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2008年5月20日 (火)

食べ物を古新聞で

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町を歩いていた。レストランの店先にでている料理見本を見て
はっとした。新聞紙に包んだ料理を皿に盛って出している。
俺はその料理見本を見ながら、考えてしまった。

「これが新しい料理の形なのか??」うーん?今までにない、
他にないから新しい?
でもちょっと昔まで日本では新聞紙で食い物を包んでいたから、
俺にとっては目新しくないな。客の度肝を抜くのが目的か?
この店としてはこれは「良い形」「美しい形」「受け入れられる形」
「斬新な形」と考えたはずだ。料理はタコスだ。
屋台ならともかく、店のなかで椅子に座って食べるタコスなのに、
なんで新聞紙に包む必要があるのだ?

米軍基地へ行くとタコスを売っている。タコスは紙に包まない
で出すか、白い紙に包んで出してくれる。
新聞紙に包んで出すことはなかったと記憶している。

今、日本で食品の包装に新聞紙を使うのは「焼芋屋」位では
ないか?
「ヤーキイモー、イシ ヤーキイモー!」と売りに来る焼き芋を
買うと、熱々の焼芋を新聞紙でできた袋に入れてくれる。
火傷しそうに熱い焼芋を新聞紙に包むと、焚き火で焼芋を作って
食べている感覚が戻ってくる。それが情緒だ。
それだから新聞紙に包んだ焼芋を消費者は受け入れている。

日本で新聞紙が食品の包装材料に使われなくなったのは
「新聞紙は不潔だ」という声があがったからだ。
考えてみれば、新聞紙は不潔だ。公園のベンチに腰掛ける時、
服が汚れないように新聞紙を敷く。新聞を読んでる時、
くしゃみや咳がでる。唾液や痰が新聞に飛び散る。
そんな新聞を食品を包むのに使うのは不潔だな。

今は神経質になるほど「清潔、セーケツ」と言われている。
電車のつり革は、誰が使ったかわからないから、消毒してから
使うなんて御仁まである。つり革を消毒してから掴まった人が、
電車を降りる時、次につり革を使う人のためにつり革を消毒して
いるのを俺は見たこ
とがない。
「他人から見ればアンタだって、不潔なバイキンの塊なんだぜ」
すぐに本題から外れてしまう。やたらと清潔意識の高い人と
新聞紙の関係を話題にしなくてはいけないのだ。

そのように、清潔さが厳しく問われている時代の中で不潔と思わ
れる新聞紙を使って料理を出す発想に俺は驚いている。
古新聞=不潔という固定観念が俺にはできている。
食品包材としてはマイナスのイメージが古新聞にはある。
清潔だから金を出して安心して料理を食べる。
それをあえて、不潔に見える古新聞を使う発想の原点はなん
だろう?消毒してからつり革に掴まる清潔感の強い人はこの
料理サンプルを見て、どう感じるだろうか?
「珍しい、美味しそう!」と感じるのだろうか?それとも
「不潔!汚らしい!」と感じるのだろうか?
今後、古新聞と料理がどのように発展していくのか見守ろう。

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2008/5/20

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