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2008年4月12日 (土)

毒餃子とお笑い芸人

ウチの料理はタイ料理ばかりで餃子は出てこない。
中国製餃子を買うことがないので、毒餃子事件とウチの接点は
ない。

今回の毒餃子事件の発端は日本生活協同組合連合会(日生協)
の店で発見されたことから始まった。
日生協は中間報告という形で対策を発表したと新聞は報じている。
新聞が伝えている報道の中に俺は気になる表現を見つけた。
「クライシス(危機)を判断する・・・・・・・」
と中間報告は書いてあるようだ。報告の内容について何も言う
つもりはない。

俺が気になったのは、なんでカタカナ英語を使わなくては
いけないのだということだ。
「危機を判断する」と書いたのではいけないのか?
これで十分に意味が通じる。日生協の危機に対する感覚・誠意
は分かる。なんで「クライシス(危機)」と書かなくてはいけない
のだ?クライシスと言ったのでは一般に通じないから、わざわざ
カタカナ英語の意味を括弧でくくって(危機)と説明している。
「危機」と「クライシス」にどれほど意味の違いがあるのだ??

やたらとカタカナ英語を連発するお笑い芸人がいる。
二度と同じ過ちを犯さないと言う固い決意の表明に
「お笑い芸人的表現」を使うのは不謹慎だと思わないか???
こんな風に感じる俺がおかしいのか??

なんでカタカナ英語を使うの?カタカナ仏語、カタカナ独語じゃ
いけないの?このような場合にカタカナのタイ語が使われて
いるのをみたことがない。

日本語にない物を伝えるためにはカタカナで表現するのは止むを
得ない。例えば「電気」という言葉がない時代に「エレキテル」と
カタカナ和蘭語を使ったのは止むを得ない。
「自由」なんて言葉も英語の「フリーダム」の思想を伝えるために
造語されたものだ。
俺は言語について詳しくないが、日本にも昔から危機という言葉
があり、その内容も英語のクライシスとほぼ同じだと思っている。
日本語で十分に思想が伝えられるのに、わざわざカタカナ英語
で表現する現代の潮流に俺はうんざりしている。

2008/4/12

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