘味が強い。
焼き飯、カオパットを頼めば必ず胡瓜の薄切りがついてくる。
胡瓜の薄切りと焼き飯は「お約束」のようなもんだ。
どんな店でも、どんな屋台でもこの組み合わせだ。
日本のトンカツとキャベツが「お約束」になっているのに似ている。
このタイの胡瓜は歯ごたえは悪いが、甘味があって美味いので
大好きなんだ。タイのカオパットに日本の胡瓜の組み合わせでは
タイ人の好みに合わないかもしれない。
味の好みにおいても「お約束」を破るのは難しいもんだ。

タイの胡瓜を甘酢につけこんでも、日本の胡瓜の一夜漬けの味
にはならない。歯ざわりが違うからだろう。
一夜漬けにするには日本の胡瓜でなくてはだめだ。
何処の国でも風土にあった野菜を美味しく食べる工夫がなされ
ている。

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2007/3/10

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インゲンのソムタム

ヌチャナートが嬉しそうな声を上げる。
「ワあー美味しいわ!ちょっと食べてよ。美味しいから!」
あまりにも嬉しそうに美味しいというので、味見した。
「うわあー!駄目だ!生くさい!」
俺は悲鳴を上げそうになった。
生のインゲンをソムタムにしている。
豆の生臭さが直撃する。
顔をしかめる俺を見て、ヌチャナートは驚いている。
本人は美味しいと思っているのに、俺が不味いと顔をしかめる
のが理解できないらしい。
「駄目なの?」
「ああ、駄目だ。豆が臭い。」
「・・・・」ヌチャナートには分からないらしい。
タイ人は豆の生臭さを気にしないようだ。そういえば、料理を
注文すると生野菜をもってくる。そのなかに生のインゲンもあった。

R0018799pct20 もやしも豆臭い。そのもやしを生で美味しそうに食べる。
俺には駄目だ。

ヌチャナートは美味しそうにインゲンのソムタムを食べていた。
肉の唐揚をソムタムから出た汁につけて食べろという。
言われたように肉をソムタムの汁につけた。
この汁もやはり生臭い。
トマトなら生臭くないだろうと思って食べたが、トマトもやはり生臭かった。

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ソムタムの関連記事はここにあります。

ソムタムポンラマイ 果物のソムタム 
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_a524.html

インゲンのソムタム   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_806d.html

ソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_a806.html

二人のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_d616.html

ソムタムの道具    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_fbe8.html

ソムタム祭    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_0b60.html

瓜のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_baa8.html

ソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_a806.html

熱いソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_cc7b.html

茄子のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_ccda.html

ソムタムを作る    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_ed2f.html

ソムタムを食べる   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_5e83.html

今日のソムタム    
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_f488.html

2007/3/10

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ヘウォ 慈姑

日本で俺は慈姑を食ったことがない。
食ったことがあるかもしれないが、「これがクワイ」と意識して
食った記憶がない。料理本を見てクワイを料理した記憶があるが、
旨くなかったので慈姑を食った記憶から遠ざかっている。
俺は慈姑を食ったことがないと言っても過言ではない。

アメリカでは慈姑は中華料理の基本材料だ。アメリカ人の書い
た中華料理のレシピーを見るとあちこちに慈姑
を使っている。
アメリカ人が使う慈姑は缶詰だ。アメリカ人は慈姑のことを
water chestnutと呼んでいる。缶詰になった慈姑は500円玉
ほどの大きさで2-3ミリの厚さの薄切りだ。
水煮だからそれを食べても味がない。ポキッと割れる。
俺には旨いとは思えない。逆に言えば、味がないからどんな味
でも染み込んで食べられるということだ。

タイ人も慈姑を食べるだろう?と推定していた。タイの市場に
慈姑があったかどうか記憶が定かではない。
市場で慈姑を売っているのを見たことがないようだ。
売っていたかもしれないが気づかなかっただけかもしれ
ない。
そう言えば日本にあるタイの食材店で缶詰になった慈姑を見た
ことがあるような気がする。
たしかラベルにはタイ文字の隣に英語でwater chestnutと書いて
あった。これはタイにも慈姑がある証拠だ。
タイの市場にも慈姑があったのだろうが、気づかなかっただけらしい。

慈姑の季節、旬はいつなのか知らないが日本で慈姑を見ると
ヌチャナートに「あれを買おうか?」と言う。
なぜ慈姑のことを「あれ」と呼ぶのか?
その理由は簡単だタイ語で慈姑のことをなんと呼ぶのか知ら
ないからだ。ヌチャナートも慈姑を知らないらしい。
いつも「いらないわ」と答える。
「料理方法がわからないわ」なんて言ったこともあるかもしれない。

笊に山盛りになった慈姑が「一山100円」であった。
「あれ、買いましょうよ」ヌチャナートが慈姑を指さして言った。
どうやら見たこともない、知らない食べ物に挑戦したくなったようだ。

家に戻るとヌチャナートは慈姑をしげしげと見ていた。
「これって蓮の根ではないわよね?」それを聞いて、俺はちょっと
笑いかけた。
「違うよ。水の中にあるけど、蓮じゃないよ」
「ああ、わかった。蓮みたいに水の中で育つ奴でしょ。ヘウォじゃ
ないかしら」
生の慈姑をヌチャナートは齧った。おいおい、大丈夫かよ?!
「あら、美味しいわよ。食べて御覧なさい?」
俺も釣られて生の慈姑を齧ると、ほんの僅かな甘味があって
いい味だ。
「これはヘウォよ。タイにもあるわ。タイのヘウォはこんな大きく
ないわ。もっと小さいのよ」
人間と言うのは面白いもので、「ヌチャナートが正しく理解した」と
俺は確信できるのだ。ヌチャナートとの出会いの時もそうだった。
言葉が通じ合わないのに、ヌチャナートが話すタイ語だけは
分か
った。苦労して解答した数学の問題は答えを見なくても
「間違っていない。正当だ!」と確信できるのと同じ
ような感覚だ。

タイ語で「慈姑のことをヘウォという」のだと、辞書で調べないと、
確認しないと俺は満足できない。俺の頭は外国語は耳で覚える
よりも目で覚えるのが得意だ。俺は手元にある英タイ辞書を取り
出した。俺は日本で売っているタイ語の辞書は高くて買えない。
買ってもいいのだけど、買う気にならない。語学に辞書は必須
だと分かっているけど買う気にならないのが矛盾している。
タイで売っている英タイ辞書は安いから何種類も買ってきて、
これを使っている。これらの辞書には問題が一つある。
製本が悪い。印刷が悪いのもある。今の日本では考えられない
が文字がか
すれているのもある。
インディアンペーパーのように薄い紙ではなくて普通紙に印刷
してあるから語彙に比して分厚くなる。
Water Chestnutを調べたが訳語はない。別の英タイ辞書でも
載っていない。通常はこの英タイ辞書で間に合うのだが、日本人
がよく使う単語は英タイ辞書には載っていない。
これがこの辞書の限界なのだ。その代わり、英語国民が良く
使う言葉は載っているはずだ。
しょうがない。これもやはりタイで買ってきた日タイ辞書を取り出した。
二年ほど前から小型の日タイ辞書が一般書店でも売り出された。
さすがだ。日タイ辞書には慈姑が載っていた。タイ文字でヘウォと
書いてある。
慈姑のことをタイ語でヘウォと言うことが確認できた。
R0018797pct20 「ヌチャナート、これはヘウォだよ」
「ああそうなの。これを煮てあげるわ」

翌朝、鍋の中に沢山の慈姑がある。ひとつ摘んで食ってみた。
まるで栗のような歯ごたえだ。栗は薄黄色だがこれは白い。味も栗のような上品な甘さがある。
これは結構旨い味だ。英語国民が「水栗」と呼ぶのが分かる。
これはまさしく「水中の栗だ」。
ヌチャナートは塩をちょっと入れて水煮にしただけだと言う。
「皮を剥いて、砂糖を加えましょうか?」
「俺は慈姑の食い方を知らないんだ。わからないよ」
砂糖を加えたら甘味がまして美味しいかもしれない。
「あたしも食べ方を知らないのよ。タイの慈姑は小さいのよ。」
小指の先ほどの大きさらしい。俺はタイ人は慈姑をアメリカの
中華料理のように調理するものと思っていた。
今度、タイに行ったら、タイ人が慈姑をどのように食べるのか
観察してみよう。

ああ、写真がピンボケだった。
いまどき、ピンボケの写真が撮れるなんて珍しいカメラだ。

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2007/3/9

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パッカパオ

冷蔵庫に鶏肉がある。今晩はこれを材料にするらしい。
「どうやってこれを食べる」「うーん、・・・・」
そんなことを聞かれても困る。何でもいいんだけどな。
「炒める?煮る?焼く?」
「うー ん、・・・・炒める。」
R0018784pct20 面倒だから炒めると答えておいた。そうしたらまだ質問が続く。

質問が多いラーメン屋を思い出した。
客の好みに合わせようというのだろうが、俺には面倒くさくてしょうがない。
麺の固さはどうする?スープはどうする?油をいれるか?とかなんとか聞いてくる。
そんなラーメン屋に入ると「さっさと作って、持って来い!」と俺はいつも思う。
客の好みに合わせようとしても無理だ。麺の固さだって若いもん
には柔らかでも年寄りには固い。

「どうやって炒める?」
ああ、また質問か?一番最初にあげた炒め方、パッカパオにした。
これはタイの香りがぷんぷんとする。
いい香りがすると同時に辛味が食欲を刺激する。彩りも好きだ。
茶色のソースに緑の野菜、赤い唐辛子。
ウイスキーの水割りを飲みながら幸せな気分を味わった。

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2007/3/9

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2007年3月 9日 (金)

タイのガツ

ガツというのは豚の胃袋のことだ。なんでガツというのか分からない。
ガツガツ食った物が入る場所だからかな?
デパチカでヌチャナートが驚いたような声をあげた。
「あら、日本ではガツが安いのね。タイでは高いのよ」
ヌチャナートはガツなんて言葉は使わない。
ガツのことを「ご飯の袋」と呼んでいる。

タイ人はガツが好きなんだそうだ。
ガツが取れる量は他の肉の量よりも少ない。
量が少なくて需要が大きいからガツの値段はタイでは当然高く
なる。値段が高ければ美味しい肉という評価になるのは日本人
もタイ人も同じだ。
ガツの値段はタイでは普通の肉のおよそ倍の値段だそうだ。
日本では普通の肉の半分の値段だ。

ヌチャナートがガツを買ってきた。
「日本人はガツを食べないのよね。」そういいながらガツに塩を
振った。スプーンでガツの表面をこすっている。
白い汚れのようなものが沢山出る。
水で汚れを洗い流しては塩を振って同じ動作を繰り返す。
ガツの裏表、内外を同じようにこすっては綺麗にした。
適当な大きさに切ってグリルで焼き上げた。
唐辛子の中にナンプラを垂らしたと言うのか、唐辛子の粉に
ナンプラを入れて唐辛子をふやかしたようなソースをつけて焼き
上げたガツを食べる。

タイ人は美味しい高級肉としてこのガツを味わう。
日本人は安いモツ肉として扱う。このガツは日本人にとっては
煙臭い赤提灯で安酒や焼酎を飲みながら食べる料理だ。
日本人とタイ人の感覚の差に驚き、感覚の差を楽しみながら
ガツを食べた。

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2007/3/8

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トンカツソース

ウチには醤油はあるけどトンカツソースはない。
醤油がなぜあるかというと、ヌチャナートが寿司や刺身が好き
なので醤油を使うからだ。
本当にヌチャナートは寿司や刺身を美味いと思って食べている
のかどうなのか俺には分からない。
魚が好きだから、生で食べる魚も美味いと感じているのかも
しれない。いつも熱がかかったタイ料理を食べているので、俺の
方が生の魚に手をださなくなっている。

タイ人から見ると日本は優れた先進国だ。
先進国の物=良いものという構図がタイ人の中に出来上がって
いる。それが更に拡大して
先進国の食べ物=美味しいもの
寿司や刺身を食べる人=進んだ、開けたタイ人
という構図が出来上がっているようだ。刺身を食べないタイ人に
対して仲間のタイ人は言う。
「刺身を食べないんだって!?遅れてる!日本に馴染んでないね」
こんな評価になるそうだ。

その昔、俺の先生が言っていた。その先生が学生時代に恩師の
家を訪ねた。恩師は大事そうにバターを取り出し、
「これがバターというものだ。この美味さが分からなければ西洋の
味は
わからないよ」と言ったそうだ。
「冷蔵庫なんて不備の時代だった。常温に置かれたバターは
臭かったよ。酪酸の臭いがぷんぷんしていたんだ
な。」
なんて俺の先生は言っていた。
俺の先生の恩師というのは西洋かぶれだったんだな。
西洋のものなら腐りかけたバターでもいいものと考えていたんだ。
そんなものがいいわけねえーだろうに!

寿司や刺身に対するタイ人の考え方はかっての日本人が西洋の
食品に対する考え方に似ている。
マスコミなどのグルメ番組やグルメ情報誌に踊らされている
ミーハーグルメは別として、今の日本人は何処の
国の料理であれ、
美味いものは美味い、口に合わないものは不味いとはっきり言う。

そうそうトンカツソースの話に戻さなくてはいけない。
ヌチャナートがデパチカからコロッケやらなにやらを買って帰った。
「いつもタイ料理ばかりだから、サミイは飽きちゃったでしょ。
日本の料理を買ってきたわ。好きでしょ?」
コロッケなどパン粉をつけた揚げ物は俺の感覚では西洋料理だ。
トンカツのような揚げ物はタイのスーパーなどで売っていたと思う。
庶民はスーパーでは買い物をしない。スーパーで買い物ができる
のは金持ち階級だけだ。市場で買い物をすれば、トンカツ一枚の
値段で家族全員が今晩食える食材を買える。
そう思うと、トンカツを見てもそれが目に入らない、記憶に残ら
ないのが庶民だ。ヌチャナートは日本に来てコロッケ、トンカツを
初めて見たようなものだ。そんなわけだから、ヌチャナートには
日本の料理と西洋料理の区別がつかない。
俺がタイでタイ料理とベトナム料理の区別がつかないのと同じかな?

自分は作れないから日本の料理を買って帰り、旦那に食べさせ
ようという心はありがたくお受けする。
俺たちは揚げ物の姿を見ただけで、なんのフライか想像できる。
これはトンカツ。これはコロッケかメンチカツ。これはアジフライ。
こっちはイカのフライ。商品の前に品名が書いてあったはずだが、
ヌチャナートは読めない。文字を読んでも意味がわからない。
「これなんだかわかるかい?」
「わかんないわ。芋でしょ?」芋と言ったのはコロッケのことだ。
美味しそうに見えるものを選んできたようだ。

腹が減ったのでヌチャナートが買ってくれたフライをつまみ食い
することにした。こういう物にはトンカツソースをかけるもんだ。
ウチにはトンカツソースはない。ケチャップと醤油を混ぜると
トンカツソースみたいになる。それをかけてフライを食った。
中途半端な味だ。
でもこの中にはヌチャナートの愛がこもっていると感謝しながら食べた。

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2007/3/8

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2007年3月 8日 (木)

ナンプラの臭い

日本の代表的調味料は醤油だ。醤油なしで和食を語れない。

タイの代表的調味料は魚醤だ。タイ語でナンプラと言っている。
これは魚を発酵させて作ったものだから、くさい。
発酵も腐敗も微生物の働きだ。ナンプラの臭いを一言で表現
すれば魚が腐った臭いだ。
初めてナンプラの臭いを嗅ぐ人は悪臭と感じる。

タイの大食堂に行くとナンプラやその他の調味料が置いてある
テーブルがある。その傍に行くとナンプラの悪臭が漂ってくる。
その臭いが嫌だからナンプラがあるテーブルには近づか
なかった。毎日、ナンプラを使った料理を食べているうちに、
ナンプラの臭いが気にならなくなった。
他に座る場所がなかったのか、気がついたらナンプラが置いて
あるテーブルの傍に座って食事をしていた。

ナンプラは悪臭だと言ったが、醤油もかなり強い臭いがある。
日本人は醤油の臭いに慣れっこになっているので、醤油に臭い
があるとか、醤油は悪臭だとは感じない。
醤油が強い臭いを発しているなんて感じる日本人はいない。

日本人は醤油の臭いに免疫ができていて、醤油の悪臭を感じ
なくなっている。タイ人もナンプラの臭いに免疫ができていて、
ナンプラの悪臭を感じなくなっているのではないかと思っていた。

小皿に入れた醤油が捨てるには惜しいほど余ったとする。
日本人は埃が入らないように小皿にラップをかけるか、何かで
蓋をしておいて、余った醤油を次に使う。
ラップをかけるのは醤油が臭いからではない。
埃が入らないように、衛生面から考えた安全な処置だ。

食事にはいつものように、生唐辛子を浮かべたナンプラが出てきた。
ナンプラが余った。
「ねえ、サミイ!これにラップをかけて!」
小皿に入ったナンプラにラップをかけろとヌチャナートは言う。
「うん」またヌチャナートに顎で使われた。
「ラップをしておかないと臭いのよ。」
タイ人が意外なことを言うと、俺は驚いた。俺は「タイ人はナンプラ
は無臭と感じている」と思っていた。タイ人にとってもナンプラは
臭いのだ。これは意外だった!!

ナンプラは臭いと言うと誤解する人がいるので、ナンプラのため
に一言 言わせて貰う。
魚から作るタイのナンプラは臭いが いい味、美味しい味がある。
美味しいナンプラを作るには新鮮な魚と日本酒の杜氏が持つ
ような熟練した発酵技術が必要なんだ。

ナンプラの関連記事はここにあります。

ナンプラの臭い   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_af9c.html


ナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_43f3.html

クンナンプラと海老の踊食い 
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_f2b1.html

クンナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_19eb_1.html

クンナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_19eb.html

クンナンプラ   
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_19eb.html

2007/3/8

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ゲンガイ

毎日、毎回、新しい食材で新しい料理を作るというのは普通の
家庭では無理だ。玉ねぎが半分、小さなトマトが1個、人参が
五センチ、豚肉少々・・・・なんて材料が余る。
まだ食べられるものを捨てるなんてもったいないことはできない。
食べ物を無駄にするとバチがあたる。
俺は宗教を信じているわけではないが、この場合バチという言葉
がもっとも適切な気がする。食べ物を捨てるのは生産農家などに
失礼になると言ってもいい。
食べ物を与えてくださった神への冒涜だなんて言う人もいるだろう。
その他にいろいろな言い方があるが、やはり「バチがあたる」と
いう言葉が一番適切だ。
まだ食べられるものを捨てるのは健康な体と食べ物を買える
購買力があるという幸せな巡り合わせを捨てるようなものだ。
運を捨てるようなものとも言える。運という言葉がでると、なにか
宗教的なものを感じる。
R0018777pct20 バチというのは天罰のことだ。
食べ物を捨てるとバチがあたると考えるのはごくごく自然な考え方だと思う。

冷蔵庫を開けると細々とした残り物があった。
ヌチャナートはそれらをかき集めて料理を作った。
これがその料理なんだが、食ってみると美味い。
「この料理はなんと言うんだい?」
「うーん、わかんないわ」
そりゃそうだろう。残飯をかき集めて作った料理だから名前なんか
ないのも当然だ。
「ゲンガイかしらね?!」
そう言ってヌチャナートは笑っている。
これで冷蔵庫の残飯はなくなった。
食べ物は感謝して大切に食べなくてはいけない。

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2007/3/7

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2007年3月 7日 (水)

スターフライ

アメリカのウイリアムスフード社から出されている商品だ。
格式ある東洋の調味料ミックスと書いてある。
要するに野菜炒め用の粉末調味料だ。
使う野菜は日本の野菜炒めとは違う。
日本人は玉ねぎ、白菜、キャベツなどを使うが、アメリカ人は
赤ピーマン、玉ねぎ、セロリ、人参、ブロッコリだ。
それらが無いときには茸、慈姑で代用できると書いてある。

野菜炒め用の調味料だが俺は焼き飯にこれを使った。
飯をフライパンで炒め、この調味料をぱらぱらとかけてよく混ぜ
合わせた。味見をすると米国人が考える東洋の香りだった。
八角の強い香りがした。
この香りは野菜炒めや焼き飯の香りではない。
俺にはこの香りはトンポーロの香りだ。焼き飯にこの香りは
合わない。醤油にしようかナンプラにしようか迷ったのち、
醤油を選んだ。醤油を加えて更に飯を炒めた。

米国人が考える東洋の香りと日本人が考える東洋の香りは
違うのだ。八角の香りは東洋の香りだが、西洋にもこれと似た
香りをもつアニスがある。日本人は八角もアニスも使わないから、
八角の香りは世界の何処と特定できない異国の香りだ。
米国人には八角の香りは東洋の香りだということがこの味付け
からわかる。
香味に対する感じ方が日本人と米国人ではこんなにも違うのだ
とこれで分かる。

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2007・3・7

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軟骨と高菜の漬物

これは絶対に日本人の発想にない料理だ。
昨日は軟骨を唐揚にした。
「今日も軟骨を唐揚にしたら、飽きるだろうからこれを煮込み
ましょう」と言う。軟骨を煮てもいいだろう。 R0018773pct20
ヌチャナートの好きなように料理をさせた。

そうしたら、軟骨と高菜の漬物、生のセロリを煮込んだ。
粉末の出汁を加えて、塩で味を調える。
こうやって出来上がったものを食べるとこれがまとまった味になっている。
セロリの臭みはアクセントで嫌味はない。
やってみればわかるけど、いい味がでているよ。

漬物と言うのは冷たいまま食べるものという既成概念が俺たち
にはできている。高菜の漬物を煮込んでも旨いもんだってことを
知った。
俺たちは漬物は完成された食品と考えるので、漬物に手を加える
ことはない。せいぜい、醤油、七味をかけるくらいだ。
ヌチャナートにとって漬物は保存食品、半完成食品なのだ。
保存食品だから、食べる時に塩抜きをして調味料を加えて加工
するのが当然だ。漬物は半完成食品だから熱や香辛料を加えて
加工して食べるものと考える。この考え方は理解できる。
半完成品である高菜の漬物に手を加え、調味料をいれ、加熱
したこの料理は旨い。これも一種のトムチュートだ。

ヌチャナートはこれらの材料を鍋にいれて味見をしたら、もう
何もしない。鍋を火にかけたままテレビを見ている。
「サミイ!」俺を呼んでいる。
「鍋の火を消して!そろそろ水がなくなっている頃よ!」
日本語のテレビを見ても理解できないだろうと思うがちゃんと
理解しているようだ。テレビを見ながらも火にかけた鍋のことを
忘れない。俺をあごで使って鍋の火を消させる。
いつからヌチャナートはこんなに強くなったのだろう?

ヌチャナートがいるからこんな珍しい料理を食える。
日本人の女房だったらこんな料理はでない。
あごで使われているけど、まあいいか?

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2007/3/6

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2007年3月 5日 (月)

タイ風もやし炒め

腹が減った。
「ヌー、何か作ってくれよ」
「何が食べたいの?これ食べる?」
冷蔵庫から、もやしを取り出して見せる。
このもやしは俺がヌチャナートのために買ったものだ。
タイの生活を知らない人は
「もやしなんて安いもんだ。たかがもやしで偉そうなこというな!」
なんて思うか
もしれない。
こんなことにも気を使うのはヌチャナートに対する思いやりなんだ。

タイ人はもやしを生で食べる。俺はもやしというものは熱をかけて
から食べるものだという固定観念ができあがっている。
それに生のもやしは豆臭い。熱をかけない豆臭いもやしを俺は
食べる気がしないが、タイ人はもやしを生でよく食べる。
タイの食堂では食事を注文すると生の野菜と一緒に生もやしを
出す。生野菜ともやしは取り放題なのだ。
俺は野菜を齧るがもやしは遠慮している。
せっかくヌチャナートのために買ったもやしを食べちゃうのは気が
引けるけど、食べなければすぐに腐ってし
まう。
ヌーが食べないのだから俺が食べるしかない。

「もやしをどう料理するの?」
「炒めるのよ!」
もやしと肉を炒めて皿に盛る。R0018738pct20
「これは日本料理かい?」
「日本の料理もタイの料理も同じよ」
見た目は確かに日本の定食屋で見るもやし炒めだ。
でも味付けが違う。
ナンプラの味がするから、これはタイ料理だ。
別の器には生唐辛子がナンプラの中にはいっている。
真っ赤な生唐辛子をもやしの上に乗せて食べる。
こうすると刺激があって旨味が増す。
こんな風に感じるのはタイの味に毒されている俺だけかな?

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2007・3・5

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2007年3月 4日 (日)

お弁当を持って

今日はぽかぽかとしたよい天気だ。
まだひな祭りの時期だというのに、もうコブシの花が咲いた。
早すぎるよ。これじゃ来週には桜が咲き始めるのだろうか?
梅と桜とコブシが一緒に見られるのかな?
これは本当に異常な気候だ。
今年の夏は日本でもタイ並みの暑さになるのか??

「今日はいいお天気だから、公園で食事をしましょうよ」
ヌチャナートの提案でお弁当を持って公園に行くことにした。

ヌチャナートはもち米をいつのまにか炊き上げていた。
「もち米はあたしの分よ」と言って一人でもち米を食べている。
ジャックフルーツの舐め味噌のようなものを作ってあった。
ヌチャナートはこれともち米で食べていた。
この舐め味噌は完熟したジャックフルーツの甘さと香りからは
想像できない味だ。唐辛子やニンニクと一緒に叩き潰したもの
だけど、こうなると果物ではなくて野菜のようだ。

お弁当の写真をとるのを忘れた。残念!

「サミイは食べないでしょ?」
焼いた鯵も一人で食べている。俺には食べさせない気なのだ。

俺は鶏を焼き上げたものを、普通のご飯で食べている。
鶏は焼きすぎると肉がぱさぱさになって美味しくない。
ヌチャナートはいつもちょうどよい加減で火を止める。
この焼き鳥をいつもの辛いソースにつけて食べる。

この他にシチュウがあったな。あれは何のシチュウだった?
緑の野菜が入っていた。

いつもの家庭料理を器に詰めて表に持ち出しただけだ。
特別なご馳走ではないけど、お天道様の下でこうやって食べる
料理は格別な味がする。

芝生の上に茣蓙をひろげて食事をしている家族がいた。
まだ若い父親が子供に「ほら、美味しそうだね。食べてごらん」
と食べ物を差し出していた。
見ると、ファーストフードのハンバーグだ。
「ああ、この家族は手作りの料理を作らないのだろうか?」
「毎日デパチカでお惣菜を買ってきて並べる。黄色い看板の
弁当屋の弁当、チンと温めて貰ったコンビニ弁当しか食べて
いないのだろう?」
俺にはこの食事風景は淋しい風景に見えた。
いつも子育てに追われている妻をいたわって、ファーストフードを
食べて妻を休ませてあげているやさしい光景だったのかもしれない。

俺には、不味くてもいい、見掛けが悪くてもいい。
手作りの料理がなによりも嬉しい。

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2007/3/4

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