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2008年10月 5日 (日)

好みの変化とタイ料理

毎日、タイ料理を食べ続けていると、自然に好きなタイ料理とそう
でもないタイ料理がでてくる。また昔は好きだったのに、今はそれ
ほど好きでないタイ料理ができた。
どうしてこうなったのかわからないが、なんだか不思議な気がする。

クンナンプラなんて言う料理がある。生海老のサラダだ。
海老の甘味と唐辛子の辛味、ニンニクの香りが素晴らしいと思って
いた。白い海老肉にのった赤い唐辛子、緑の葉と見た目も綺麗だ。
それもなんとなく食べなくなった。これという理由はない。
何故そうなったのかもわからない。
ただ、食べなくなっただけだ。出されれば一匹二匹は食べるが、
感激がないからそれ以上は食べない。

肉を醗酵させて酸味をだしたネムもそうだ。
これも旨いと思って食べていたが、最近は作っても食べない。
ヌチャナートが一人で食べている。俺は生のネムを酒の肴にして
いた。
「これがあれば、酒が進む」と喜んで食べていた。
そのネムも余り食べなくなった。自分から作ろうともしない。
ネムは実に旨いと思っていた。醗酵肉の傑作とも賞賛していた
のに、食べなくなった。

トムヤンクンも余り好まなくなっている。酸味と辛味のバランスが
とれたトムヤンクンは旨いと思っていた。これは旨い料理なのだが、
今はそれほど感激しない。トムヤンクンも地方色があって
イサーン風、バンコック風と作るがどちらも余り食べなくなった。
いつでも食べられると思うから、そうなっちゃうのかな?
そうだとしたら贅沢な話と思われる。

その逆にタイカレーは大好きになった。初めてタイカレーを食べた
時は
「何だこの味!?これはカレーではない!」
と不味いというより、怒りに似た物を感じた。
今はタイカレーは俺の好物になっている。
理由は分からないが、ヌチャナートはタイカレーは料理ではない
と思っている。
「タイカレーを作ってくれよ」と頼んでもなかなか作ってくれない。
気が向いた時だけ作ってくれる。俺に気を使って作るというの
ではないようだ。大量に作っておけば俺が勝手に温めて食べるから、
料理を作る手間を省ける。
タイカレーはヌチャナートの手抜き料理だ。
そんなこと、わかっているけど好きな料理だから黙って食べている。

ウチの料理はタイ料理ばかりだから和食がない。
例えばお茶漬けさらさらで飯を食いたいと思ってもそんな料理は
ない。お茶漬けに近い、タイ料理カオツムで我慢?する。
沢庵ボーリボーリなんてものもない。沢庵に近いタイ料理はないな。
その他、多くの和食が全くない。醤油も殆ど使わない。
使う機会がないのだ。よくまあ、これでやっていると思われる。
習慣と言うのは恐ろしい物で、これが食事だと飼い馴らされたので
腹が減るとタイ料理を食べている。

俺が好んで食べるタイ料理はどうやら煮込んだ肉料理が多いみた
いだ。魚を煮込んだ物はにおいで好きになれない。
肉を取るか魚を取るかは個人の好みの問題だ。
いずれをとっても煮込んだ料理はタイの庶民が日常的に食べて
いる料理だ。
俺の好みも自然にタイの庶民が食べている味に近づいていた。

鮨、活き造りとか祝い事に出る所謂ご馳走と言うものより、味噌汁
に焼き魚といったごくごく普通の物を食べている方が飽きが来ない
のはタイ料理でも同じだ。
トムヤンクンは謂わばハレの場の料理だ。たまに食うから美味しい
のであって、これが日常的にでたら、すぐに飽きる。
普通の料理はいつまでも食べられる。


TREview

2008/10/4

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