« タイの民間療法 | トップページ | 調理と環境問題 »

2009年12月27日 (日)

言葉と味の関係

俺はこのブログの中で味を表現するのにカタカナ英語を使う危険性
をたびたび指摘している。例えば、テレビのグルメ番組のなかでは
スパイシー、マイルド、ジューシーなんて言葉がよく使われる。
それを見た視聴者は意味がわからず、インターネットで言葉の意味
を探っている。

言葉と味の関係はその言語を話す環境の料理・食品と大きく関わっ
ている。日本人には日本人にしか分からない味の感覚がある。
その味の感覚を伝えるには日本語が一番ぴったりしており、他の
言語に取り替えることができない。

英語国民が感じるスパイシーな感じはどういうものなのか、英語国
民の料理を食いつけていない日本人には正確にわからない。
味は風土、気候にも左右される。パンとバターの生活を長年続けて
いるうちに出来上がったスパイシーという感覚を日本人が一朝一夕
に得られる物ではない。

以前にも書いたが、俺はスパイシーという言葉でタイでこんな失敗を
した。初めて訪れるタイ北部の小さな町だった。周囲はタイ文字だけ
で、ローマ字が書いてあるのはSONY, HONDAという看板だけだ。
タイ語が分からず一人で旅するのは心細い。食事に入った店に英語
を話すウエイトレスがいた。英語であっても言葉が通じるというのは
救いであり嬉しいものだ。ウエイトレスは俺に
「お料理はスパイシーにしますか?」と聞いた。
俺は英語で話をしていたので、欧米人が考えるスパイシーな香味
を想像して、
「はい、スパイシーにしてください」
と答えた。出された料理は飛び切り辛かった。

タイ料理にはいろいろな香辛料や香草が使われる。香辛料の中でも
唐辛子が味の決め手になっている。タイ人が考えるスパイシーの意
味は一番重要な唐辛子の香りや辛味が際立つことだ。
つまりスパイシーというのはタイでは辛いと同意語なのだ。

こんな自分の体験からも味をカタカナ英語で表現するのは危険だと
言っている。俺のタイでの経験からも、日本人が感じるスパイシーな
感覚は英語国民が感じるスパイシーな感覚とは違っているのは明
らかだ。味は日本語で伝えていかなくてはいけない。
カタカナ英語で味を伝えていると、「ふくよか」「芳醇」なんて感覚を
日本人は失ってしまう。

食品総合研究所では言葉と味の関係を調べていると今朝の読売
新聞は報じている。ジュースを飲み比べる時、それぞれを区別する
ラベルを数字から「レモン味」「コーヒー味」などの言葉に替えた。
味とラベルのイメージが一致するとおいしさや新鮮さへの評価が上
がったと書いてある。

意味の分かりにくいカタカナ英語で味を表現するのは、味を数字で
表現するのに似ている。味をカタカナ英語で表現していると、日本人
が持っている味の感覚を失ってしまう危険がある。
カタカナ英語のスパイシーをローマ字にしてspicyと言えば誰でも同じ
感覚を想像できるか?同じspicyという単語を使っても日本人とアメリ
カ人では感じ方が違う。前述したように、タイ人が感じるspicyは日本
人、欧米人とはまるで違う。

カタカナ英語で風味を表現することが流行ると、日本人はスパイシ
ー、マイルド、ジューシーでしか味を表現できなくなる。
日本人は味をもっと細かく繊細に感じる能力がある。それを失っては
いけない。

2009/12/27

|

« タイの民間療法 | トップページ | 調理と環境問題 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/68615/32755926

この記事へのトラックバック一覧です: 言葉と味の関係:

« タイの民間療法 | トップページ | 調理と環境問題 »