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2008年10月 8日 (水)

生ハムとセルヴェッサ

やっと夕食の時間だが、疲れた。脱力感でもう何を食いたいという
気力もない。冷蔵庫に生ハムがあった。俺には生ハムはちょっと
特別なものだが、ヌチャナートには生ハムもボンレスハムも
ムウハム」と言って区別をしない。せめて「ムウハムソット」と言って
貰いたいと俺は思っている。
しかしなぁー
、タイの片田舎で育った人間に西欧の料理を理解しろ
と言うのは酷と言うものだ。

スペインの一杯飲み屋へ行くとカウンターの上に生ハムがぶら
下がっている。
「セルヴェッサ」と言ってビールを注文する。
肴に生ハムを頼む。生ハムの柔らかい感触、温かみを感じる脂
の旨味が冷たいビールにあう。

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生ハムは焼酎と一緒に食べても美味い。
高級レストランでは麗々しく綺麗に飾ってだす生ハムだが、生ハム
はそのまま食べても美味しい。どうやって生ハ
ムを食べるか考え
なくてもいい。それなのに、ヌチャナートは「醤油をかけるか?」と
聞いてきた。
「醤油なんてかけたら、塩っぱくなるよ」
「・・・・・・」
醤油と聞いて俺は何だか生ハムをいじりたくなった。
「レモンをかけてくれよ」
生ハムにレモンの酸味と香りは絶対にあう。
それだけでは物足りない。
「ああ、それから唐芥子がいるな」
生ハムにレモンと唐芥子の組み合わせは相性がいい。
もっと複雑な味にしたかった。
「ニンニクも加えてくれよ」
「生姜もいる?」
「生姜はいらないな」
これを聞いてヌチャナートは笑っている。
「サミイはタイ人みたいね」
生の唐芥子とニンニクをレモン汁がかかった生ハムで包んで食べる。
これは俺が創作した味だ。自画自賛の良い味になっている。
俺が美味そうに生ハムを食っているのでヌチャナートも味見した。
「あら、美味しいわね!」
ヌチャナートも美味さに感激していた。
「この味ってネムみたいね」
言われてみるとネムの味に似ている。偶然というものだ。
俺が考えた独創的な味を既存のネムの味に例えられて俺は唖然
とした。俺ってやっぱり才能がないのだ!
生ハムを作るには温度など厳密な管理と熟成期間が必要だ。
ネムのように肉を丸めて放っといても出来るものじゃない。
特別な技術と環境が必要な生ハムと、誰でも簡単に作れるネム
を一緒にされてちょっとがっくりきた。


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2008/10/6

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サダムも食後に水

食事を注文する時、タイ人は必ず飲み物を注文する。
家庭の食事でも、食事を終わったら水分を取る。
俺には食事の後に水を飲む習慣はあまりない。
食後に渋茶をすするなんてこともしない。
タイ料理を食った後でも俺は水を飲まないのでヌチャナートはいつも
「駄目ね!食事の後に水を飲まないと病気になるわよ」と言う。
その理由はわからない。
俺は唐辛子で胃がやられるから、水を飲むのだと一人で合点している。

話が変わるが、ウチの飼い猫の名前はサダムフセインだ。
可愛い名前を悪魔に知られると、悪魔がさらって行く。
そんなことを信じているタイ人はわざとおかしな名前をつける。

ヌチャナートはサダムに餌を手で与える。
満腹になるとサダムは顔を横にそむけて餌を拒否する。
「お腹が一杯なのね。サダムちゃん」
そう言って、ヌチャナートはサダムに水を飲ませる。
水の与え方がうまいのか、サダムは水を飲まされてしまう。
サダムの餌には唐辛子は入っていない。
それなのに、食事の後にヌチャナートはサダムに水を飲ませる。

俺に「食後に水を飲め」と言うのは理解できる。
サダムにまで無理矢理 水を飲ませるので俺は笑ってしまう。


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2008/10/8

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2008年10月 6日 (月)

焼き飯、炒飯、カオパット、ナシゴレン

これらは皆な似たようなものだ。味付けに醤油を使うかナンプラ
など地元の調味料を使うかの差だ。
俺が子供の頃はチャーハンという言葉がなかった。
あったのかもしれないが、俺ん家では使っていなかった。
焼き飯と炒飯の違いは?うーん、難しい問題だ。
俺ん家で食べるのが焼き飯で支那ソバ屋で食べるのが炒飯だ
としておこう。昔はラーメン屋なんて言わなかった。
皆な支那ソバ屋とか中華ソバ屋と言っていた。
支那ソバ屋に入って「ヤキメシ」と言えば、今で言う炒飯がでてきた。

カオパットは言わずと知れたタイの焼き飯だ。日本の米とはちがって
粘り気のないタイ米で作ったカオパットはパラパラと米粒がはがれ
て旨い。下手な屋台で食べると、タイ米なのに飯がぐしゃついて
いる。そんな屋台には二度と行かない。

ナシゴレンはインドネシアの焼き飯だ。
俺が初めてナシゴレンに出会ったのはオランダの田舎の小さな宿
だった。宿の主人はナシゴレンが得意だといっていた。
「ナシゴレンを知っているか?」
俺はナシゴレンなんて名前を初めて聞いた。
「焼き飯のことだよ。皆、俺のナシゴレンは旨いと言うよ」
「・・・・」
なんでオランダの田舎で焼き飯を食わなくちゃいけないんだよ!?
そうは言ってもこの村じゃ宿は一軒しかない。
まだここに逗留しなくてはいけない。
宿の主人のご機嫌をとっておく必要がある。
ナシゴレンを注文した。要するに焼き飯だった。
オランダ人には東洋風の味で旨いのだろうが、日本人にはあり
きたりの焼き飯だった。

オランダとインドネシアの歴史は古い。
17世紀にオランダはインドネシアに進出し太平洋戦争までインドネシア
を支配していた。石油資源を求めた日本はインドネシアでオランダ軍
と戦った。そこで日本軍の捕虜となってしまった気の毒なオランダ兵
がいた。そんな時代背景があるから、日本人を憎むオランダ人が
いた。オランダでは太平洋戦争当時の話をするのは禁物と言われ
ていた。あの宿の主人は戦争でインドネシアに行き、
そこでナシゴレンの作り方を習ったのだろうか?
ナシゴレンと聞くと、オランダの田舎の宿を思い出す。


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2008/10/6

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2008年10月 5日 (日)

好みの変化とタイ料理

毎日、タイ料理を食べ続けていると、自然に好きなタイ料理とそう
でもないタイ料理がでてくる。また昔は好きだったのに、今はそれ
ほど好きでないタイ料理ができた。
どうしてこうなったのかわからないが、なんだか不思議な気がする。

クンナンプラなんて言う料理がある。生海老のサラダだ。
海老の甘味と唐辛子の辛味、ニンニクの香りが素晴らしいと思って
いた。白い海老肉にのった赤い唐辛子、緑の葉と見た目も綺麗だ。
それもなんとなく食べなくなった。これという理由はない。
何故そうなったのかもわからない。
ただ、食べなくなっただけだ。出されれば一匹二匹は食べるが、
感激がないからそれ以上は食べない。

肉を醗酵させて酸味をだしたネムもそうだ。
これも旨いと思って食べていたが、最近は作っても食べない。
ヌチャナートが一人で食べている。俺は生のネムを酒の肴にして
いた。
「これがあれば、酒が進む」と喜んで食べていた。
そのネムも余り食べなくなった。自分から作ろうともしない。
ネムは実に旨いと思っていた。醗酵肉の傑作とも賞賛していた
のに、食べなくなった。

トムヤンクンも余り好まなくなっている。酸味と辛味のバランスが
とれたトムヤンクンは旨いと思っていた。これは旨い料理なのだが、
今はそれほど感激しない。トムヤンクンも地方色があって
イサーン風、バンコック風と作るがどちらも余り食べなくなった。
いつでも食べられると思うから、そうなっちゃうのかな?
そうだとしたら贅沢な話と思われる。

その逆にタイカレーは大好きになった。初めてタイカレーを食べた
時は
「何だこの味!?これはカレーではない!」
と不味いというより、怒りに似た物を感じた。
今はタイカレーは俺の好物になっている。
理由は分からないが、ヌチャナートはタイカレーは料理ではない
と思っている。
「タイカレーを作ってくれよ」と頼んでもなかなか作ってくれない。
気が向いた時だけ作ってくれる。俺に気を使って作るというの
ではないようだ。大量に作っておけば俺が勝手に温めて食べるから、
料理を作る手間を省ける。
タイカレーはヌチャナートの手抜き料理だ。
そんなこと、わかっているけど好きな料理だから黙って食べている。

ウチの料理はタイ料理ばかりだから和食がない。
例えばお茶漬けさらさらで飯を食いたいと思ってもそんな料理は
ない。お茶漬けに近い、タイ料理カオツムで我慢?する。
沢庵ボーリボーリなんてものもない。沢庵に近いタイ料理はないな。
その他、多くの和食が全くない。醤油も殆ど使わない。
使う機会がないのだ。よくまあ、これでやっていると思われる。
習慣と言うのは恐ろしい物で、これが食事だと飼い馴らされたので
腹が減るとタイ料理を食べている。

俺が好んで食べるタイ料理はどうやら煮込んだ肉料理が多いみた
いだ。魚を煮込んだ物はにおいで好きになれない。
肉を取るか魚を取るかは個人の好みの問題だ。
いずれをとっても煮込んだ料理はタイの庶民が日常的に食べて
いる料理だ。
俺の好みも自然にタイの庶民が食べている味に近づいていた。

鮨、活き造りとか祝い事に出る所謂ご馳走と言うものより、味噌汁
に焼き魚といったごくごく普通の物を食べている方が飽きが来ない
のはタイ料理でも同じだ。
トムヤンクンは謂わばハレの場の料理だ。たまに食うから美味しい
のであって、これが日常的にでたら、すぐに飽きる。
普通の料理はいつまでも食べられる。


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2008/10/4

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田螺とエスカルゴ

商店街で田螺を売っていた。それを見るとヌチャナートは直ぐに
買った。タイの田圃にも田螺がいてそれを食用にしているのだと
推定した。田螺を見てヌチャナートは「真水の貝」と言っていた。

田螺は田圃などの水の中にいる。海にいるサザエなどに似ている
から、俺は田螺は貝の一種だと思っていた。
田螺と言うタイ語を知らない。俺が持つ日タイ辞典には田螺という
言葉はのっていない。和英辞典で田螺を調べたら、
「mud snail」「pond snail」「fresh-water snail」となっていた。
「えっ!田螺はカタツムリの一種と考えられているのだ!」
この考えには驚いた。
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カタツムリは陸生の貝だと知っていた。
田螺も陸生の貝と考えるのか????
カタツムリは水の中に住まないから陸生の貝と考えるのは理解
できる。田螺は真水の中とはいえ、水の中に住んでいる。
俺には田螺をカタツムリ(陸生の貝)の一種とは考えられない。
田螺はカタツムリではなくて立派な水棲の貝だと俺は思っている。

カタツムリで思い浮かべるのはフランス料理のエスカルゴだ。
フランスの用水路などにも田螺はいると思う。
陸生の貝のカタツムリをフランス人は食べるけど、カタツムリの
仲間の田螺は食べないのではないかな?
日本人はカタツムリを食べるフランス人をゲテモノ食いと考える。
フランス人は田螺を食べる日本人をゲテモノ食いと考える。

俺は田螺を楊枝で穿り出してはナムプリックをつけて食べている。
小型のサザエを食べている感じだ。
英語国民は田螺をカタツムリの一種と考えている。
俺は田螺は貝の一種だと思って食べている。
カタツムリを食べるフランス人は田螺を食べない。
(確認していないから断定できないが、多分、食べないと思う。)
田螺を食べる習慣のない人から見ると、田螺を食うのはゲテモノ
食いだ。

一体、ゲテモノって何なんだろう????
田螺をカタツムリの一種と考える人々がいるのを知って、
考えてしまった。


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2008/10/4

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漬物とタイ人

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日本の漬物を売っていた。
それを見て急にヌチャナートが漬物を買おうと言い出した。
自分が食べるのではなくて、俺が食べたがっているのではないかと
考えたようだ。俺は別に漬物を食べたいとは思っていない。
「ねぇー、どれにする?」
俺は胡瓜と沢庵を選んだ。

胡瓜の漬物をヌチャナートは自分でも作ることがある。
作り方は簡単だし、タイには胡瓜の漬物はないので面白がっている。
タイの胡瓜で漬物を作って、タイの人々に試食させると言っている。
この胡瓜の漬物に対しては、大きな反応がなかった。
似たようなものを以前にも食べているので、目新しくなかったのだろう。

大根のたまり漬けを摘んで「これは美味しい」と驚いていた。
こんな味を好まないと思っていたから、俺にはちょっと意外だった。
味の好みというのはどのようにして決まるのかわからない。
長い間、食べていることで好きになるものもある。
このように初めて食べたものでも一発で好きになってしまうものもある。

沢庵と思ったものを摘んでからヌチャナートが驚いたように言う。
「あら、この野菜には火があるわ」
そのような事を早口なタイ語で言った。
漬物に火とはなんだろう?なんのことだかわからない。
沢庵を食べると煙のような臭いがする。
秋田だったかな?大根に煙をあててから漬物にする習慣があるの
を思い出した。これは煙でいぶした大根の漬物なのかもしれないな?
煙のにおいをヌチャナートは火と言ったようだ。

日本には多彩な漬物がある。
その一部をタイ人が食べる。タイ人の反応を見ることができて面白かった。


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2008/10/4

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鶏の足をタイ料理に

日本に仏教が入ってから四足の動物の肉を食べるのは禁じられた。
その後、何百年も肉食をしていなかったから、日本では肉食文化が
途絶えてしまった。インドからタイに入った仏教では肉食を禁じて
いない。肉食文化が長い国では肉を無駄にしない。
可食部分は全て食べる。タイでも同じだ。

レストランをタイで開業した日本人のサイトに、こんなことが書いて
あった。お寺から肉料理の出前の注文があった。
「おいおい、坊さんが肉を食べるのかよ!?」
「お坊さんだって食べなかったなら死んじゃうでしょ」
「・・・・???」
寺に肉料理を出前したとしても、その料理をお坊さんが食べるとは
限らない。タイのお坊さんは信者が捧げる物しか食べないし、
決まった時間にしか食事をとらない戒律があるから、お坊さんは
出前料理を食べない。寺で働く人々が食べるのだろう。

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日本人は鶏の足を食べない。鶏の足も可食部分だからタイ人は
よく食べる。写真を見ると分かるが爪の部分を切り落としてある。
出刃包丁で爪を叩き切る。この料理を何度も食べさせられている
うちに、だんだんこの料理のよさがわかってきた。
とろっとしたゼラチン質がうまい。
手で持たないと食べにくいのが難点だな。手がべとべとになる。
唐辛子の数とスープの色を見ると、いかにもタイの屋台料理と
いう感じがする。器に盛る時、右足と左足の数を揃えるなんて
ことはない。適当にどさっと入れる。

今は鶏の足なんてゲテモノ料理のように見られている。
食糧難などがきっかけとなって、日本でも鶏の足を食べる風習が
出来てくると思う。
油っ気が少ない、胸肉の部分より足の方が旨味成分は多いと思う。


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2008/10/4

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牡蠣と唐辛子

牡蠣というのは寒い地域で育つのだと思っていた。
何処で取れるのか知らないが、タイにも牡蠣はある。
牡蠣はタイでも高級品と考えられている。
昔は流通システムが出来上がっていないので、タイの内陸部では
牡蠣を食べられなかった。今は内陸部でも牡蠣を食べられる。
牡蠣をだす料理屋がタイの内陸部にもある。

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牡蠣を買って来た。グリルに牡蠣を入れてちょっとだけ焼く。
焼き上がった牡蠣を開いてレモンの汁とナムプリックと一緒に
食べる。なんにでも唐辛子を使うのがタイ人だ。日本人が見たら
「唐辛子をいれたなら、牡蠣の繊細な味がわからなくなる」と考える。
少々の唐辛子があっても日本人の舌は痺れて麻痺してしまう。
餓鬼の頃から辛い物を食べているタイ人の味覚は唐辛子では
変化しない。極端な話だが、唐辛子の刺激がないと食事ではない
と考える。唐辛子と一緒に牡蠣を食べるのが、正しい牡蠣の
食べ方とタイ人は考える。
牡蠣が好きな人にはあの特有なにおいが良い香りだ。
あのにおいを生臭いと違和感を持つ人もいる。
唐辛子があると生臭みを感じさせない。
試してみます?


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2008/10/4

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