« 2008年6月29日 - 2008年7月5日 | トップページ | 2008年7月13日 - 2008年7月19日 »

2008年7月10日 (木)

瓢箪を食べる

P1050715pct13

昔々のことだった。
「宮崎では糸瓜を食うんだよ。」
そんなことを教えてくれた人は糸瓜を食うなんてゲテモノ食いの
軽蔑すべき習慣のような口調だった。俺もその時は糸瓜が食用
になるなんて思ってもいなかったので、糸瓜を食べる習慣を奇妙
に感じた。
糸瓜について俺が知っていることは風呂で体を洗うものという
ことだけだ。まさか糸瓜が食用になるものとは思ってもいな
かった。タイの食生活を経験するうちに糸瓜は美味しい食品
だと分かった。

商店街の八百屋に糸瓜があった。
「ああ、糸瓜の季節なのだ」
俺はヌチャナートに糸瓜を買おうとは言わなかったが、
ヌチャナートは糸瓜を買っていた。ヌチャナートが買った糸瓜は
俺が商店街で見た糸瓜より大きい。それに周囲にごつごつした
角がない。形は糸瓜だ。きっと糸瓜にもいろいろな種類が
あって、これは糸瓜の一種なのだろうと思っていた。

ヌチャナートが糸瓜を料理し始めた。
「これを煮ると美味しいのよ」
嬉しそうに、糸瓜の皮をむいたり、種を取り除いていた。

「ヌー、これをタイ語でなんて言ったっけ?」
「ナムタオよ」
糸瓜のタイ語はナムタオだったっけ?違う気がする。
俺がうっすら覚えている単語とは違う。
辞書でナムタオを調べた。いかにも簡単に調べられると思う
だろうが、違う。タイ語は表音文字なので、音の高低や母音の
長短で文字やスペルが変わる。カタカナでナムタオと書ける
タイ文字は何種類もある。ナムタオと書けるタイ文字の中に
「gourd」という訳語があった。「gourd」は瓢箪だよね。
糸瓜と思ったのは瓢箪だった。

瓢箪というのは世界中に多くの種類がある。風船のように
まん丸の物から、真ん中がくぼんだ所謂ひょうたん型、胡瓜や
瓜のような形などいろいろな物がある。
これは糸瓜型をした瓢箪だった。

P1050729pct13

瓢箪の料理、食べ方をを知りたいですか?聞くだけ野暮です。
ヌチャナートが作った料理は料理ともいえないものだ。
ただ茹でて出してきただけだ。ねっ!聞いて損したでしょ?
瓢箪は茹でると柔らかになる。それに唐辛子ソースをつけて
食べる。料理も簡単だが、食べ方も簡単だ。

瓢箪には癖がないから、どんなソースでも合う。
日本人には甘い味噌、酢味噌、唐辛子や辛子入りの味噌でも
美味しいと思う。
糸瓜と誤解していた瓢箪だが、味は十分に楽しんだ。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/8

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アメリカ風トマトサラダ

P1050727pct13

先日は生ハムを使ったが今日はロースハムを乗せた。
トマトを薄切りにしてハムを乗せ、塩コショウをしてタマネギの
薄切りを乗せただけだ。
簡単すぎてサラダと言うのが恥ずかしい。
ましてアメリカ風なんて言うのが恥ずかしい。
しかし、この料理はアメリカの本を読んで覚えた料理だから
俺にとってはアメリカ風サラダなんだ。

ヌチャナートはタマネギを水に曝す。俺は水に曝さないでその
ままトマトに乗せる。味はちょっと違うがどちらも美味しく食べ
られる。俺はアメリカ人好みの唐辛子ソースをかける。
ヌチャナートはアメリカ風唐辛子ソースは好まない。
タイ料理に唐辛子を多用する。従って唐辛子を使ったものなら
タイ人は好むはずだという俺の推定は完全にはずれた。
アメリカ風唐辛子ソースを俺がかけて食べるのをヌチャナートは
不思議そうに見ている。俺だって昔はこんな物をかけなかった。
タイ料理ばかり、毎日食っているうちに唐辛子がないと味が物足
りないと感じるようになってしまったのだ。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/9

| | コメント (0) | トラックバック (0)

玄関マットのサラダ

P1050735pct13

この玄関マットのようなモツをシチュウにして食べたのだが、
食べきれない。余ったモツを使ってサラダにした。
モツをサラダにするなんて日本人の発想にはない。
薄荷の葉をベランダから取ってきて乗せる。
彩がよくなる。これは意外と旨いサラダだ。
こんな料理は日本にはない。タイ人の発想だ。

肉食文化が長いタイ人は肉を本当に無駄にしない。
日本人はタイ人の食生活を見て、
「タイ人は鳴声以外はなんでも食べる」なんて馬鹿にする。
食糧自給率の低さ、食糧確保の国際的問題、ゴミ問題・・・・・
などを考えると食べられる物は何でも食べてしまう必要がある。
「鳴声以外は・・・・」なんて笑っている場合ではない。
玄関マットのサラダを食べながら、ちょっと真剣に考えて
しまった。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/9

| | コメント (0) | トラックバック (0)

野菜入りお粥、カオツム

P1050738pct13

俺は肉が好きだ。魚は余り好まない。ヌチャナートは魚が好きで
魚料理を沢山作る。俺は無理をして「美味しいね」と言いながら
一緒に魚料理を食べていた。こっちが「美味しい」と言う物だから、
ヌチャナートはそれをまともに受けて、また魚料理を作ってだす。
魚が続くので、俺は魚に余り手をださなくなった。
ヌチャナートもその変化に気づき、俺には肉料理をだすように
なった。

今日は軽くお粥を食べることにした。
お粥には苦瓜が入っている。日本人が作るお粥や茶漬けに苦瓜
が入るか?そんなもんを入れるわけがない。
タイ人の頭ではお粥に苦瓜はおかしな組合せではない。
「パクチーも入れるでしょ!」
俺が返事をする前にパクチーがお粥に入った。
「肉ばかり食べちゃ、体に悪いわよ。今日は野菜のお粥にした
からね」
日本の米で作るタイ風のお粥だが、これは旨い。
苦瓜の苦味も気にならない。
最初は悪臭と思ったパクチーのにおい。
いつの間にやら悪臭が俺の中では香りに変わっている。
この香りがないとタイの味にならない。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/9

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゲンパーパクナム、瓢箪のシチュウ

P1050742pct13

大きな瓢箪なので一回では食いきれない。今日も瓢箪料理だ。
これは食うと旨いのだが、調理中のにおいは酷い。
臭いのだ!醗酵させたのだか腐ったのか分からないにおいが
する。

出来上がった料理の瓢箪の薄緑色が綺麗だ。
ところどころにある赤い唐辛子の色と対照をなしている。
俺にとっては辛味がないあるいはちょっと辛い料理だが、激辛
料理と言われるかもしれない。
辛い物、辛い料理が好きな人は旨辛料理と言うかもしれない。

鶏肉と瓢箪の組合せがいい。
瓢箪は口のなかでトロッととけるように喉にいく。
食事をしながら、ヌチャナートがこの近所で誰かが作っていた
瓢箪の話をする。
「あそこに瓢箪があったでしょ?」
「・・・・」
「日本人は誰も瓢箪を食べないのね。」
俺は覚えていない。ヌチャナートは瓢箪を食べ物だと思っている
からちゃんと覚えている。食べ物の恨みは恐ろしい。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鍋底の穴 幸福のサイン

こんなタイトルの投稿記事があった。
「いまどき、鍋底の穴なんてなんだ?」不思議に思い記事を読んだ。

夫に出会う前から使っていた鍋だ。道具がなかった新婚時代、
子供が三人生まれ、ラーメン作りなどに大活躍した鍋だ。
運動会の弁当作りの最中に鍋に穴があいた。
なんで運動会の日に?子供が元気に育ってくれたことに感謝しろ
というサインに思えた。思い出すと涙がでてきた。
鍋の小さな穴に大切なことを教えてもらった。(主婦30歳)

そんな内容の投稿記事だった。
今じゃあ、100円ショップでも買えるステンレスの鍋なんて、昔は
なかった。アルミの鍋が普通だった。鉄鍋は大砲や軍艦作りの為
に供出しちゃったので鉄鍋などどの家庭にもない。
アルミの材質が悪かった。直ぐに穴があいた。
飯の真ん中に赤い梅干をのせる弁当を日の丸弁当と言った。
弁当箱のアルミと梅干の酸が反応して弁当箱の蓋に穴があく。
溶け出したアルミがついた飯は金属臭がして不味かった。

今のスバル自動車の前身は中島飛行機だ。敗戦で飛行機作り
ができない会社は飛行機に使うアルミで 鍋を作り売っていたと
いう話を聞いたことがある。

今だったなら、穴の開いた鍋など当然のように捨てる。
穴があいていなくとも、汚れが落ちないから、デザインが飽きた
から・・・・・などの理由でまだ使えるものを捨てている。
ウチの料理に使っている鍋よりも綺麗で高級な鍋が捨てられ
ている。拾って使いたいくらいだ。拾ってきたら、今、使っている
鍋を捨てなくてはいけない。それは俺が無駄遣いに加担している
のと同じだ。ヌチャナートもそれを見て笑っている。
「あら、ウチのお鍋より良いものが捨ててあるわ」
もったいない、まだ使えるのにと思いながら横目で見て通り過ぎ
ている。
「タイなら十分に使えるわ。金属を売ることも出来るわ」

今でも昔でも穴のあいた鍋は使えない。敗戦後の物がない時代
でも小さな穴が開いた鍋を捨てるのは勿体無いと考えた。
当時のおばあさんの知恵で、穴に真綿を詰めればまだ使える
というのがあった。この方法を俺はやったことがない。
多分、水漏れは起こらないだろうが、真綿に食中毒菌が繁殖
する危険性がある。でも鍋は火にかけるのだから、食中毒菌は
殺菌される?そんな知恵もあった。

鍋修理用に細いアルミのリベットを売っていた。
鍋底の穴にリベットを通す。平らな場所に鍋を置き、金槌でリベット
を叩くと穴は見事に塞がる。俺もそうやっていくつかの鍋の底を
修理した。
日本の経済が復興して大量消費、大量廃棄の時代になった。
アルミの技術が進歩してアルミの鍋に穴が開くことがなくなった。

タイの屋台で使っているアルミの鍋はボコボコ・デコボコだ。
アルミ板が薄いのか、彼等の取扱が乱暴なことによる。
そんな鍋なのに、穴を修理した跡がない。
タイのアルミでも穴があくことがない。アルミの精錬技術が進歩
しているのだ。あのタイ人ですら鍋の穴を修理する必要がなく
なっている。アルミ鍋修理用のリベットをタイで売っているのを
見たことがない。

投稿記事を読みながら、昔のことやタイの普通の人々の生活を
思い出していた。
穴が開くまで大切に鍋をつかった30歳の主婦に応援を送りたくなった。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/5

| | コメント (2) | トラックバック (0)

タイ料理の作法

俺はタイ料理の正式な食べ方を知らない。
食事作法、テーブルマナーはタイにもあるはずだ。
好きなように、俺が美味しいと思う方法でタイ料理を食べれば
いいと思って自分勝手な食べ方をしてきた。
家庭の中ではそんな我儘は許される。
タイ人と一緒に食事をする時、或はタイの社会の中で、我流の
食べ方は許されるはずがない。もしかすると我流の食べ方は
とんでもない間違いや誤解を引き起こす可能性がある。
正しいタイ料理の食べ方を学んでおく必要がある。

あるタイの女だが一緒に食事をすると必ず「迷い箸」をする。
器に盛った料理を箸で摘む。摘んだ料理を食べるのかと思うと、
それを取り上げないで、別の物を摘む。
いったん取り上げようとした料理を器の中で転がして別の物を
摘む。日本人の食事作法に反する食べ方なので、俺はいらいら
する。でもタイでは、タイ社会では許されているのかもしれない。
或は日本と同じく、忌み嫌われる行為なのかも知れないが確認
していない。

俺はタイ社会の中で我流の食べ方をしてきた。
タイ人の中に俺の食べ方を下品な食べ方と見る人がいても
不思議ではない。

ヌチャナートが料理を食卓に出す。
飯を茶碗ではなくて皿に盛る。そしてスプーンを皿に置く。
俺とヌチャナートは自分の皿に置かれたスプーンで料理を
取って食べる。俺達は口につけたスプーンで料理を取り合って
いる。家族・夫婦だからこれは許されることだということを
すっかり忘れていた。これがいつしかタイ料理の普通の食べ方
と勘違いするようになってしまった。

料理を食卓に出す時、ヌチャナートは料理を盛った器にも必ず
スプーンを入れる。俺はそのスプーンをどかす。
それが面倒臭い。とうとうヌチャナートに聞いた。
「どうして使いもしないスプーンを料理の器に入れるんだい?」
「普通はこのスプーンで自分の皿に料理を取り食べるものなのよ。」
自分が口につけたスプーンで料理を取るのはタイでも作法に反し
ていた。これは日本でも同じだ。
口につけた箸で共通な料理を摘むことはない。
いつも家庭でやっていることは、タイの食事作法に反していた
のだと改めて認識した。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 8日 (火)

玄関マットのような

P1050722pct13

菱形の模様がある玄関マットのような形をしたモツを
ヌチャナートは求めてきた。
俺達日本人はモツは下級な肉と見なしているが、タイ人は下級
な肉とは見ていないようだ。
違った味の肉を求めてモツを食べると見た方が正しそうだ。
彼等は実によくモツを食べる。ヌチャナートも例外ではない。
「あら、肝臓があるわ」「ハツが美味しそうね」「砂肝を買いましょうよ」
そんなことを言いながらモツを買う。
ヌチャナートはガツの値段が日本ではタイとは違って安いので
喜んでいる。

この玄関マットのようなモツを煮込んだ。それを唐辛子ソースを
つけて食べる。モツ独特のにおいはないので食べやすい。
噛み心地もよい。硬いスジ肉とは違い、何度か噛んでいる
うちに噛みきれる。

大きな鍋で玄関マットを煮込んだ。食べきらない物はまた温め
直して食べる。コラーゲンが豊富なので、冷めると鍋の中は
ジェリーのように固まっている。
それを時々かき混ぜながら、とろ火でゆっくり温める。
もう何回、これは温め直したのか?
最初はちゃんと菱形の模様があったのに、もう菱形は変形して
いる。これもウチのタイ料理だ。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/8

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビルマの麺

ビルマの麺の紹介をテレビでやっていた。
そして麺つゆの出汁のとり方になったら、さも気持ち悪そうに
「なんと!ナマズ!」と言っていた。
黒い大きなナマズを乾燥させた、日本で言えば鰹節のような
物を鍋の中に入れていた。タイにも乾燥ナマズがあるそうだ。
乾燥ナマズをいろいろな料理に使うとのこと。ナマズで出汁を
とったなんて知らなければ、「ビルマの麺は美味しい」
なんて言っているはずだ。
俺はビルマの麺を知らないがきっと美味しいと思う。

食に対する偏見をもってはいけないと頭ではわかっている。
ナマズに対する偏見を取り除くのは容易ではない。
それが何かの拍子にナマズ大好きに変化しちゃうから食の好み
というのはわからない物だ。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/8

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 7日 (月)

ラオスの子供と運動選手

人間の食習慣は保守的だ。
ラオスの川岸のオープンレストランで食事をしていた時のこと
だった。景色がよく見える場所で食事をしたいと誰しも思う。
店の中央のテーブルより、店の外側に近いテーブルを選んだ。
水牛を追いながらゆっくり歩く人を見たり、川の流れをみたりして
食事を楽しんだ。食事が終わりに近づいた。
沢山の子供が我々を遠巻きにしているのに気がついた。
日本人が珍しくて見ているのだろうと思っていた。
そんなことには慣れているので、気にもしなかった。

我々が席を立った。
そうすると子供達が一斉に我々がいたテーブルに駆け寄った。
我先に、残り物の食事を取り合っていた。
呆気にとられて彼等の様子を見た。
小さな子供は餅米を丸めて逃げるようにその場を立ち去った。
あの子にとってそれだけあれば十分に腹いっぱいになる量だ。
大きな子供は餅米を持って逃げ去る子供を「バッカみたい!」と
言う顔で見ていた。
そして彼は美味しそうな料理だけを選んで食べていた。
小さな子供は飢えを凌ぐものが欲しかった。大きな子供は余裕
があるから旨い物を欲しがった。
飢えに近い状態でも食は保守的なのを見て、俺は驚いた。

食べ放題の焼肉屋へ行った。
部活が終了した高校の運動選手がどやどやと入ってきた。
「こいつらが腹いっぱい食ったなら、店はたまらないな!」
俺は店に同情した。
見ていると、彼等は焼肉よりもラーメン、カレーと言ったすぐに
腹に溜まる物を食べていた。
「ああ、食った!」彼等は満足げに言った。
そこまでしか見ていなかったので、このあとどの位の焼肉を食べ
たのかわからない。既に腹に食べ物が入っているので、
それほど大量の焼肉は食べられないだろう。

飢えに苦しむラオスの子供と運動選手の共通点を俺は見た。
両者とも空腹を抑えるために、一番馴染みがあるものを選んで
食べることだ。
ラオスの小さな子供は餅米をいつも食べているので餅米を持って
行った。今の日本の家庭なら焼肉やBBQをやるけど、ラーメンを
食べる回数より少ない。
運動選手はラーメン・カレーは馴染みの食べ物なのでまず
それを食べた。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

胡瓜の花とタイ東北部

ガソリンスタンドの脇に小さな空き地がある。
ガソリンスタンドは其処にいつも季節の花を植えている。
今日、通りかかった時、ヌチャナートはめざとく胡瓜の花を
見つけた。
「あら、胡瓜よ」
「ああ、そうだね」
「こっち見て!もう実がついているわ!」
「・・・・」
「日本はいいわね、何処でも花が咲くのね。」
「・・・・」
ヌチャナートは呟くように言った。
「日本の土はいいのね」

観光案内書をめくると、タイ東北部は土地が痩せており、作物が
育たないので貧しい農民が多いと書いてある。
ヌチャナートの呟きで、土地が痩せているという意味を実感した。
関東地方の土は富士山の火山灰の上に枯葉などが堆積した
ものだ。俺達は何の疑問もなく、その辺の土に種をまくと、花が
育ち実もなる。それが当たり前だと俺達は思っている。

タイ東北部ではそんな簡単に作物が育たないのだ。
胡瓜の花を見て呟いたヌチャナートの一言で肥沃な土地というの
はどんな物なのか理解した。

海から遠く離れたタイ東北部で製塩工場を見て、この辺の土地
は塩害で作物は育たないのだと頭では理解できていた。
今日は心で理解できた。頭で理解することと、実感するのは
まるで違う。その差を知り、驚いた。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どら焼とカノムトーキョ

7078pct35

今日の読売新聞にタイでも人気がある、日本のドラえもんが
バンコックの児童福祉施設を訪問し、日本とタイの友好を訴
る親善外交を始めたという記事があった。
そしてドラえもんの好物のどら焼を子供達に配ったという話だ。
子供達がどら焼を食べている写真が載っている。
多くの日本人はこの写真を見て、
「タイの子供もどら焼が好きなんだ」と思いにっこりするだろう。
実は俺もにっこり笑った一人だ。
俺はにっこり笑った後に、タイの夜市を歩いていた時のことを
思い出した。それを思い出すと笑いがひいた。

若い女が通行人に大声で呼びかけている。
「カノムトーキョ」と叫んでいる。「東京のお菓子」という意味だ。
女が売っている「東京のお菓子」と称するものを見ると、日本風
のお菓子ではない。それなのに、なぜ東京と日本の地名がつく
のか不思議だった。そんなことを記事にしてブログに載せた。
ヒントを戴き調べると「カノムトーキョ」はドラえもんのどら焼と
関連があることを知った。
ドラえもんが大好きな どら焼なんてタイにはなかった。
どら焼ってどんなお菓子なのだろうとタイ人が想像してつくった
のがカノムトーキョだというのだ。

カノムトーキョというのは食物史の中でも極めて珍しい食べ
物だ。日本や、その他の国にこのような食べ物はない。
例えばイタリアで人気がある食べ物を想像して日本で独自に
発達させた食べ物はあるか?
ピザとお好み焼きは形が似ているが、イタリアと日本で別々に
発達した食べ物だ。日本人がピザの話を聞いて、ピザとはこんな
ものだと想像してお好み焼きを作ったのではない。

今では日本企業がタイに進出してどら焼を売っている。
どら焼をタイ人に「これが本物のカノムトーキョだ」と言って食べ
させたところ不評だったという記事を読んだ。
ヌチャナートも小豆の餡を好まない。
餡のことをヌチャナートは「甘い豆」と呼んでいる。
豆を甘く煮て丁寧に練り上げた物を我々は「餡」という特別な
名前をつけて区別している。
それを甘い豆と言われると、俺には不味げに聞こえてしまう。
和菓子売り場で気に入った形のお菓子をヌチャナートは見つける。
「可愛いわね、これなあーに?」
「甘い豆が入ったお菓子だよ」というとそのお菓子を買おうと
しない。アンコはタイ人の好みにあわないようだ。

それなのに、タイの子供はどら焼を貰って美味しそうに食べて
いる写真が掲載されている。
あれは無料で配られたから食べている。カメラに気づいて
笑っている。カノムトーキョとどら焼が同じ値談ならタイの子供は
カノムトーキョを買う。
俺は写真を見なおして、文化の差、好みの差、感じ方の差などを考えてしまった。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 6日 (日)

鶏の足と誤解

P1050711pct13

この写真の料理を食いながらいろいろ考えた。
業務用の冷凍カレーに鶏の足を加えて煮込んだ物と考えれば
いい。このカレーは業務用だから、味の基本はできている。
店で何かを加えて独自の味に仕立てればいいという便利な品だ。
醤油とタイの香草・唐辛子を加えているので、インドカレーの香り
はない。
俺から見ればタイ料理だ。
ヌチャナートから見ると日本料理だ。
この料理にはこんな誤解があった。

誤解 1
タイには多くのインド人が住み、宝石店、料理店などを経営して
いる。しかし、偏見で?色が黒いインド人やインド料理をタイ人
は好まない。ニンニクを多用する中華料理や朝鮮料理をチャン
コロや鮮人の料理と言って日本人は彼等の料理を低くみていた。
それと同じようにタイ人は自分達が使わない香辛料を多用する
インド料理をタイ料理より下位の料理と位置づけている。インド
料理を食べようと言うタイ人は少ない。
ヌチャナートもインド料理やインドカレーを知らない。ヌチャナート
は日本に来て、日本人がカレーを好んで食べるのを知った。
日本人が食べるカレーはインドが源だと知らないヌチャナートは、
カレーは日本の料理だと誤解している。

誤解 2
鶏の足なんて日本人は食べない。食べる物ではないと日本人
は誤解している。タイ人は鶏の足をよく食べる。
タイの露店で売っている鶏の足の唐揚は旨い。そんな話をすると、
「タイ人のような下等な国民が食べる物を、高等な日本人が食べ
られるか!!」なんて言う。最近は少なくなっているが、日本人
には白人に対する劣等意識がある。
欧米人がやることなら受け入れるが、東南アジア人がやること
は受け入れない。
ポルトガルの首都リスボンでは鶏の足を煮込んで売っている。
日本の立ち食い蕎麦かハンバーグのように気楽に立ち寄って
鶏の足を食べている。タイ人が食べる物は受け入れないが、
ポルトガル人が食べる物なら受け入れる。
そんなおかしな考えがでてくる。

今の日本は鶏の足は食べない。
食糧問題、食糧自給率問題が討議されると、安価で良質な
蛋白源である鶏の足も当然、食べるようになる。
「コラーゲンが豊富で美容にもいい」
なんて自慢げに話すようにもなるだろう。
俺が今「鶏の足は旨い!よい食糧源だ!」
と叫んでも誰も相手にしない。
「ふん!貧乏人だから鶏の足まで食っている!ゲテモノ食い!」
と蔑む人が多いはずだ。
日本でも鶏の足をごく普通に食べる日は近づいている。

誤解 3
鶏の足を食べながら、ヌチャナートにこの料理の名前を聞いた。
「知らないわ。これ日本の料理でしょ?」
「えっ!・・・・・????」
これが日本の料理だって?どう見たって日本の料理ではない。
日本人は鶏の足を食べない。これだけでも日本の料理とは考え
られない。ヌチャナートはタイ人が鶏の足を食べるから、日本人
も当然のように鶏の足を食べる物と誤解している。
大量の唐辛子を加えたことは忘れている。日本の料理にこんな
辛い物はない。タイ人が何にでもナンプラを使うように、日本人
は何にでも醤油を使う。醤油で味付けすれば、なんでも日本
料理だとヌチャナートは誤解している。カレーを日本料理と誤解
している上に、醤油で味付けしたから
「これは完璧な日本料理だ」とヌチャナートは誤解している。

誤解の塊のような料理だが、良い味にまとまっている。
油とコラーゲンが多いので、冷めると食べにくい。
熱いうちに食べると、「鶏の足はうまい!」と驚く味だ。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2008/7/5

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ニョッキのタイ風お粥カオツム

P1050698pct13

日本ではまだあまり御馴染みではないが、イタリア人の大好きな
ニョッキを使ってタイ風お粥を作るとヌチャナートは言っていた。
ニョッキというのはイタリア語でGnocchi di patate 
英語でpotato dumplingとか Potato Gnocchiという料理でジャガ
イモの団子と思えばいい。

ニョッキを使ってカオツムにするという発想は日本人にはできない。
食べ物が一つの地から別の地に移ると、全く別の物に変化する。
マルコポーロがイタリアに伝えた当時の中国「元」の麺がスパゲッ
ティになったのが良い例だ。ニョッキをカオツムにすると言うのは
イタリアの食材が日本に住むタイ人に入ってジャガイモのお粥に
変化したと考えればいい。やがてこれがタイに伝播する。
タイに伝播するとイタリア人が驚くタイのニョッキになる。
或は「これと似たような料理がイタリアにもあるよ」となる。

日本の天麩羅はポルトガルから伝わった。
来日したポルトガル人が天麩羅を見て、
「これと同じような料理がポルトガルにもあるよ」
と言った。それと似たようなことが起きる。

「ねぇー、豚肉ない?」
冷蔵庫には牛肉しか入ってない。
「牛肉じゃ駄目よ、美味しくないわ」
粉末のスープの素で味付けをしてニョッキのお粥を作ってきた。
お粥というのだから、ニョッキを潰してどろどろになった汁を想像
していた。出てきた物はスイトンのようなものだった。

食べるとニョッキのもちもちとした感触がいい。
これは噛んでいて気持ちが良い感触だ。
「おっ!これはいけるな!」
ニョッキを噛んでいるとニョッキに加えた香辛料の香りだか、
食品添加物のにおいのようなものがした。
「あらっ!美味しくないの?」
「うーん?」
「唐辛子をいれる?」
「そうだな」
この丼に焙煎した唐辛子を小匙に一杯加えた。
日本人が使う量ではない。タイ人が使う普通の量だ。
「レモンを入れる?」
このスープに辛味を加えただけでは美味しくないので、レモンを
絞ってもらった。辛味と酸味が加わったので、味がぐーんと
しまった。これは新しいタイの味だ。

TREview
■トラックバックURL
http://tb.treview.jp/TV/tb.cgi/23001002/0/945/a4KPdnAJ/1215508296

素晴らしい すごい とても良い 良い

2007/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年6月29日 - 2008年7月5日 | トップページ | 2008年7月13日 - 2008年7月19日 »