« 2009年6月21日 - 2009年6月27日 | トップページ | 2009年7月5日 - 2009年7月11日 »

2009年7月 4日 (土)

箸と習慣

習慣と言うのは無意識のうちにでてくるものだ。
例えば日本人は顔を洗う時、両手で水をすくい、手で顔をこする。
モンゴル人も両手で水をすくうのは同じだ。彼等は両手を動かさず
顔を動かす。この習慣はチベットなど水の得にくい地域でも行われ
ていたと思う。

汁麺を作ってくれた。
「出来たわよ」
食卓には土鍋に入れた麺がでている。
土鍋には割りばしがのっている。
日本人は箸を食べる人から見て横に乗せる。
タイ人は縦に乗せる。
これも習慣だ。ヌチャナートもタイで作られた習慣が無意識のうちに
でている。出された器が土鍋だから、持ち手がついている。
持ち手と箸の位置関係を見れば、箸が縦に置かれたことが分かる。

P1110519pct13

食事をしていて箸を箸休めではなく、器の上にちょっと置くことがあ
る。その時もタイ人は器に縦に置く。日本人なら横に置く。

こんなことを知っていても多くの場合なんの役にも立たない。
この情報が役に立つ場合を考えた。
モンゴル人や、タイ人に化けてスパイをするには重要な情報だ。
タイ人なら必ず箸を丼の上に縦におくのに、うっかり横に置いて
しまったことから日本のスパイだと
見破られてしまう。
スパイと判明すれば自分の生死、国家の存亡にも関係する。
こんなことでも知っていると役立つことがありそうだ。

ちょっとした習慣の差を発見するのはおもしろい。

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

赤貝のタイ流食べ方

P1110522pct13

赤貝はタイ人が大好きな食べ物だ。
一人でバンコックのレストランに入った。
店先に出ていた赤貝がなんだか美味そうな気がしたから注文した
が、俺の好みに合わなかった。寿司屋では赤貝を食べるのだが、
タイではどうして気に入らないのだろう?
貝につけるソースが気に入らなかったのだろうか?
煮えたのか煮えないのかわからない半なま状態が気に入らない
のか?

ヌチャナートが大好きな赤貝を見かけたので買ってきた。
帰宅するとすぐに水に入れる。
水は貝殻の汚れで黒くなる。貝殻の深い筋に黒いものが溜ってい
る。それを落とさなくては駄目だ。貝を両手で持ってごしごし洗う。
それでもなかなか黒いものはおちない。
歯ブラシで殻をこすったこともある。そんなこといちいちやっていら
れない。タイ人はその黒い汚れをあまり気にしないようだ。
ある程度、綺麗になったなら茹で上げていた。

赤貝は茹でても蛤のようにパカッと口をあけない。
両手で貝を広げて身をつまみだす。
身を辛いソースにつけて食べるのがタイ流の食べ方だ。
実に美味そうにヌチャナートは食べている。
嬉しそうな顔を見ると、買ってきてよかったと思う。

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (1)

繊細なタイ料理

よく日本人は和食は繊細だが、タイ料理は大雑把だと言う。
俺もそのように思って、そんなことをこのブログに書いたと思う。
たしかに、タイ料理には盛付の繊細さがないと俺も思う。
器にどさっと入れたような料理が多い。

ウチの料理を写真に撮ろうとする。それを見て、ヌチャナートは言う。
「写真を撮るなら、ちょっと待って!」
赤い唐辛子を上にだして、彩を綺麗にする。
日本人なら、彩を考えるだけでなく、唐辛子を並べる、揃える、
花模様にするなど芸当を使う。それが日本の繊細さと考える。
そんな芸当をタイ人は使わないから、タイ料理は大雑把と日本人
は感じてしまう。

唐辛子に関してはタイ人は日本人よりも遥かに繊細だ。
極端な話、日本人にとって唐辛子は辛ければなんでもいい。
唐辛子を多用するタイ人は、唐辛子に対する要求度が日本人とは
全く違う。多くの場合、辛味を要求するが、ある場合は赤い色を要求
し、他の場合は香りを要求する。
味、色、香り以外に簡単に粉になるとか、皮の硬さなど物理的特性
も要求する。料理によって唐辛子を使い分けている。
それがタイ料理の繊細さだということは理解した。

俺たちには何でも辛い大雑把なタイ料理に見える。
タイ人から見ると、「この唐辛子の繊細な違いを日本人はなぜわか
らないのだ?」と疑問に思える。
「タイ人の味覚は繊細だが、日本人の味覚は鈍感だな」なんて感じ
ているだろう。

俺たちには大雑把に見えるタイ料理の盛付だが、タイ人から見ると
気配りをした繊細な盛付なんだろう。タイ料理の繊細さを俺たちは
理解できていないだけかもしれない。
この点については俺はもっと追及する必要がある。
あのような盛付にもきっとなにか意味がある。
例えば、コブミカンの葉が出ていると、明日は雷雨になるという迷信
があるから、コブミカンの葉は必ず肉や野菜の下に隠すなんて繊細
なことをやっているかもしれないと推定している。

和食ではよく人参を花の形に切ってだす。
これを日本人は繊細さと感じている。タイ人から見ると
「味は花型だろうと輪切りだろうと同じだ。」
「日本人は無駄なことをやっている」と感じるかもしれない。
蕎麦屋に行くと、海苔と生卵をのせた月見蕎麦がある。
卵がちょっと白くなり、卵の黄色と黒い海苔の彩が綺麗だ。
海苔を雲に見立て、卵を月に見立てる一種の遊び料理だ。
これを風流、繊細さと日本人は感じるが、幾ら説明されてもタイ人
にはその繊細さは分からないと思う。

何処の国の人でも料理を楽しみながら食べたいという気持ちが
ある。タイ料理にも繊細さがあるはずだ。
その繊細さが分かるまでにはまだまだ多くの時間が必要だ。

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (1)

ゲンガイノーマイドング 鶏と筍スープ

どんな食材も無駄にせず、新しい料理にしてしまうヌチャナートの
得意技料理だ。この鶏は先日煮込んだ軍鶏だか廃鶏か分からない
奴だ。腿など食べやすい大きな塊は既に食べた。
手羽など細かい肉が残った。これを使った料理だ。

筍は醗酵させて酸っぱくなっている。醗酵製品だから、においが
酷い。ビニール袋に入れて冷蔵庫の中に入れてあるが、うっかり
袋をあけるとむっとする。
これをレモングラスなどのハーブを加えて鶏肉と一緒に煮ると香味
は一変する。あの悪臭は何処かに消えて、美味しいスープになって
しまう。筍からでた酸味が味を引き立てる。
もちろん唐辛子も使う。バランスが取れた辛味と酸味は食欲を刺激
する。
この味の組み合わせは熱帯でなくては考えられない。
日本人は「暑いから冷たい料理を」と考える。
一年中暑いタイで毎回冷たい料理を食っていたら、腹を壊す。
暑いのに、このように温かい料理を食べる。
温かい料理を食えば当然ながら体温が上がる。
いつも不思議に思うのだが、飯を食って暑くなったと感じない。

他にもおかずはあったが、これだけで飯を食ってしまった。

P1110516pct13

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

焼魚の習慣

人間っていろいろなこだわりがある。こだわっている人には重要な
のだが、こだわりのない人にはお笑いものだ。

ヌチャナートが日本人についてぶつぶつ言っている。
なにやら不満をたれているようだ。
俺には何を言っているのかわからない。
「わかった?」
「わからない」
同じ事を繰り返して言うがわからない。焼魚がどうの頭がこうのと
言う。
「サミイも同じよ!タイ人はそんなこと気にしないわ!」

日本人は焼魚を出す場合、魚の腹を手前にして頭は左にする
習慣がある。そんな事にこだわる日本人の食生活が気に入らない
らしい。

焦がさないように焼く。ヒレも焼け落とさない。そんなことにタイ人は
気を使うが、焼いた魚を出す時には気を使わない。
魚の腹が手前にあるか、頭が右にあっても左にあっても気にしない。

魚が好きなヌチャナートが嬉しそうに焼魚を出す。
俺は黙って、魚の向きを変えてから食べていることもある。
無意識にやっているのだと思う。
ヌチャナートには何をやっているのか理解できないだろうな。

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ナムプリックヘット シメジ茸の叩き

P1110513pct13

青い日本の唐辛子とシメジを使ったナムプリックだ。
姿は大きくて、先が尖っているからさぞ辛そうに思える唐辛子だ。
「日本の唐辛子は辛くないのよね」
そんなことをヌチャナートは言っている。
多分、これは日本人には辛い唐辛子なのだと思うが、タイ人には
辛くない。辛さボケしている俺も辛いと思わなくなっている。

唐辛子やシメジをグリルで焼く。これらをニンニクやハーブ、調味料
と一緒に臼で叩きつぶす。茸は嵩張っているから沢山あるように
見えるが、叩き潰すとほんの僅かな量になる。
これを飯にのせて食べてもいい。他におかずなんていらない。
これだけで何杯も飯のおかわりができてしまう。

このナムプリックを食いながら、海苔の佃煮を思い出していた。
海苔の佃煮があるとそれだけで飯が進む。
味も香りも海苔の佃煮とナムチムには共通点がない。
でもこれさえあれば飯が食えるという所が似ている。

ナムプリックを肉や魚にのせて食べてもいいよー。
これも俺の大好きな料理だ。

辛くない日本の唐辛子と言ってもここには何十本もの唐辛子が入っ
ている。これだけ使えば俺には丁度良い辛さになっている。
「タイの唐辛子も加えて辛くしたらもっと美味しくなったわね」
そんなことを言いながら、ヌチャナートはナムプリックヘットを食べて
いる。

2009/7/3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初めてのタイカレー

ヌチャナートと知り合った日本人がタイ料理を食べたいと言った。
タイカレーを作って差し上げることにした。
日本にあるタイ料理屋では日本人向けの味に変えている。
そんな味ではなく、いつもタイで食べている味にしろと言っておいた。
言ってみれば田舎のお袋の味のようなタイカレーができた。
いつもウチで食べている味だ。

ヌチャナートは日本人の反応を持ってきた。
ご主人と一緒に召し上がったそうだ。
「辛かったわー!」そうだろうな。
辛いはずだよ。タイ人が普通の辛さと思っている味なんだから、
日本人には激辛だ。外交辞令で美味しかったと言うが、本当に
美味しいと感じたかどうかわからない。
今でこそタイカレーは俺の好物だが、初めてタイカレーを食った時
は美味いと思わなかったことを思い出した。
カレーというから、インドカレーを変化させた味を想像していた。
インドカレーとは似ても似つかない味がタイカレーだ。
想像の味とまるで違う味だと、美味いとも不味いとも言えなくなっ
ちゃう。どちらかと言うと、美味いとは思えなかったな。

あの方は初めてタイカレーを召し上がったのだ。
俺と同じように戸惑い、目を丸くしながら食べたのに違いない。
辛さに悲鳴をあげて水をガブガブ飲んだ?
食べ終わっても、口の中に香草の香りが残っているのをいつまで
も感じたことだろうな。

タイ料理を知り、タイ料理が好きになってくれる人が増えるのは
嬉しいことだ。

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

繊細なタイ料理

よく日本人は和食は繊細だが、タイ料理は大雑把だと言う。
俺もそのように思って、そんなことをこのブログに書いたと思う。
たしかに、タイ料理には盛付の繊細さがないと俺も思う。
器にどさっと入れたような料理が多い。

ウチの料理を写真に撮ろうとする。それを見て、ヌチャナートは言う。
「写真を撮るなら、ちょっと待って!」
赤い唐辛子を上にだして、彩を綺麗にする。
日本人なら、彩を考えるだけでなく、唐辛子を並べる、揃える、
花模様にするなど芸当を使う。それが日本の繊細さと考える。
そんな芸当をタイ人は使わないから、タイ料理は大雑把と日本人
は感じてしまう。

唐辛子に関してはタイ人は日本人よりも遥かに繊細だ。
極端な話、日本人にとって唐辛子は辛ければなんでもいい。
唐辛子を多用するタイ人は、唐辛子に対する要求度が日本人と
は全く違う。多くの場合、辛味を要求するが、ある場合は赤い色を
要求し、他の場合は香りを要求する。
味、色、香り以外に簡単に粉になるとか、皮の硬さなど物理的特性
も要求する。料理によって唐辛子を使い分けている。
それがタイ料理の繊細さだということは理解した。

俺たちには何でも辛い大雑把なタイ料理に見える。
タイ人から見ると、「この唐辛子の繊細な違いを日本人はなぜわか
らないのだ?」と疑問に思える。「タイ人の味覚は繊細だが、日本人
の味覚は鈍感だな」なんて感じているだろう。

俺たちには大雑把に見えるタイ料理の盛付だが、タイ人から見ると
気配りをした繊細な盛付なんだろ
う。

タイ料理の繊細さを俺たちは理解できていないだけかもしれない。
この点については俺はもっと追及する必要がある。
あのような盛付にもきっとなにか意味がある。
例えば、コブミカンの葉が出ていると、明日は雷雨になるという迷信
があるから、コブミカンの葉は
必ず肉や野菜の下に隠すなんて繊細
なことをやっているかもしれないと推定している。

和食ではよく人参を花の形に切ってだす。
これを日本人は繊細さと感じている。タイ人から見ると
「味は花型だろうと輪切りだろうと同じだ。」
「日本人は無駄なことをやっている
」と感じるかもしれない。

蕎麦屋に行くと、海苔と生卵をのせた月見蕎麦がある。
卵がちょっと白くなり、卵の黄色と黒い海苔の彩が綺麗だ。
海苔を雲に見立て、卵を月に見立てる一種の遊び料理だ。
これを風流、繊細さと日本人は感じるが、幾ら説明されてもタイ人
にはその繊細さは分からないと思
う。

何処の国の人でも料理を楽しみながら食べたいという気持ちがある。
タイ料理にも繊細さがあるはずだ。
その繊細さが分かるまでにはまだまだ多くの時間が必要だ。

2009/7/4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

赤いプリッキヌー

P1110509pct13

なんとなく思いついてプリッキヌーをここに乗せてみた。
唐辛子の赤と安い瀬戸物の白が似合っている。
「おおーっ!なんと綺麗な色だ!」
俺はその色の美しさに驚いた。

驚くと同時にどうしてタイ人はこんなにも沢山の唐辛子を食べるの
だろう?と再び疑問が沸いた。
唐辛子のないタイの食生活なんて考えられない。
タイの人々はこの美しい色に魅かれて唐辛子を愛するのだろうか?
暑さで落ちた食欲を刺激するために唐辛子を求めるのか?
食べ物を長持ちさせるために唐辛子を使うのか?

食欲刺激説、保存料説はどちらも正しいと思う。
それじゃ、あまりにもロマンがない。
俺はこの魅惑の赤に惚れて唐辛子を食べると考えたい。
赤い唐辛子を食べると願い事がかない、青い唐辛子を食べると
お金が増えるとタイ人は信じているから唐辛子を食べるなんて考え
たい。どうしてタイ人は唐辛子を食べるのか、その真実はわから
ないが、こんな風に考えた方が楽しい。

2009/7/3

| | コメント (1) | トラックバック (0)

中国の酒

こんな酒があった。度数は56度と、かなりアルコール含量が多い。
説明によれば二度にわたり蒸留してアルコールの度数を上げた
ものだという。

戦争中、兵隊として中国にいた方から中国の酒を戴いたことが
ある。
「兵隊で中国に行って、こんな酒を飲んでいたんだよ」と懐かし
そうだった。度数が高く、特有な香りがした。
香りと言うより悪臭に近かった。そのような香りというのは好きな人
にはたまらないほど好きな香りだ。嫌いな人には耐えられない
代物だ。

この酒の香りは元兵隊に戴いた酒に似ているが、それほど強くな
い。ヌチャナートに味見させた。その強さに驚いている。
「こんな強い酒は体に悪いわ」
このままストレートで飲めばきついが、水で割って飲めば清酒と
同じだ。強い酒が体に悪いのではない。飲みすぎるのがいけない
のだ。

P1110496pct13

今のように焼酎が飲まれていない時代だった頃を思い出した。
焼酎は安い酒で、こんな物を飲んでいるとバカにされた。
他人がどう言おうとも、焼酎が旨いから俺は飲んでいた。
俺が焼酎の瓶を提げているのをみたおばさんが言った。
「あんた若いのに、焼酎なんて飲んでいると体こわすよ」
ヌチャナートの言葉はあの時のおばさんの言葉と同じだ。

この酒の原料は高粱だ。高粱なんてタイ語を知らない。
しょうがないから「稲ではないけど、玉蜀黍に似たものだよ」と説明
した。
「ああカオクアンね」
どうやら高粱をタイ語ではカオクアンというらしいことが分かった。
俺は耳で聞いただけでは安心できない性格だ。
必ず文字で、辞書で確かめないと気がすまない。
高粱なんてあまり食されない雑穀は和タイ辞書には載ってない。
幾つかの英タイ辞書を探ったら、ある辞書に載っていた。
「この酒の原料はカオガオリアングだ。カオクアンと同じかい?」
「カオガオリアングもカオクアンも同じよ」
俺のいい加減なタイ語の説明を聞いて、ヌチャナートは正確に理解
していたのに驚いた。
寝る前のひと時を酒を飲みながら、
ヌチャナートと雑談で過ごしていた。

2009/7/2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 2日 (木)

軍鶏を煮る

P1110499pct13

ヌチャナートはこれを軍鶏だと思っているようだ。
タイ食材店で売っている軍鶏と同じように頭と足だけを切った形で
売っている。売り場には老鶏肉とか書いてある。要するに廃鶏だ。
漢字が読めないからヌチャナートはこれを軍鶏だと思っている。

これを読んで馬鹿なヌチャナートと笑う人がいるだろうな。
廃鶏を仕入れて、地鶏のナントカ鶏と称して売っていた業者が
捕まった事件がある。ナントカ鶏と騙されて廃鶏を高い金を出して
買っていた偽グルメが大勢いた。
「さすが高価なナントカ鶏、歯応えがあって美味しい」なんて言って
いたのだろう。

この廃鶏も調理によって美味しく食べられるのは事実だ。
偽グルメはナントカ鶏だから旨いと思い、廃鶏だと不味いと感じる。
ブランドで味が変化するわけがない。
名前なんかどうでもいいから、自分の舌で旨い物を見分けられる人
がグルメだと思う。俺はこれは軍鶏の廃鶏かもしれないが、ブロイ
ラーの廃鶏の可能性が高いと思っている。

出刃包丁で肉を叩き切る。大鍋でぐつぐつ煮る。
取れたスープはいろいろな料理に使う。
チキンスープ、ラーメン、カオツムに使ったりいろいろ活躍する。
肉は簡単に骨から外れる。
それにナムチムをつけて食べる。こうすると廃鶏がタイの味になる。
煮込んで柔らかくなっているとはいえ、廃鶏だから肉の歯応えを楽
しめる。

ヌチャナートは軍鶏だと思っているのだから、このまま信じさせておく。
本当に軍鶏の廃鶏の可能性がある。
DNA鑑定をすれば分かることだが、真実を知ってどうなる?
美味しいと思って食べる方が幸せだ。

2009/7/1

| | コメント (1) | トラックバック (1)

食物と健康広告7029

広告の中に食べ物と健康の関係を探っています。
これを見ていると、時代の流れがわかる気もします。
今の流れはダイエットに効果があるという広告が多いですね。
飽食の結果、肥満になった。ラクして痩せたいという願望の現われ
と見ています。昔は、これを食べて病気を治す、痛みを消すと
いった内容が多かったと思ってます。
どうでしょうか?
食べて効くということに主眼を置いています。
例えば紅茶やウーロン茶で顔を洗うと美肌になるという広告が
あっても、食べないから無視します。
飲むことで薬効があるレモンなどのエキスも家庭で簡単に作れな
いので無視しましょう。
これを食えばこうなるという視点で食べ物と健康の関係を見ます。

「夢21」誌 2009年8月号 わかさ出版

首の血管にできた血栓が脳を直撃して起こる脳梗塞が激増中で、
防ぐ秘策は頭倒しと麦茶

糖尿病が改善し、悩みの薄毛白髪も続々防げたと大評判の
特効薬キクイモ

「はつらつ元気」誌 2009年7月号 芸文社

続報!代謝UP!!新たな体験者に密着!!
フジTV「とくだね!」も驚く!飲むだけでウエスト縮小!
お湯飲みダイエット
14Kg 8Kg 5Kgスイスイやせた!!

お湯飲みダイエットの単行本もでており、その広告がでています。

「安心」誌 2009年8月号 マキノ出版

ガン治療の名医も実践しイチオシの朝レモン
血圧が下がった!ひざ・股関節の痛みまで軽快!

2009/7/2

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年7月 1日 (水)

口の中が火事!

塩漬けの魚を焼いてヌチャナートが作ったナムチムをつけながら
食べていた。
そういえば、このナムチムの味をしばらく食べていない。
なんだか久しぶりに食ったような気がする。
思い出したら、またこのナムチムを作って食いたくなった。
ナムチムは唐辛子の塊のような物だから、辛い。
辛いけど旨いから食う。
「この魚、美味しいね」
「そうね、美味しいわね」
ヌチャナートもこの魚を賞味している。
飯を食い終わった。
辛いナムチムを沢山食べたので口の中が変だ。
昔はこのひりひりする痛さに悲鳴をあげた。
この痛さを口の中が火事になっていると表現していた。
毎日、唐辛子の刺激を受けているので、痛さに慣れている?
少々の痛みは痛みと感じない。今日はいつもとは違う。
「ああ、これが口の中の火事という感覚なんだ」
今はこの痛みも平気になっている。
昔は息が止まり、思考も停止し、じっと痛みが去るのを待っていた。

一人前に20本ほどの唐辛子を入れたソムタムをヌチャナートが
食べる。食べ終わると「いい辛味!」と言う。
そう言っている時、ヌチャナートの口の中は火事になっているの
だろう。

2009/7/1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バーミーナムではない

P1110493pct13

これはバーミーナムではない。普通のインスタントラーメンだ。
鳥のスープを使っているから、よい味がでている。
こんなステンレスのレンゲで食べると、タイの屋台を思い出す。
ナンプラと唐辛子を加えて食べる。こうするとタイの味だ。
ここまではタイに近づいた味だ。
俺はやはりせっかちな日本人なのだ。食べ方が日本人だ。
箸で麺をとるとそれをそのまま口に持って行く。
上品なタイ人は麺をレンゲに乗せてから、レンゲを口に運ぶ。
そんな面倒なことはやっていられない。
器を手に持って、器に口をつけてスープを飲む。
タイ人が見たらなんて汚らしい、下品な食べ方だと感じるだろう。
長い間の習慣だ。こうして食べないと旨いと感じない。
タイの屋台では、下品な日本人と思われたくないのでタイ流に
食べる。気楽に食えばもっと旨いのに、高級料理店ではテーブル
マナーに気を使いながら上品に食
べるなくちゃいけないので、
食った気がしない。
炎天下のタイの屋台で気ぃー使いながら食べている俺が馬鹿々
しくなる。そんなことを思いながらバーミーナムまがいのインスタント
ラーメンを食っていた。

2009/7/1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

薬膳か?火傷に効く

薬膳というのは、食って薬になる料理のことだ。
これは薬膳と言っていいのかな?
馬肉の専門店に「火傷に効く馬の油あります」と書いてあった。
俺も子供の頃、火傷をすると馬の油を塗った記憶がある。
あまり食われないが、馬の油は食い物に間違いない。
馬の油は保湿効果があるとかなんとかウエブには書いてあるから、
薬効はあるのだろう。
馬の油は食い物であり、薬効があるから薬膳の仲間に入れたい。
でもなあ、馬の油は塗るのであって、食うのではないから薬膳の
仲間に入らないのではないか?

2009/7/1

| | コメント (0) | トラックバック (1)

午餐肉 ランチオンミート

P1110490pct13

午餐肉と書いた看板が目に入った。なんだこれ?!
これは日本語ではないな。
英語など外国語を中国語に翻訳したものだなと感じた。
外国語を漢字で書く場合、外国語の音に近い漢字で書く場合が
ある。
例えばコカコーラは可口可楽なんて書く。
また、外国語の意味を漢字で書く場合もある。その場合、発音は
漢字の読みになるので、外国語の音とは違うと思う。
例えばホットドッグは熱狗だ。hotは熱。dogは天狗の狗と書く。
狗は犬と言う意味だ。
俺は中国語を知らないから、「熱狗」と書いてホットドッグと読んで
いるのか、ネックに
近い発音になるのか俺にはわからない。

午餐肉は英語だとして考えてみた。
午餐というのは昼飯だ。それも正式な昼食会で出される昼飯だ。
これを英語で言えばluncheonだ。肉はmeatだな。
午餐肉だというから高級な物だと思ったら、なんだ缶詰のランチ
オンミートのことじゃな
いか!
ちょっとだけだけど、頭の体操をし、笑ってしまった。

2009/6/30

| | コメント (0) | トラックバック (0)

比較する物が悪い

先日、近所の女と話をした。彼女の友達にインドネシア人がいて、
インドネシアのカレーを食べながらカレーパーティをしたとのこと。
「彼女の旦那さんはインドネシア料理を食べないんですって。
自分で食べるインドネシア料理を作るのだけど、食べきれないで
捨てることが多いんだって」
タイ人と結婚した日本の男もタイ料理を食べない例が多い。
「いつもタイ料理ばかりなんですって?よく平気ですね」
「これっきゃ食うものがないと思えば、なんでも食えるもんだよ」
「ご冗談でしょ」
俺は何でも食える。タイ料理だけの生活だが、「和食が食いたい」と
思うことはない。このカラーイ料理だけで生活できる。
多くの日本人にはこれはつらい生活のようだ。
たいてい旦那用に和食を作る。
「サミイはタイ料理を食べてくれるので楽でいいわ」
ヌチャナートはそんなことをよく言う。昨晩も同じ事を言った。
「ねぇー、和食を食べたくないの?」
「別に。」
「何処のウチでも旦那用に和食を作るわよ」
「・・・・」
「年を取ると、慣れ親しんだ料理から、新しい味の料理を食べられ
ないのよ」
「そうかもしれないね」
「サダムだって新しい餌を食べないわ。」
俺の食生活を猫のサダムの餌と比較している。
比較する物が悪すぎる。

食は保守的だから、新しい味になかなか親しめない。
旅行でタイへ行き、そこでタイ料理を旨いと言いながら食べる。
たまに旅先で食べるから美味しいと感動できる。
その感動の味が毎日となると、感動過多になり、
「もういや、これ以上いらない!」となる。そして和食に復帰してしま
う。その気持ちはわかる。

アメリカ人で日本人と結婚したが、妻の作る味噌汁のにおいが
イヤで離婚したという話がある。このアメリカ人の気持ちも分かる。
味噌汁から抜け出せない妻の気持ちも分かる。
ここまでタイ料理を食い続けると、俺にとってこれが普通の味に
なっているのかもしれない。

2009/7/1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月29日 (月)

アサリのタイ風スープ

P1110271pct13

「ねぇー、スープいる?」
「うん」
「味噌汁がいい」
「いや!」
どんな味だったか思い出せないが、以前、貝を使ったタイ風の
スープがでた。味噌汁よりタイ風のスープが欲しかった。
「普通のスープ」
「うん」
俺にしてはタイ風のスープなんだが、ヌチャナートには普通のスープ
なんだ。思わず苦笑する。西洋のスープと何が違うかっていうと、
ナンプラで味付けすることかな。
スープの具に蕪の茎も使った。この部分を捨てちゃう人がいるけど、
もったいないよね。こうしてスープの具にしても炒めても美味しく
食べられるのに、食べ物を無駄にしてはい
けない。
アサリの出汁がきいたスープだ。
本当に旨いと感じた時、ひとは無口になる。
俺はこの味が気に入った。食うことに専念し、ひたすら食った。

2009/6/28

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カノムチンと素麺

カノムチンはタイ人が大好きな麺だ。ちょっと腹が減るとカノムチン
を食べる。
どこでも簡単に食える。
日本で言えば立ち食い蕎麦かラーメンに相当する。

カノムチンの見かけは素麺と同じだ。素麺の原料は小麦粉だが、
カノムチンの原料は米だ
。その作り方はヌチャナートによれば、
米を水につけておいて、多少発酵してから麺にする
ようだ。詳しい
作り方はそれなりのウエブを見ればでているだろう。
米を麺にしたビーフンが日本で手に入るが、ビーフンはカノムチン
には使えないらしい。

素麺にカレーなどをかけたものを、タイ人はカノムチンだと言って
いる。
「カノムチンは米で作る。素麺は小麦粉で作る。素麺にカレーをかけ
てカノムチンという
のは間違っている」
俺が間違っていると憤っても意味がない。タイ人がカノムチンの
代用に素麺を使って、美
味いと言っているのだから、それでいい
じゃないか。でも俺は何時もそれを不思議に思っている。
アフリカのタンザニアでは蕎麦粉が手に入らないとしよう。
小麦粉でうどんを作り「蕎麦
だ、蕎麦だ!」とタンザニアで日本人
が言うのに似ていると思わない?
カノムチンも素麺も見かけが似ているから、タイ人は違和感を感じ
ないのだろうか?

P1110276pct13

今日はあまり綺麗にまとめていないが、素麺を茹でるとタイ人は
綺麗に麺をまとめる。
一口分ずつ、波か渦を描くように器に乗せる。
いつもはタイ人の盛りつけには繊細さがないと思っているが、素麺
の盛りつけはタイ人の
方が綺麗に盛りつけると思う。

2009/6/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイカレーを日本人に

P1110282pct13

「今日はタイカレーを作るわ。サミイも食べる?」
「うん」
タイカレーを自分から作るなんて珍しいこともあるもんだ。
「日本人のお友達がタイ料理を食べたいって言うのよ」
そういうわけだったのだ。
熱帯の料理だから、タイカレーは簡単には腐らない。
温めればまたおいしく食べられる。
ヤムウンセンだと調理後すぐに食べないと不味くなるが、
タイカレーならそんなことはない。
友達に差し上げるにはタイカレーは適当な料理だ。
「タイで食べるのと同じ味にした方がいいよ。日本人向けの味に
しちゃ駄目だよ。」
俺の分を取り分けてくれた。良い味にまとまっている。
辛みもほどほどだ。初めて、あるいはたまにしかタイ料理を食べ
ない人には激辛かもしれない。

タイ人が日本人好みの味と頭で考えて作る味は、日本人が考える
タイの味と違っている。何処の国の料理でも同じだが、その国の人
が美味しいと感じる味はバランスが取れた味になっている。
このカレーもヌチャナートが食べて美味しいと感じる味になっている。

2009/6/28

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パットホイ アサリのタイ風炒め物

P1110274pct13

これは食うと旨いのだが、作るのは大変だ。
大量のニンニクと唐辛子を一緒に炒めるから、ニンニクと唐辛子
からでるにおいと刺激臭にやられる。そばにいる人は必ずと言って
いい位、くしゃみをする。
窓、戸をあけて換気扇を回す。それでも凄いにおいが漂う。
それを我慢してちょっと待っていると料理が出てくる。
アサリの酒蒸しなどあっさりした料理は日本にはあるが、この味は
絶対に日本にない。
食ってみると、さっきの刺激臭はなんだったのかと思うほど穏やか
な味と香りだ。
英語でsweet basilと言っているホアラパーのよい香りがする。
「この美味しい食べ方はね・・・」貝殻をもってスープをすくう。
「こうやってスープと一緒に食べるのよ。美味しいわよ!」
前歯で貝を押さえながら、貝殻を抜くと、貝とスープが口に入る。
貝から出た旨味とハーブの香りで当たり前だけど完全にタイ風だ。
「これね、酔っ払いが好きなのよ」
「・・・・」
「酔って家に帰る前に、お粥屋に行くのよ」
「・・・・」
「お粥と一緒にこれを食べるのよ。」
「ハハハ・・・・」
酔って終電前に駅前の屋台でラーメンを食うようなもんだな。
「タイ人は好きよ」
熱帯の夜はこうして過ぎて行く。
飲み歩き、最後に食べるお粥屋を思い出した。
こういうのはなぜかエアコンのない店で食べる方が美味しい。

2009/6/28

| | コメント (0) | トラックバック (1)

カノムチンの温度

俺はカノムチンが嫌いだ。食べ物の好き嫌いは多くの場合、味より
においで決まる。例えばタイ人はチーズのにおいを嗅いで、「くさい」
と言って食おうとしない。そのくせ、蟹を発酵させた生臭いプードン
は芳香と感じるのか喜んで食べる。
俺達だって納豆、塩辛、味噌などかなりくさいものを美味いと言って
食っているからタイ人をどうこう言えない。

カノムチンにかけるタレには俺が喜んで食べるものもある。
もちろん、ひどいにおいのものもある。
「自分の好みにあったタレをかけてカノムチンを食べればいいじゃ
ないか!」
そう思うだろうが、俺は繊細な人間?だからそうはいかない。
実は俺はカノムチンの温度が気に食わないのだ!
「温度は味にカンケーねぇーだろー!」
とんでもない、温度は味に大きな影響を与える。

冷たいビールやジュースは美味いよなー。
あつあつのおでんやコーヒーも美味いな。好きだよ。
これが温まったビールや冷めたおでんはおいしいか?
どちらも不味いよな。
食べ物の温度は体温から離れて、熱いとか冷たいと美味いと感じ
る。これが体温に近づくと不味いと感じるようになる。

カノムチンはたいてい常温で出される。
それに温かいタレをかける。
カノムチンの温度は、熱くも冷たくもなく体温に近くなる。
おれはこのカノムチンの温度が嫌いなのだ。

2009/6/28

| | コメント (0) | トラックバック (0)

竹の子料理

P1110286pct13

ヌチャナートは竹の子が大好きだ。日本にもいろいろな種類の
竹の子がある。皮付きの新鮮な竹の子が出回るのは春先に限定
されている。
茹でた物、缶詰の竹の子の多くは中国から輸入したものだ。
「あんな竹の子は美味しくないわよ」
そう言ってタイから輸入された缶詰の竹の子を食っている。
商店街に「真竹」の竹の子があった。一メートルほどの長さだ。
「ねぇー、あれ買いましょうよ」
いつもは日本の竹の子なんか見向きもしないのに、どういう風の
吹き回しだ?竹の子の皮を剥く。実も沢山ある。
「あら、こんなに大きいわ!」
ヌチャナートは喜んでいた。

これでこんな料理を作った。料理の名前を聞いたが忘れた。
毎日、こんなものばかりだから、物珍しさがない。
どんな味だったか思い出せない。
ちょっと辛かったと誤魔化しておこう。いつもはタイの竹の子でない
と美味しくないと言っているヌチャナートはこの竹の子を美
味しいと
言いながら食べていた。

2009/6/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

椎茸と冬瓜

P1110285pct13

「スープが欲しいか」と聞かれたので、「いる」と答えておいた。
どんなスープがでるか、わからない。
出てきたのは椎茸と冬瓜のスープだった。

冬瓜は柔らかになっている。
ウチの料理にしては珍しい味だ。
味付けに醤油を使っているだけでなく、タイ人の味付けにしては
塩っぱい。こんな塩っぽい料理はウチでは珍しい。
いつもタイ料理ばかり食っていると、塩っぱい料理を食いたくなる。
俺が求めているちょうどよい味だった。

2009/6/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月28日 (日)

これはカオパットでない

P1110263pct13

習慣、特に食習慣と言うのは面白い。誰でも昔からの食べ方に
こだわる。
カオパットは俺がタイへ行くと、必ず屋台で食べる料理だ。
安くて旨くて腹が満たされるからだ。
この写真を見て「これはカオパットではない」と感じますか?
俺たちにはごく普通のカオパットに見える。
タイの屋台で食うカオパットとこれの何処が違うかわからない。
日本の胡瓜をつかっている?これはしょうがない、許そう。
胡瓜の皮を縞状に剥くのはタイと同じだ。
ライムの代わりにレモンを使っていることか?
これを違いと言えば違いだがライムもレモンも味は似たようなもの
だ。レモンでもライムでもヌチャナートは気にしない。
挽肉を使っているのが、ちょっと違うかな?
こんなものは好みの範疇だ。
カオパットに挽肉を使ってはいけないという習慣もない。

飯粒がパラパラになっている美味しいカオパットなのだが、
このカオパットはヌチャナー
トから見ると異端なカオパットなのだ。
カオパットには卵を入れるという習慣がヌチャナートにはある。
卵なしのカオパットなんて山葵のない醤油で刺身を食うみたいだ。
どうしてもカオパットに卵を入れたいらしい。
卵にこだわっているヌチャナートは何度も俺に聞く。
「カオパットに卵をいれるでしょ?」
「入れない」その都度俺は冷たく答える。
俺にはこれで充分に美味しいカオパットで満足だ。
ヌチャナートから見ると、卵の入らないカオパットなんてカオパット
ではない。

2009/6/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大きな粒と小さな粒

P1110268pct13

リンゴなどの果物は甘くて大きな粒を目指している。
枕のように大きな西瓜は小家族ではもてあます。
それに家庭用冷蔵庫に入らない。
小家族が冷蔵庫に仕舞えるような小さな西瓜が開発された。

冬瓜も西瓜と同じく枕のように大きい。
ウチの場合、大きな冬瓜だと食いきるのに苦労することがある。
ヌチャナートは冬瓜を求めていた。
大きさを見て買うのをためらった。
四つ割りにして売っていることもある。
切らなければ冬瓜は長持ちする。
切ったものを買ってきたらすぐに食べなくてはいけない。
他に、いろいろな物を買い込んだので、直ぐに食べなくてはいけ
ない半切りとか四つ切の冬瓜を買いたくない。
冬瓜を買うのを諦めていた。
ある八百屋に入ったら、小粒の冬瓜があった。
一粒が一回分になる。
これは使い易い。二粒求めた。
冬瓜にもこんな小さな粒が開発されていたのだ。
日本の農業技術は高い。

2009/6/26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

刺身の盛付をタイ人が

P1110262pct13

どーもタイ人は味には五月蝿いが、見た目にはこだわらないよう
だ。料理本の写真を見ても、和食のような繊細さがない。
和食なら、ニンジンを梅の花のように切るなんてことをやるが、
タイ料理にはそんな芸当
はない。
旨ければ見た目とか盛付には余りこだわらないのがタイ人だ。
それにたいして日本人は見た目にこだわる。
見た目にこだわる余り、料理を目で食うなんて表現がある。

ヌチャナートが嬉しそうに鮪を買ってきた。
まるで戦利品のように鮪をもっている。
絶対にお買い得と言う安い物を買った時の笑顔だ
魚を余り好まない俺がヌチャナートに付き合って回転寿司で生魚を
食っているうちに、俺
は寿司にも刺身にも興味がなくなった。

昔はヌチャナートのために刺身を作ってあげた。
「サミイ、刺身を作ってよ。サミイが作る刺身は美味しいのよ」
魚を切るだけだ。こんなもん、誰が切っても同じだと思っていた。
煽てに乗りやすい俺は自分では食わない刺身をヌチャナートの
ために作った。出来る限り料理屋や仕出し屋の盛付に近い形に
した。緑のバランで彩りも考えた。

自分が食わないものを盛り付けるのは面倒だ。ごく自然に刺身を
作らなくなった。
「サミイ!サシミ食べる?」
「食べない」
「日本人なのに、刺身を食べないでタイ料理を食べている。
変な人ね。」
ヌチャナートは自分で鮪を切って皿に盛った。
日本人の感覚から離れた盛付になっている。
俺はそれを見て笑ってしまった。
「なに、笑っているの?」
まるで小さなローストビーフを切って盛り付けたようだ。
俺が笑う理由をタイ語で説明するのはちょっとしんどい。
笑って誤魔化すことにした。

同じ鮪の柵を使っても日本人とタイ人では盛付け方が違う。
俺たちは子供の頃から刺身の盛付を見ている。
ごく自然に料理屋で見るような盛付をする。
見た目にこだわらないタイ人は、食べやすい大きさに切ったなら、
それをどさっと皿に盛
る。この違いが俺には面白い。

2009/6/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月21日 - 2009年6月27日 | トップページ | 2009年7月5日 - 2009年7月11日 »