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2009年8月 1日 (土)

FBI捜査官と肉屋へお使い

FBI捜査官の本を読んだ。犯罪現場に残されたもの、脅迫電話の録音などから
犯人像を推定する内情を描いたものだ。
ある例では卑猥な言葉が残されている落書きから犯人像を推定する。
落書きの中に女性器を表すcuntという言葉があった。
その当時の若者はもうそんな言葉を使わない。若者はpussyと言っている
ことから犯人像は中年以上と推定した。
脅迫電話の録音では車のことをvehicleと言っている。これは日本語では
車両というような硬い言葉だ。日常使う言葉ではない。また犯人はフィート、
ヤードなど米国の尺貫法ではなくメートル法を使っていたことから軍関係者
と推定した。逮捕された犯人はそれぞれ中年女、黒人兵だった。

それを読みながら子供の頃、肉屋へお使いに行ったことを思い出した。
当時は尺貫法を使っていた。重さは匁、貫が単位だ。
肉屋にお使いに行くと「豚細切れヒャクメください!」なんて言う。
ヒャクメというのは100匁のことだ。絶対にヒャクモンメなんて言わない。
200匁はニヒャクメ、300匁はサンビャクメだ。
こうして1000匁になると貫になる。
これを文字、知識だけで知った人は、知ったかぶりに「豚細切れイッカン」と
言うか書く。話し言葉では絶対にイッカンとは言わない。
「1貫」と書いてあっても「イッカンメ」と読む。
これはこの単位を使ったことのない人には分からない。

靴の大きさだって尺貫法だった。「俺の靴はトモンサンブだ」なんていわれ
てもどのように書くのかわからないだろうな。
10文3分と書く。絶対にジュウモンサンブとは言わない。

文字による記録は残っても、音の、読み方の、通常の話し言葉の記録は
なかなか残らない。音の記録をここに残しておく。

2009/7/29

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唐辛子の花

乾燥した唐辛子が入った袋には必ず種がこぼれている。
多分そのこぼれた種を鉢に捨てたか、少々の期待をもって蒔いた
のだと思う。唐辛子は強い。鉢に水をやっているだけで、なにもしな
いのに順調に芽を出して、茎が伸びて花が咲き出した。
何しろ、あの袋、この袋のこぼれ種を適当に蒔いたものだから、
異なる品種が混じっている。背の高い物、低い物といろいろだ。
まもなく唐辛子を家でとれることになる。
自家栽培の唐辛子を自家消費するなんて嬉しくなる。
今流行の地産地消でなくて自産自消だ。
唐辛子を取るだけが目的ではなくて、葉も食べるから沢山の唐辛子
は取れないと思う。

「日本はいいわね。こんな小さな鉢で唐辛子ができるのだから」
ヌチャナートが呟いている。タイの東北地方は土地が痩せて作物に
適さないという。農作物が出来ないので、東北地方は貧しい人々が
多い。鉢で唐辛子を栽培できるのは、俺たちには当たり前に見える
ことだが、ヌチャナートには驚きに値する出来事なんだ。
土地が痩せているというのは、大量の肥料を与えないと作物は
育たないのだと、ヌチャナートの言葉の端から実感した。

2009/8/1

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蛆虫が塩漬鰺に

小さな鰺を塩漬けにしてある。これは鰺を食べるのではなくて、
醗酵させて魚から出てきた水を使うそうだ。
自家製のナンプラと思えばいい。
鰺の塩漬けはプラスチックの容器に入っている。
この容器は完全密閉ではなくて、小窓がついている。
小窓を開けて醗酵の進み具合を見ることができる。

蓋や容器の壁に米粒のようなものが沢山ある。
「これなんだ?」よく見ると米粒が動いている。
米粒だと思った物は蛆虫だった。一体この蛆虫は何処から来たの
だろう?多分、小窓をあけた時に虫が入り卵を産みつけたのだろう。
このように蛆虫がわいている魚の塩漬けをタイではよく見ている。
「ヌー!虫がわいているよ!」
ヌチャナートを呼んで蛆虫を見せた。ヌチャナートは全然慌てない。
「なんでもないわよ。タイではよくあるわよ」
蛆虫をみて「これは小さな蝿よ」と言っている。
ショウジョウバエなのかな?
しかし、どうやって蝿はここに良い産卵場所があるってわかるの
だろう?ここは俺ん家の中だよ!
今の気候はタイの気候に似ているから、タイと同じような生物が
活発に動く。

2009/8/1

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2009年7月30日 (木)

今年はまだやっていない

暑い日が続く。金も時間もかけずにできる究極の暑さしのぎがある。
今年はまだやっていない。まだそれほど暑さを感じないからだ。
その方法は簡単だ。
まず水風呂を用意する。水風呂は実に気持ちがいい。
それから冷蔵庫から持ってきたビールを水風呂の中で飲む。
下戸の方は氷水でもよい。
そうすると体の中と外から徐々に冷え、しばし暑さを忘れることが
できる。効果的にやると三日ほど暑さを感じない。
それってもしかして・・・・・?
そうです、場合によっては命がけの暑さしのぎです。
間違いなく、暑さを忘れるよ。
それだけは保証する。

2009/7/29

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水を被る

暑い日が続いている。こんな日は水を被るのが一番良い。
タイの中流、上流階級の家では温水シャワーや西洋式の風呂が
ある。温水を浴びたり、熱い湯に入るのが中上流階級の風呂浴び
だ。タイの庶民の家庭でで風呂に入るというのは水を被ることだ。
庶民の家では風呂桶のような所に水を溜めておき、その水を被る。
風呂とトイレが同じところにあるので、風呂桶の水は用便後の尻を
洗うのにも使われる。間違っても風呂桶の水を飲んではいけない。

そんな生活を経験していると、暑い時には水を被るのが一番気持ち
がいいと分かる。お湯を使わないから、流行の言葉ではエコ的生活
だ。タイ人と結婚している人なら、みんな暑い日には水を被ると思っ
ていた。どうやら水を被らない人もいるようだ。

暑いとはどういうことなのか実験した。
頭に薬缶一杯ほどの水をかける。水は首、肩、胴と流れ下る。
そしてふくらはぎに達すると冷たかった水が生温かくなる。
「自分の体温でお湯を沸かした!」ときっと驚く。

風呂と言えば水を被ることしか知らないタイ人はお湯の風呂に入る
のを恐がるそうだ。タイのホテルに温水シャワーがあった。
久し振りに温水で身体を洗い、ベランダで夜風を浴びる。
冷たいビールを飲むと実に気持ちが良い。
連れてきた子供達に風呂に入るように言った。
だが、子供達は初めて経験する温水シャワーを恐がって誰も使おう
としない。タイ人は温水の風呂やシャワーを恐がるのは本当のようだ。

2009/7/29

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カオパット、タイ流焼飯

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「カオパット、作るわね」
俺が好きなカオパットとかバーミーナムなんていつも馬鹿にしている
のに珍しいことを言う。炊飯器に飯がちょっとだけ残っていた飯を使
ってカオパットにする。
「卵、ある?」冷蔵庫にも何処にも卵はない。
「なければいいわ」
いつもは卵がなければカオパットではないと言うのに、今日は卵なし
で良いという。その理由は簡単だ。
自分では食べず、俺に食わせるカオパットだからだ。
肉もタマネギも入っていない。塩味だけのカオパットを作っている。
昨日、牛筋からとった油を使ってご飯を炒めているのが俺には面白
い。この油で炒めたものは冷めると不味くなる。
温かいうちに食べた。
飯粒の表面が乾き、飯粒はくっついていない。
具は何も入っていないカオパットだが花マルをあげたいほどよく出来
ている。じりじりと照りつける日差しのなかで蝉が鳴いている。
タイを思わせる料理だ。いつもはレモンを絞ってから食べるのだが、
今日はレモンを使わずそのまま食べた。

2009/7/29

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2009年7月29日 (水)

やっぱりダメだ

今まで、ヌチャナートは漬物に醤油をつけることを知らなかった。
先日、ヌチャナートは蕪と胡瓜の漬物に醤油をつけると美味いと
知った。醤油をつけると美味いと知ったなら、次回は漬物と醤油を
一緒にだすかなと思っていたが、やっぱりダメだ。
漬物だけをだして、醤油を出さなかった。
人間は今までの習慣どおりにしかできないのだ。
特に食習慣を変えるのは大変だ。
俺は食習慣を完全にタイ料理に切り替えているのに、いらいらしない。
俺は珍獣に属するのかな?

ウチには唐辛子がなくなったことを先回の記事に書いた。
唐辛子なしの生活を暫く続けることになるのか?
辛味のないどんな料理が出てくるのか楽しみにした。
「唐辛子がないのよ」
「・・・・」俺は黙ってヌチャナートの顔を見た。
「生も乾燥もないのよ」
「・・・・」この後、なんと言うのか楽しみだ。
「明日、買ってこなくちゃ」
ああ、やっぱり、タイ人の食生活に唐辛子は欠かせないのだ。
「唐辛子がなくても平気よ」なんて言ったのは強がりだったのか?

2009/7/29

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2009年7月28日 (火)

耳で食べる料理

日本人は和食は繊細だが、タイ料理は大雑把だと思っている。
俺もその一人だが考えが少々変わった。
タイ人はタイ料理の中にあるいろいろな繊細な味や香りを判別でき
るが、唐辛子の辛さで舌が麻痺し
て日本人の俺にはそれを判別で
きない。味や香りを判別できればタイ料理の繊細さがわかる。
それが
分からないのでタイ料理を食べている時に悔しい思いに駆
られる。あの辛さの中で、レモングラスの香りが強くて美味いとか
不味いなんてタイ人でなくてはなかなか識
別できない。

料理で大切なのは舌で感じる味だと誰でもいう。
鼻で感じる香りも料理の大切な要素だ。
ここまではタイ人の感覚と日本人の感覚は同じだ。
日本の料理とタイの料理を比べると、タイの料理には目を楽しませ
るという感覚が和食より少ない。
料理を引き立たせるために、料理を盛り付ける器にも日本人はこだ
わる。タイの富裕層の家庭では器
にも気を使っていると思うが、
田舎の庶民の家庭や一膳飯屋などでは器に気を使うことはない。
気を
使うほど食器をもっていないのかもしれない。
屋台では数十本の切り傷痕があるプラスチックの皿に
料理を盛って
だすこともある。器まで気を使わないようだ。

大雑把に見ると味がよければ、香りが良ければいいでしょうという
のがタイ人の感覚だ。タイ人には目で食うという感覚は少ない。
「こんなに綺麗に盛り付けたのに、日本人にはこの美しさがわから
ない」とタイの料理人は日本人が
理解できないことを嘆いているか
な?日本人とタイ人の感覚の差があるだろう。
俺から見ると、タイ人は料理の見かけにこだわらない。

最近、耳も料理にとって大切な器官だと思うようになった。
料理にいろいろな名前をつける。名前の響きが耳に聞こえる。
その音で料理を想像する。これも食を楽しむ大切な要素だ。
飛び切り辛いラーメンだと、「鬼ラーメン」「地獄ラーメン」なんて名前
をつけている店がある。和菓子などでは源氏物語などロマンチック
な物語から名前をとることもある。
多くのタイ料理は「○○の煮物、炒め物」と言った名前が多いが、
耳で楽しませる料理もある。
例えば故事などから取った「泣く虎」なんて名前の焼肉料理だ。
「ほほーっ」と感心させる名前をつけるには遊び心がないと出来
ない。タイ人も耳で料理を食べるのだと気がついたら、なんとなく
楽しい気分になった。

2009/7/28

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塩漬け魚の頭

魚が安いと買い込んで塩漬けにしておく。
そんな塩漬けの魚がウチには何種類もある。
鮭のような大きな魚から豆鰺のような小さな魚まである。
タイの田舎の家庭にある自家製食材がウチにあると思ってもいい。
中にはひどい悪臭を放つものがある。それが美味しいらしいのだ。
毎日、ヌチャナートのタイ料理を食べているが、そのくさい魚だけは
勘弁してもらっている。

今日の魚は日本人なら開きにして保存する大きさの鰺だとしよう。
ヌチャナートはそれを塩漬けにして保存する。
熱帯での経験が豊富だから、ヌチャナートが漬け込んだ魚は絶対
に腐らない。塩漬けにした魚を焼くと、生魚や開きを焼いたのとは
違う美味さができている。
でも俺は極めて簡単な理由でいつも落ち着かない気分になる。
塩漬けしてから焼いた魚に頭がついていないからだ。
鰺の開きだって頭をつけたまま乾燥させてから焼く。
頭がない焼き魚を見ると落ち着かない。

頭は食べないし、頭をつけておけば漬込み容器も大きな物が必要
になる。頭を切り落として置く方が合理的だ。
鰺程度の大きさの魚を焼く場合、頭をつけたまま焼くのが俺達の
習慣だ。俺たちは鯛でなくとも尾頭付きで焼くのが上等な作法と考
えている。これをヌチャナートに説明しても「日本人は馬っ鹿みたい」
と考えるだろう。

どうせ頭は食べないのだから、最初から切り落としてあるほうが
親切だ。しかし日本人には「小さな親切、大きなお節介」と感じる。
日本人がタイ流の塩漬け魚の作り方を学んだら、きっと頭をつけた
まま塩漬けすると思う。俺も頭をつけたまま塩漬けにする。

もしかすると、頭を切り落とすのは合理性からきているのではなくて、
迷信からきているのかもしれない。

2009/7/27

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ベルノミを煎じる

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タイ語でマトゥームมะตูมと呼ぶおかしな乾物がある。
日本語ではベルノミと言うそうだ。
蜜柑を輪切りにしたような形で、漢方薬という雰囲気がでている。
これを煎じると飲み物になる。
タイの市場に行けば、何処でも売っている。
俺がこんな物を買って帰ると、タイ人は「また変なものを買ってきた」
と笑う。俺はこのような物を見ると、味見してみたくなる癖がある。
ガイドブックにあるトムヤンクンや宮廷料理はタイ料理のほんの
一部だ。タイの食生活は幅広く、奥が深いから総合的に見るには、
あくなき探究心と好奇心がなくては勤まらない。
ちょっとだけ甘味があって、なんだか薬草のような香りがある。
苦味はない。美味いか?って聞かれると「うーん」と答える。
じゃあ、不味いのか?って聞かれても返事に困り「うーん」となる。
なんとも言いようのない甘茶のような味だ。
冷やして砂糖を入れると美味しくなると言う。
冷たいお茶、麦茶、ウーロン茶の類と思えばいい。
喉が渇いたら飲むものは、フルーツジュースのように濃い味や香り
のものは適さない。このようなさっぱり味の方がいい。
「うーん」と返事に困る程度の味の濃さでちょうどいいのだろうな。
これを飲むと体温がを下がるとか、疲れが取れるとか、蚊に刺され
ないとか霊験あらたかな飲み物の感じがする。
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話が変わるが町や市場のあちこちに薬酒屋がある。
そこで薬酒をぎゅーっと一杯ひっかける。すると薬酒屋は開店以来
一度も洗ったことがないコップに冷たい水を入れて出す。
「汚ったねー!」なんて言っていられない。
暑い中を歩き回りほてった身体に、強い酒を一気に飲んだ後だ。
出された水をぎゅーっと飲み干す。冷たい水が気持ちいい。
店によってはただの水だ。ちょっと香りがある黄色みを帯びた水を
だす店もある。あの香りがこの水なのかな。

2009/7/27

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忘れていた日本の味

蕪や胡瓜をヌチャナートは漬けるようになった。
今では、ご近所の奥さんが作った味と変わらない味の漬物を作る。
これをタイ人が作った漬物だと誰も思わない。
その漬物を箸で摘んだり、楊枝で刺して食べていた。
そんな食べ方に俺は何の疑問ももたなかった。
漬物を肴に酒を飲んだり、飯を食っていた。
これが当たり前だと思っていたが、今日は何かがおかしいと気付
いた。日本人は漬物には醤油をかけたり、醤油をつけて食べる。
俺は漬けあがったものをそのまま食べていた。
タイ料理は一般的に塩味が薄い。
薄塩の漬物はタイ料理の塩味と同じ程度だ。
いつもの塩味と同じなので、ちょうど良い塩味だと思っていた。
日本人はこの塩味の上にさらに醤油を加えることを思い出した。
すっかり忘れていた日本の味を思い出したら、醤油をつけて漬物を
食べたくなった。醤油をつけると味が複雑になって旨味がます。
俺はこの味を完全に忘れていた。
ヌチャナートに醤油をつけて食べることを薦めた。
「あら、美味しいわ」
次回から、漬物と一緒に醤油をだすだろうか?
多分、醤油は出さないと思う。

2009/7/27

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2009年7月27日 (月)

唐辛子がなくなった

誰でもタイ料理には唐辛子が必須の食材だと思う。
唐辛子がなくなりかけているから、「買おうか?」と言っても「要らな
いわ」と言うので買わなかった。
あれだけあった生の唐辛子もキログラム単位で買った乾燥の
唐辛子もない。焙煎した唐辛子がちょっとだけ残っている。
「唐辛子ないわよ。生も乾燥もないわ」別に慌てている様子はない。
「買って来ようか?」
「マイペンライ」
しばらく唐辛子がない料理を食べることになりそうだ。
それも良い経験かもしれない。
辛くないタイ料理もあるけど・・・・・。
ヌチャナートは唐辛子がなくても平気なようだが、俺の方が慌てて
いる。毎日、辛い料理ばかり食べていたので、唐辛子がないと食事
が進まなくなっている。長いことタイ料理だけを食べていたので俺の
舌は既に変化している。
突然思いついて外国ブランドのケチャップを買ってきた。
久しぶりにケチャップを味見した。余りにも甘いので驚いた。
「このケチャップはこんなに甘かったのだろうか?」
味は変わっていない筈だ。俺の舌が変わったのだ。
酢やマスタードを加えて好みの味にした。
唐辛子があれば、唐辛子を加えていただろう。

辛くないウチの料理ってどんな料理なんだろう?

2009/7/27

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2009年7月26日 (日)

夕涼み

夕暮れになると昼間の暑さは何処かに消えた。
「今日は外で食事をしようか?」
「あらいいわね。花火もやりましょうよ。」
「ああ、いいね」
「冷たいビールを用意するわ」
今晩は食い過ぎないよう、控えめにしなくてはいけない。
料理を楽しむというより、夜風に当たりながら話を楽しむ食事だ。
こんな時は料理とか味なんて二の次、三の次だ。
酒のつまみに、その辺にある料理を持ち出した。
「いい風だね」
「涼しいわね」
乾季に訪れるタイの夜にそっくりだ。
こんな夜は風呂に入って、白い粉を体中にたたき付け、洗いざらしの
こざっぱりした服に着替える。子供は通りを走り回って遊ぶ。
大人は表で、ビールを飲む。誰もが表に出てくるので、近年の日本
では失われている、ご近所との交流の時間だ。
熱帯の夜を思い出しながら、二人でとりとめもない話を続ける。
猫のサダム・フセインも我々に加わる。サダムは植え込みの影に
隠れてこちらの様子を伺っている。
捕まえようとすると、尻尾を高くあげながらさっと逃げる。
追いかけるのを止めると、また同じ所に戻っている。
それが面白いようだ。
「ビールがなくなったから、ワインを飲む?」
「そうね」
いつもは冷やした白ワインをのむのだが、今晩は赤ワインが飲み
たくなった。赤ワインも美味いもんだと見直した。
線香花火の火がぱちぱちとはじける。
ヌチャナートは花火で遊びながら子供のように「綺麗だわ」と喜ん
でいた。

2009/7/26

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洋梨とタイの茄子

白人とタイ人がウチに来た。タイ料理を肴に酒を飲む。
日本に来て、初めて日本の梨を食べた時の話をしてくれた。
「日本の梨は香りが少ない。それに硬いし、口の中がざらざらする。
これは梨じゃないよ」と思った
そうだ。
俺が初めて洋梨を食った時のことを話した。
「洋梨は香りがいいけど、柔らかで口の中でぱかっと割れないのが
面白くない。それに砂粒のような
ざらざらしたものがない。これは梨
じゃないよ」と思ったと俺が言う。
二人とも相手の国の梨を「これは梨ではない」と思ったことが一致し
たので笑った。
「梨というからいけないんだよ。別の果物と思えばいいんだよ。
そうすれば日本の梨も洋梨も美味し
い果物となるよね」
「なるほど、そうだね」
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緑色をしたタイの丸い茄子をだした。タイ人は唐辛子ソースをつけ
て美味しそうに食べている。
白人はタイ人の真似をしながら茄子を食べて考え込んでいた。
俺も同様に考え込んでいる。これの何処がうまいのだろう??
美味いとも不味いとも白人は言わない。
癖のない味だというより、茄子にはあまり味がないから美味いとも
言えないし、そうかと言って不味
いとも言えない。
ナンプラや唐辛子の味で食べているようなもんだ。
これを茄子だと思うから無意識のうちに日本の茄子と比較している。
全く違う野菜と考えればいいんだ。

この茄子の味を日本の料理に例えれば冷奴に似ているかな?
豆腐にはこれと言った強い味はない。
醤油や、生姜、ネギの味で豆腐を食べているのに似ていると思うが
どうだろうか?

2009/7/24

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