« 2009年1月11日 - 2009年1月17日 | トップページ | 2009年1月25日 - 2009年1月31日 »

2009年1月24日 (土)

日本のパクチー

三つ葉があった。これを日本のパクチーとヌチャナートは呼んで
いる。辞書でもたしか、三つ葉のことを日本のパクチーと言って
いたと思う。せり科の植物はどれもこれも「なんとかパクチー」と
タイ人は呼ぶ。

P1070368pct13

三つ葉を鍋にして食べた。こんな食べ方も旨いもんだ。
嫌いな人がいるかもしれないが、俺は三つ葉の臭みが好きだ。
茹ですぎると香りがなくなる。半茹で、半生の時が一番美味しい。
肉でも茹ですぎると硬くなって美味しくないが、半茹での時が美味しいのは同じだ。

2008/1/23


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

タイの屋台とトイレットペーパーの謎

タイの屋台の話をする前に、最近気になっていることを話す。
デパートなどのトイレで用を足して、トイレットペーパーの端をもって
引っ張る。ツルツルと紙が伸びてくるのは同じだが、何かおかしい。
トイレットペーパーのロールが回転しながら左右に揺れるのだ。
こころなしか、ロールとホールダーの間の隙間が大きい。
紙の幅を計ってみようと思っていたが、まだ測っていない。

タイの屋台で飯を食おうとする。屋台にはナプキンがないが、
こんな容器に入ったトイレットペーパーが置いてある。
これがナプキンの代わりだ。
これで口や手を拭く他にこのトイレットペーパーには重要な役目が
ある。食事の前に皿やスプーンなどをこのトイレットペーパーで
拭くのだ。

裏事情を知らない日本人には彼等の行動を理解できないし、
食卓にトイレットペーパーを置くなんて汚らしいと思う。
食器を洗う場合、屋台では3-4個の盥を用意している。
最初の盥には洗剤が入っている。ここで皿を洗う。
2番目の盥で洗剤を落とす。
3番目の盥ですすぎ洗いをする。
最初の盥の汚れが酷くなると、水を取り替えて3番目のすすぎ洗い
の盥に昇格する。
2番目の盥は降格されて洗剤を加えて汚れ落としに使われる。
十分にすすぎ洗いされているとは限らない。
そこでトイレットペーパーでごしごしこすって洗剤などを落とす。

P1070375pct13

こんな目的にトイレットペーパーが使われるからだろうか?
タイのトイレットペーパーは日本の物より高級だ。
庶民でも真っ白でエンボス加工された柔らかなトイレットペーパー
を使っている。俺たちから見ると、トイレットペーパーだが、
タイの庶民はトイレで紙を使わないから、トイレットペーパーを
便所紙とは思っていないかもしれない。

ティシュウやナプキンを使うより、再生紙のトイレットペーパーを使う
ほうが環境に優しいと思い、トイレットペーパーを入れる容器を
買って来た。トイレットペーパーなんてみんな同じと思っていた。
ところが日本のトイレットペーパーを入れようとすると蓋が閉まら
ない。日本の物はタイの物より幅が広い。
せっかく買って来たのに使えないのは残念だ。
トイレットペーパーの幅を調べた。
近くの薬局で売っている物は114ミリ、100円ショップの物は110ミリと
107ミリであることに気づいた。107ミリの物だと容器に入る。
食卓に置く目的の為に107ミリのトイレットペーパーを買っていた。
それがここ数ヶ月品切れしている。店に聞くと、
「そうなんですよ。最近、入ってこないのですよ」とのこと。
もうこの容器を使うことができないと諦めていた。100円ショップに
行くたびにトイレットペーパーの幅を調べていた。
昨日、巻きの細いトイレットペーパーがあった。
幅を見ると100ミリだ。幅を細め、巻きを細くして4巻100円にして
いる。実質的値上げだ。
これでデパートのトイレットペーパーの謎が解けた。
売り上げが落ち込んでいるデパートは経費の節減をしなくては
いけない。その波がトイレットペーパーにも押し寄せたのだ。

2009/1/23


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月22日 (木)

鴨の手羽

商店街の中でヌチャナートが声をあげた。
「あら!鴨よ!」
見ると、鴨の手羽が並んでいる。
日本でも地域によっては鴨肉は名物になっているが、日本人は
あまり鴨を食べない。タイ人は鴨をよく食べる。鴨だけを焼いて
いる専門の店もあるくらいだ。
評判の良い店はいつも満席だ。

P1070265pct13

ウチでは鴨の手羽を煮込んだ。
「和風の煮込みよ」ヌチャナートは笑っている。
確かに和風の煮込みだ。
このまま食べても美味しいのだが、やはり唐辛子ソースをつけ
ながら食べる。
ゆっくり時間をかけて煮込んだ鴨の肉は柔らかになっている。
煮汁が冷めるとジェリーのように固まる。美肌の元、コラーゲン
がいっぱいある。
この煮汁を捨てないで、他の料理に使うのは言うまでもない。

2009/1/19


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バナナカレー

こんな名前のタイカレーはタイにもない。
この名前は俺が勝手につけた名前だ。
今日はタイカレーを作ってくれた。その理由は簡単だ。
タイカレーさえ作っておけば、俺が勝手に温めて食うから
ヌチャナートは手抜きができる。ヌチャナートは俺に餌を与える
感覚でタイカレーを作っている?でも、作る前に材料を何にするか
聞いてくるところが飼い猫のサダムフセインの餌とはちょっと違う。

P1070340pct13

「ねぇー、どっちにする?」
「何が?」
「タイカレーに入れるの、バナナにする?竹の子がいい?」
俺はバナナを選んだ。
バナナと言ってもあの黄色いバナナではない。
まだ未熟なバナナだ。つまり、バナナの蕾だな。
日本では生のバナナの蕾はないから、缶詰にしたものを使う。
ちょっと渋みがある。こう言う、タイカレーも美味しいよ。
家庭料理だから、こんなものも味わえる。

2009/1/20


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プードン、蟹の塩辛

小さな蟹を売っていた。それを見て、即座に買い込んだ。
「これでプードンを作るわ」
プードンと言うのは蟹の塩辛、蟹の熟れ寿司と思えばよい。
あんなくさい物をタイ人は喜んで食べる。
ヌチャナートは「美味しいソムタムができるわ」と楽しそうだ。
蟹入りのソムタムはタイ人のお好みだ。
プードンの作り方はいたって簡単で、この蟹と塩を混ぜ、漬込ん
でおくだけだ。

P1070272pct13

長く漬込んで(日本人は腐ったと感じる)醗酵した蟹も旨いが、浅漬けの蟹も旨いという。浅漬けのプードンを出してきた。
俺はこの蟹は谷川でとれる沢蟹だと思っていたら
「海の蟹だから寄生虫はいないわよ」とヌチャナートは言う。
身の部分は柔らかで美味しいが、足の部分は硬い。
足も食べられるが、蟹の甲羅を食べているみたいだ。
俺の好みに合わないが、この料理の彩りは大好きだ。
プードンにする前に生の蟹を唐揚にした。俺は唐揚の方が旨いと思うが、ヌチャナートは唐揚を好まなかった。

2009/1/19


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鴨に思う

鴨の手羽を食いながら食文化を考えていた。
我々、日本人の中には
「タイ人は蛙、昆虫、豚の尻尾・・・・まで食べる」
なんて言ってタイ人の食生活を蔑視する人がいる。
日本人が上等でタイ人は下等だなんて偏見を持つ。
多くの日本人はタイ語を理解しないから、タイ人だって同じことを
言っているなんて思ってもいない。
タイ人だって「日本人は鮫や鯨を食うゲテモノ食いだ」
と日本人の食生活を蔑視しているんだよ。

日本人も鴨肉は食べるが、鴨の胸とか腿しか食べない。
タイ人は食べられる肉を絶対に無駄にしない。
例えば靴べらのような形をしている鴨の嘴も焼いて売っている。
ここにも食べられる肉が僅かについている。
靴べらに僅かに付いた肉をこそぎ取るように食べる。
これも美味しい肉だ。食べ物は無駄にしてはいけない。

肉食文化の長いタイでは食べられる部分は全て食べる。
それが命をくれる動物への感謝の気持ちだ。
動物の命、仏教、輪廻、感謝と考えをつなげていくと、タイ人の
食文化の方が正しいと思える。
肉食は明治になって西欧から日本に入ってきた。
そのため日本人には、命、仏教、輪廻、感謝という思考の輪が
切れている。

マタギだったかな?山で猟をする人をテレビでみた。動物を仕留め
ると彼は「いただきます」と言いながらとどめをさす。
その一言に動物の命を戴き、その代わりに自分が生きさせてもらう
という感謝の気持ちを感じた。
鴨でも豚でも丸ごと食べてしまう、タイの食文化は仏教的であり、
感謝という大切な気持ちを忘れず、食資源を無駄にしない優れ
た文化だと感じる。

文明開化と言って西欧の文化を積極的に日本は取り入れてきた。
現在の日本のある部分は西欧の文化を牽引するようになってい
る。今こそ、アジアの食文化を見直さなくてはいけない時期だ。
ダイエットだなんて騒ぐ前に、米を中心とした本来の日本の食生活
に戻すべきだと感じた。

2009/1/20


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月19日 (月)

三つ葉の根

半分干からびた細長い三つ葉の根があった。
日本人は三つ葉の根など即ゴミとして切り捨ててしまう。
「ヌー!これ捨ててもいいかい?」
三つ葉もパクチーも似ている。三つ葉をタイ人は日本のパクチーと
考える。パクチーの根を料理に使うことを知っていたので、三つ葉
の根も料理に使うのだろうと推定した。
この根を捨ててもいいか確認した。
「ダメよ。・・・・・に使うのよ」
料理の名前は忘れた。やはり、三つ葉の根を捨てないでよかった。

P1070262pct13

異文化を知るということは食材を無駄にしないことに通じる。
我々が食べないジャガイモの皮も料理に使う人々がいるかもしれ
ない。アフリカでは赤い鯛は食べないが、日本人は賞味する。
海鼠も日本人や中国人は美味しいと言うけど、アメリカ人は食べ
ない。こう考えると世の中に悪食というのはない。
三つ葉の根を見ながら、食文化の多様性を考えてしまった。

2009/1/18


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蕪の葉

蕪の葉を炒めたものだ。こうして炒めるとなかなか旨い。
白い蕪の上にある緑の部分だ。
この部分は茎でなくて葉でいいんだよね。
白い部分が茎だと記憶しているが、違ったかな?
名前はどうでもいいや。蕪の緑色の部分だ。
これを捨てちゃう人がいるが、もったいない。
こんな旨い物を捨てちゃうなんて、無駄遣いだ。
ちょっと手を加えて、ちょっと工夫すれば美味しい物ができる。
タイ人が炒めたものだから、赤い唐辛子が沢山入っている。
それが面白い。

P1070246pct13

2009/1/17


TREview

| | コメント (0) | トラックバック (0)

針魚、さより

人間の感覚は面白い。言語や習慣が違っても感覚は変わらない。
その例を「さより」に見た。

魚屋でさよりを見つけて、ヌチャナートが買い求めた。
「このお魚、美味しいのよ」
「ふーん。この魚はタイにあるかい?」
「ないわよ」
「この魚の名前はタイ語でなんて言うんだい?」
タイにいない魚は例えば秋刀魚や鰊などは「プラ(魚サンマ」とか
「プラヘリング」とプラの後に日本語や英語をつけて区別している。
だから、さよりも「プラサヨリ」と呼ぶと思っていたら、直訳すると
「針魚」と呼んでいた。さよりの長く伸びた口を針と見たのだ。
たしかに針に見える。英語でさよりのことをなんと呼ぶのか調べる
と、needlefishつまり針の魚となっていた。
タイの人も英語国民もさよりの口を針と見ている。
人間の感覚って同じなのだと、一人でにやりと笑った。

P1070258pct13

同じような例をもう一つ思い出した。
トアプーと呼ぶ豆がタイにある。この豆は最近、日本のスーパー
でも見かける。多くの豆はインゲンとか枝豆、エンドウのような形
をしている。この豆は四箇所に角がある。
豆の断面は四角になる。その姿から日本人は四角豆と呼ぶ。
英語国民も四角豆と呼んでいる。
日本人の感覚と英語国民の感覚は同じなのだ。

P1070259pct13

「おいしいわよ」
俺が人間の感覚の共通性について考えていることも知らない
ヌチャナートは唐辛子ソースをつけながらさよりを満足げに食べて
いる。

2009/1/19



TREview


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年1月11日 - 2009年1月17日 | トップページ | 2009年1月25日 - 2009年1月31日 »