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2009年10月 3日 (土)

コーラとサリン

ミネラルウオーターに炭酸ガスを吹き込んだ炭酸水で酒を割って
飲むと美味い。ウイスキー、焼酎、清酒・・・・といろいろな酒を炭酸
で割る。ワインを炭酸水で割るとタイの女が好むスパイの味に似た
物を作れる。それでいろいろな炭酸水を買って味見している。
大雑把に言ってどれも同じような味だ。
しかしだ、なんでこうも炭酸水の値段にばらつきがあるのだろう?
100%天然果汁のジュースなら果物の種類や産地により値段の差
が生じるのは理解できる。
ミネラルウオーターも産地によって原価が違うかもしれない。
人工的に炭酸ガスを発生させるのではなく、炭酸ガスは空気から
取り出すのだから多分原価は世界中何処でも同じだろう。
それなのに、炭酸水の値段はブランドによって倍以上の開きがある
のはどうしてだろう。
「ウチの炭酸水は泡が小さく・・・・・」なんて書いてある。
炭酸入りの飲料と言えば何と言ってもコーラがその代表だ。
化学の本を見ると炭酸ガスは無色で刺激臭があるガスと書いてあ
る。炭酸ガスは我々が呼吸している空気の中に含まれている。
俺達が吐き出す息のなかにも炭酸ガスが含まれている。
炭酸ガスに刺激臭があるのなら、息をするたびに刺激を感じる
はずだが俺達は刺激を感じない。
コーラを飲んでゲップをすると、鼻につんとくる。
あれは胃袋で気体になった炭酸ガスが鼻腔から排出されるのだ。
炭酸ガスが鼻を通過するとき、鼻がつんとする。ちょっと痛い感じだ。
その刺激がどうやらそれが炭酸ガスのにおいらしい。
まあ、これは理解できる。
俺には理解できないガスのにおいが一つある。
それは地下鉄サリン事件で有名になったサリンガスのにおいだ。
化学の本を見るとサリンは無色無臭と書いてある。
サリンガスを発生させるとサリンは無色だというのは簡単にわかる
と思う。においはどうかとサリンガスを吸ったなら死んでしまう。
どうやってサリンが無臭だとわかったのか?
サリンを吸った人が死ぬ前にサリンは無臭だといったのか?
サリンは無臭だと確認した人は凄いな。

2009/10/2

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挽肉のパッカパオ

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挽肉を小判型にすればハンバーグだし、それを団子にすればミート
ボールになる。トマトソースと合わせてミートソースにもなる便利な
食材だ。俺が挽肉を買うとヌチャナートは変な顔をする。
そう言えばウチのタイ料理では挽肉料理が少ない。
挽肉でタイ風のハンバーグを作ったこともあるけど、ミートボールは
あったかな?パッカパオを作ったこともあるのを思い出した。
そうだ今日はパッカパオを作って貰おう。
これを食う人は美味いというけど、これを作る人は大変なんだ。
作る人より、作る人の傍にいる人の方が大変だ。
唐辛子から出る煙でくしゃみをする。
もうすぐ美味い料理がでてくると我慢する。
見た目も綺麗な料理だ。いかにもタイ料理という感じがする。
味付けも完全にタイだ。
これは飯のおかずだけでなくのん兵衛料理にもなる。
辛味のあるこのつまみは酒を美味しくさせてくれる。
複雑な香りも酒を楽しくさせる。
これさえあれば、他の肴はいらない。

2009/10/2

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ポルトガルとタイの鶏の足料理

ポルトガルでは鶏の足をトマトソースで煮込んだものをパンと一緒
に食べる。鶏の足にはコラーゲンが沢山あるので、手や口の周り
がベタベタして気持ちが悪い。この料理はポルトガル人にとっては
日本人の立ち食い蕎麦みたいなものと俺は解釈した。
鶏の足なんて日本人の俺にはゲテモノでよくこんな物をポルトガル
人は食うもんだと思った。
ヨーロッパの中では貧しい国だからポルトガル人はこんな物まで
食わなくてはいけないのか?なんて思った。しかしこれは彼等の
食文化だからこの文化を尊重しなくてはいけない。
今は環境問題が大きく取り上げられている。このように食用可能な
ものは何でも食べてしまうのが正しい食べ方と思うようになった。

タイでも鶏の足をよく食う。市場で唐揚した鶏の足を買って食いなが
ら市場を見物するのも楽しい。
ウチでも鶏の足をいろいろな料理にして食うことが多くなった。
タイ人の友達もウチの鶏の足料理を美味しそうに食う。
「美味しい?」
「うん」手をべたべたにしながら笑っている。
俺もお付き合い程度に鶏の足を食っていた。
食っているうちにその美味さがだんだん分かってきた。
べとべとするので鶏の足は食べにくいが食うとたしかに美味い。
煮てもうまいし、揚げてもうまいと思うようになっている。

鶏の足を煮込む時はちょっと驚く。
なにしろ他の肉と違って嵩張るから、大きな鍋で煮込むことになる。
「えっ!?そんなに煮るの?」
と驚くが食うと肉はホンの少ししかない。
大きな鍋で煮込んだものもすぐに空になるのが面白い。

鶏の足を盛り付ける時は右足と左足を同じ数だけ盛り付けなくては
いけない。右足と左足の数が違うとびっこになるという迷信がタイに
ある。
これは嘘、俺の口から出たでまかせだ!
右だろうが左だろうがそんなことを誰も気にしない。

鶏の足を肉屋さんはモミジと言っている。
その形が紅葉の葉に似ているからだ。
俺はこのような優雅な表現が好きだ。
鶏の足と言ったらそのものをそのまま表現しているだけだ。
モミジというと何だか美しい食い物に聞こえる。
このような表現は日本語だけだろうか?

2009/10/2

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2009年10月 2日 (金)

タイ風チキンソーセイジ

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鶏肉を使ってウチでソーセイジを作ることにした。
味付けはもちろんタイ風だ。
材料を仕込んで熟成させてから蒸しあげる。
豚肉を使ったソーセイジはタイにもあるが鶏肉はないようだ。
チェンマイ風のソーセイジとネムからヒントを得てウチで工夫した
料理だ。こんなことを言うと偉そうに聞こえる。商業的には作られて
いないが、多分タイの田舎でひっそりと似たようなものは作られて
いるはずだ。都会では見られないが山岳民族がこれと同じ物を保存
食として作っているかもしれない。

写真撮影用にパクチーと唐辛子の葉を飾りにしてタイ風を強調して
みた。このソーセイジはヌチャナートのお気に入り料理だ。

2009/9/31

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ヤムプラムック タイ流サラダ 

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ウチの愛猫サダムフセインはイカが大好きだ。
寝ていてもイカを茹でるにおいがすると目をあける。
大きなあくびしてからのっそりと足元に寄って来て「早く、くれよ」と
催促する。それから偽物の蟹、蒲鉾に蟹の味付けをしているから俺
がカニボコと呼んでいる奴も大好きだ。
ブランドによって食べるカニボコと食べない奴がある。
高級ブランドを好むわけではない。味か、においで好き嫌いが決ま
っているようだ。

「ねぇー、このイカ、美味しそうよ。ヤムを作るわ。食べるでしょ?」
サダムのために買って来たイカではないのか?
そういえば暫く、ヤムを食っていない。
ヤムと言われたら食いたくなった。
今日はイカの他にカニボコと自家製チキンソーセイジも加えた。
サダムちゃんごめんね。君のイカとカニボコを食っちゃった。
カニボコが入ると見た目がいい。寿司だねにカニボコを使うほどカニボコはタイ人が大好きな食べ物だ。
ソーセイジも甘辛いドレッシングと合っている。

ヤムプラムックは彩りも綺麗だし、甘味、辛味がほどよく調和して
いるなんて今は思う。昔は辛い、辛いと言いながら食っていた。
「辛いけどうまいな」なんて思っていた。
多分、今日の味も辛いのだろう。辛味ボケになっているから辛さが
わからない。

2009/10/1

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目玉焼きのタイ風食べ方

目玉焼きの食べ方にもタイ風の食べ方がある。
俺達の場合、目玉焼きに塩をかけて食う。
これがタイ人になると醤油に似た調味料をかけながら食う。
その調味料がないから昆布つゆで代用することにした。
昆布つゆをかけても美味しい。
俺は辛味がほしくなりタバスコソースをかけようかなと思っていた
その時、ヌチャナートが
「生唐辛子、いるでしょ?」と言う。
「うん」
やはり、タイ人は唐辛子がないとダメなんだ。
俺もタイぼけしているからかな?タバスコソースをかけようと思って
いたところだ。液体調味料かけて唐辛子と一緒に食べるのが目玉
焼きのタイ風食べ方だ。
こんな食べ方は日本人にはちょっと無理だろうな。

生唐辛子の食べ方もいろいろある。目玉焼きと食べる場合、どう
やって生唐辛子を食べるのか興味が
あった。
唐辛子を刻んでナンプラにいれる?
ニンニクと叩き潰して持ってくる?

俺は冷凍庫の生唐辛子を出してくるのだと思った。
ヌチャナートはベランダへ行き、鉢植えの唐辛子を一つ摘んで洗い
もしないで唐辛子を二つに折って
目玉焼きの上に乗せた。
何も手を加えずに唐辛子をそのまま食べるのだ。
「生の唐辛子は美味しいわよ。」
うん、たしかに新鮮な唐辛子の香りはいい。
取立ての唐辛子の皮は張りがあって噛み心地もいい。
目玉焼きのタイ風食べ方を楽しんでいた時、ヌチャナートが言った。

「日本の唐辛子は辛くないわ」
そうかな?食ってみると、やはり辛い。これはタイの唐辛子のはず
だ。ウチには二種類の唐辛子がある。
大粒の唐辛子と小粒の唐辛子だ。園芸店で買った唐辛子の苗が
育った物。多分これが小粒の唐辛子だ。
タイの食材店で買った唐辛子からこぼれた種を蒔いたら、その種が
発芽して育った奴もある。大粒の唐辛子はタイの種が育った物だと
思う。タイの種でも日本の土壌で育つと辛味がなくなるのかな?
俺にはタイの唐辛子と変わらない辛さに見えるが・・・・
ヌチャナートの偏見かな?

2009/10/2

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ウチの菜園

最近、キッチン菜園が流行っている。ウチもやっている。
キッチンではやらないがベランダに鉢をおいていろいろなものを植え
ている。今、盛んに育っているのは唐辛子だ。
これが赤くなると綺麗なんだが、ヌチャナートは青いものを摘んで
食べてしまう。唐辛子の葉も当然のように食べる。
唐辛子の葉の佃煮、葉唐辛子は俺は子供の頃から好きだった。

苦瓜も植えてある。鉢植えの苦瓜だから大きな実はできない。
小型の実が美味しいと喜んでいる。そんな小型の苦瓜を売っている
八百屋があった。その話をすると
「あら、どうして買って来なかったの?」と言われた。
大きな苦瓜より、小型の方が美味しいらしい。
苦瓜の葉も当然のように食べる。葉がないから実は大きく育たない。
こんな小さな実だが、そのままにしておくと黄色からオレンジ色に
なり爆発する。

空芯菜のもやしがあった。その根の部分を植えておいたら育った。
茎と葉を切って食べた。根を残しておいたから、また葉が出てきて
大きくなった。二回ほど食べたら、ヌチャナートは空芯菜を掘り起こ
して捨ててしまった。

先日買ったパクチーには根がついていたのでそれも植えてみた。
はたして根付くだろうか?

パクチーラオにも根がついていたので植えておいたら、根付いて小さ
な葉がでている。

園芸店で買ったレモングラスも元気だ。
株分けをするとぐんぐん伸びる。レモングラスは何度も冬を越して
いるから霜にも強いことがわかっている。
飼い猫のサダムはレモングラスが大好きだ。他の香草は齧らない
がレモングラスを齧る。お洒落をするために?猫は毛並みを整える。
すると抜け毛が胃袋に入る。抜け毛を取り出すために猫は草を
食べるそうだ。サダムがレモングラスを食べだしたなら、ゲッゲッと
やるから要注意だ。

スイートバジルを貰った。この葉を料理に使ったあと、茎を挿して
おいた。すると、これも根付いて葉を伸ばしている。
貰った時は茎は赤い。これが根が出て土から養分を吸うようになる
と茎は緑色になる。
画面の左に赤い茎がある。これはまだ根付いていない。
右側には葉が出た緑の茎がある。こっちは完全に根付いている。
だんだん寒くなって霜が降りる。はたしてスイートバジルは冬を越せ
るかな?

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ニンニクやタイの紫玉ネギを植えたこともある。
新鮮な香草がベランダで手に入る。
タイの田舎ではちょっとその辺を歩いて香草や野草などを摘んで
きて食べる。そんな生活を思い出すのだろうか、ヌチャナートは香草
を摘んではいつも嬉しそうに笑う。

2009/10/2

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2009年9月30日 (水)

ニンニクのべとべと

ニンニクの薄皮を剥くのは面倒だ。
とにかく剥きづらいし、手にニンニクのにおいがつく。
俺はニンニクの薄皮を剥くのは苦手だが、ヌチャナートは素早く剥く。
薄皮を剥いていると、ニンニクの表面からべとべとした液が出る。
このべとべとした液が手につくと不快だが、その利用法をテレビで
見た。

ベトナムだかタイ、あるいはミャンマーだったかもしれない。
寺に行き、仏様に捧げる蓮の花や線香を求める。
すると二センチ四方ほどの小さな紙切れがついてくる。
紙切れは二枚の紙が合わさっており、間に金箔が挟まっている。
もちろん本物の金だ。この金を金額にすると何バーツになるの
だろう?多分十分の一バーツ程度だろう。

俺が子供の頃、「狸の金玉八畳敷き」と意味も分からず言っていた。
これは嘘だか本当だかわからないが、学校の先生がこんなことを
言った。
「金一匁を狸の皮に挟む。それを小槌で叩くと八畳ほどの大きさに
広がる。だから狸の金玉八畳敷きと言うのだ!」
そのくらい金は薄く延ばせるという話だった。
一匁ではなくあるいは一グラムといったかもしれない。
でもあの当時は尺貫法を使っていたから匁が正しいかもしれない。
一匁つまり3.75グラムの金を叩くと畳み八枚分にまで薄く広がるの
が正しいとしよう。
これから仏様に捧げる2X2㌢の金箔の値段が計算できる。

この金箔を仏像に貼るのだ。貼ると言っても仏像の上にそっと金箔
を下にして紙を乗せるだけだ。その後は、紙の上から金箔をこする。
もういいかなと思って紙を剥がすのだが金箔はなかなか仏像の上
に乗り移らない。幾ら一生懸命に金箔を仏像にこすり付けても金箔
は直ぐに剥がれる。
金箔を貼り付ける前に、ニンニクを仏像にこすり付ける。
ニンニクからべとべとの液がでる。これが接着剤の役目をはたして
金箔を仏像に綺麗に貼り付けることができると言うのだ。

日本の禅寺では葷酒山門に入るを禁ずと言う。
ニンニクや葱のような香りの強い物や酒を境内へ持ち込むことを
禁じている。しかし東南アジアの仏様はニンニクをこすり付けられ
ても文句を言わない。
タイの料理にはニンニクを沢山使う。そんな料理をお坊さんに届け
ている。ニンニクが入った料理を寺に持ち込んではいけないと言った
なら、タイのお坊さんは食い物がなくなってしまう。
だから仏像にニンニクをこすり付けても文句を言わない?
そんなことはないと思う。

そう言えば俺はタイの寺でニンニクを使っているのを見たことがない。
もしかすると俺の記憶違いかもしれないと思い直した。
俺が見たのは大きな神聖な岩でその岩に金箔を貼り付けて幸運を
祈っていたのかもしれない。金箔を仏像だか神聖な岩に貼り付ける
時にニンニクのべとべとを使うのは事実だ。
ニンニクのべとべとのこんな使い方があるのだと興味を持った。

2009/9/30

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ニンニクの薄皮

俺達はニンニクの薄皮を丁寧に剥く。
タイ人はニンニクの薄皮を丁寧に剥かない。
時々、料理を食っていると紙かプラスチックのような物が口に入る。
何だと思って口から取り出すとニンニクの薄皮だ。

タイで飯を食っていた。その時、口の中に異物を感じた。
ポリ袋の切れ端のような感じだった。
多分、俺は不愉快な顔をしていたのだろう。
「なんだこれは?」と口に出していたのかもしれない。
周囲のタイ人が何だか心配そうな顔をして俺を見ている。
タイ人の一人が俺が口から取り出した物を見た。
「ニンニクよ。なんでもないわ」
俺が不愉快な顔をしているのを見て皆が笑った。
ニンニクの皮なんて無害なのに、なんであんな不愉快な顔をしている
んだ?タイ人には俺の反応が理解できない。
日本のレストランで、もしニンニクの皮が料理に入っていたなら猛烈
な抗議をうける。
「不衛生だ!もうこんな店に来ない!」
なんて間違いなく客が言う。

ヌチャナートの料理にも時々ニンニクの皮が入っている。
俺が文句を言っても無視されるから、最近は黙ってニンニクの皮を
皿の横に置いている。おなじニンニクの皮なのにどうしてタイ人と
日本人ではこれほど大きな反応の差があるのだろう。

2009/9/30

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コアヌア 牛肉の煮物

この肉をどうやって食べたいか聞かれた。
聞かれたって俺は困る。
大きな塊なら、ローストビーフにすることもできる。
俺ん家にはローストするような柔らかな牛肉の大きな塊はない。
薄切り肉だから、炒めるか煮るしか料理法はない。
「炒める」と言えば、「野菜は何にするか」と更に聞かれる。
咄嗟に思いついたのはパッカパオという料理だ。
「パッカパオ!」
「パッカパオは油を使うわよ」
減量しなくてはいけないのだ。油を食うとメタボになる。
油は避けなくてはいけない。
「煮た物にしない?」
考えるのもめんどうだ。
牛の薄切り肉を煮てもらうことにした。

何処から手に入れるのか知らないが友達がホーラパーを沢山届け
てくれた。ヌチャナートはホーラパーの葉を千切った。
俺は残されたホーラパーの茎を鉢に植えた。
うまいこといけば、根付いて新しい葉がでてくる。
既に何本も根付いた物がある。葉が出ると食べちゃうので、幾ら
根付いたものでも枯れる恐れがある
。こうやって常に新しい物を
用意しておく必要がある。

香草をポクポクと叩いて潰している。
近所迷惑だがこうしないと、タイ料理はできない。
出来た料理がこれだ。

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2009/9/29

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2009年9月29日 (火)

美食ってなにか

俺は出されたものは基本的に何でも食う。今は毎日タイ料理を食べ
ているが、子供の頃から日本的な食事を摂っていたので、食の好み
は日本人
的傾向はある。
納豆やイカの塩辛なんて日本的食品は大好きだ。
食の好みは子供の頃に食っていた物に大きく影響される。
昆虫食はタイでは普通のことだが、日本ではゲテモノだ。
そんな物は食い物と思っていないから昆虫を食べるにはちょっと
勇気がいる。これは日本人的食歴が長いから昆虫食を気持ち悪い
と思う。子供の頃から周囲の人々が昆虫を食べているので、タイ人
は昆虫は食べ物だと思っている。

何でも食うと言ったものの、俺にも食べ物の好き嫌いはある。
例えば煮魚は余り好まない。あの魚独特な生臭いにおいが嫌いだ。
どうしても食いたくない物もある。
海老を醗酵させたタイの調味料ガピはあのにおいがダメだ。
「それじゃガピは絶対に受け入れないのか?」と思うが、そうでもな
い。食の好みは複雑だから面白い。

こんな経験をタイでした。小さな茶色の粒々がある飯を出された。
見た目は紫蘇の葉のふりかけ「ゆかり」をまぶした感じだ。
なんだか特有なにおいがあるが、美味い飯だった。
「この美味い飯はなんだ?」と聞いたら、飯を炒めて俺が嫌いなガピ
で味付けしたものだと言う。あんなくさいガピを美味いと思って食え
ることを知り驚いたことがある。

味って時間や場所でも変化する。
ある時、美味いと思ったラーメンを求めて再びその店に行くと
「なんでこの味を美味いと思ったのだ
?」と不思議に思うことがある。
これに似た経験は誰でも持っている。

作家吉村昭の本をふと手にして読んでいくと味に関する随筆が
あった。「基本的に食物の味は、絶対というものがない。個人差が
あり、多分にその人の親しんだ味が基準になっている。」と書いて
あった。
そうなんだよな。美食家という奴が美味いと推奨するものを食っても
感激の味に出会うことが少ない

美食家が美味いと思ったものを、言葉巧みに他人に押し付けている
からこんなことになる。また美食家のお言葉を有りがたがって信奉
する輩がいるからいけない。美食家が比内鶏が美味いと言った。
卵を産まなくなった廃鶏を比内鶏と偽って金儲けした業者がいた

比内鶏と言われただけで廃鶏を「美味い、美味い」と食っていた
連中がいたんだよね。
不正表示をする業者は悪人だが、廃鶏と比内鶏の区別がつかない
消費者も愚かだ。味はブランドで決まるもんじゃない。
美味いとか不味いとか決めるのは個人なんだ。
美食家と称される奴の話は「ありゃアイツの好みだよ」程度に思え
ば良い。

味の好みは習慣にもよる。アメリカ占領下にあった沖縄ではアメリカ
風のマヨネーズしか手に入らな
かった。沖縄ではマヨネーズと言え
ばアメリカ風の味付けのものだ。沖縄県育ちの人は、
「本土のマヨネーズは酢が強すぎて、とても使えない」と、ロをそろえ
て言うと
吉村は書いている。
俺はアメリカ風のマヨネーズは迫力がなくて物足りない。

「人間誰しも出された料理が不味いと思うことがある。そんな時は
黙っている。美味いと思ったなら素直に美味いと言えば良い。」と
吉村は書いている。
そうだよな。俺が不味いと思ってもそれを作ってくれた人には美味し
い味なんだし、俺のために一生
懸命に作ってくれたんだ。
それを一言で不味いと言ってはいけないと俺も思う。

タイの田舎での経験だ。二日酔いの朝だったかな?
俺はカオツムなら食べると言った。
女が「あたしが作ってあげる」と言ってカオツムを作ってくれた。
冷や飯にお湯をかけて塩を入れただけみたいで、実に不味かった。
でもそれを全部食べた。もしあの時、「不味い」と言ったなら彼女は
もう俺のために絶対に料理を作ってくれない。

吉村の月給が手取り4万円程度の時の話だ。あるフランス料理店
でフルコースで食事をすると一人二
万円かかった。
有名な女料理研究家が家族三人で月に何度かその店に食事に行く
と自慢していた。彼
女の家族の一回分の食事代が八万円だ。
吉村の給料の二か月分に相当する。
それを誇らしげに述べる彼女に吉村は不快感を示していた。

ハンバーグが一人前500円程度の時代だった。ある美食家が美味
いハンバーグの店を紹介していた。吉村の友人がその店に行った
ら、一人前5千円取られたと驚いていた。
そんな話を吉村は書いていた。
5千円のハンバーグは500円のハンバーグより10倍美味しいのか?
その10倍の値段の差を味の上で違いを見つけることが出来ただろ
うか俺は疑問だ。
味の違いを見つけて、その差を金銭的価値に換算して10倍に
なるか?そんなことを考える人は500円のハンバーグを食っていれ
ば良いと5千円のハンバーグを売る店は言う
だろうな。

吉村はうまいと思うと嬉しくなって笑い出すそうだ。
俺は美味いと思うと、もう夢中で食ってしまう。
話もしないし酒も飲まない。ひたすら食う。
テレビのグルメ番組の出演者のように、首を後ろに倒して「うまい」
なんて言わない。美味い物に接した時は、もっと食いたいと思うから
俺の首は自然に前に垂れる。

吉村の観察によると、「美食家は決して笑わない。ベートーベンの
ような深刻な顔をして味わってい
る。また、そのような人は、うまい
物なら金銭など惜しまず食べる。むろん代金の高さなど誇るよう

ことはなく、無視している。」そうだ。
旨い物を食うのは楽しくて、嬉しくて快適なんだ。喜ばなくてはいけ
ない。苦虫を噛み潰したような顔をしながら食っても美味しくないと
思う。

吉村は「全く味などというものは人それぞれであり、環境、時間に
よってどうとも感じられる不確か
なものらしい。」と述べている。
俺もそう思う。同じ物を食ってもいつも美味いと感じるとは限らない。
食事は楽しむことが大切なんだ。
他人が美味いと言ったとしても、美味いと感じないことも多々ある。

美味と値段は正比例しない。時と場所によって味の感じ方は変わる。
食歴によっても味の好みは異なる。
自分が美味いと思ったものを「美味い」と主張することが大切だ。
グルメと称する人がテレビや雑誌で美味いと言ったものを食って
本当に美味いと思ったことあるか?近所の朝日食堂のハンバーグ
と高級フランス料理店マキシムドマルセイユなんて店のハンバーグ
に差
を見出せるか?

俺はグルメとか美食家を批判するようなことを書いている。
だが本当に味に敏感な人がいることを俺は知っている。
そんな人は細かな味の違い、香りの違いを見分けることができる。
美食家が美味いと言った物が美味い料理ではない。
俺が美味いと思った料理が俺にとって美味い料理なんだ。
誰がなんと言おうとも、俺が美味いと思った料理をのびのびと楽しく
食べることが一番大切だ。

美味いと定評があった店で、前の客が手をつけなかった料理を次の
客にだして倒産した店があったな
。今日も有名店の料理で食中毒を
起こしたニュースがのっている。
どんなに旨い物でも他人の食べ残しを食べるのは気分が悪い。
まして食中毒を起こすような店で食事をしたくない。

2009/9/29

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茄子のタイ料理

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茄子を炒めてオイスターソースで味付けした。
香り付けにホーラパーが入っている。
黙って食べる。
俺が黙って食べている時はお気に入りだとヌチャナートは知ってい
る。黒っぽい料理は美味しそうに見えない。
赤い唐辛子で見掛けの悪さをカバーする。
こうするとエキゾチックな料理に見えてくる。
この料理なら初めてタイ料理を食べる人でも受け入れるだろう。
もう俺にはこれが日本人にとって辛い料理かどうかわからなくなって
いる。多分、これはピリ辛ないしは辛い料理と日本人は思うだろうな。

2009/9/28

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2009年9月28日 (月)

カンタンと国民性

カンタンの虫の音がラジオから流れて来た。
「この虫、タイにもいるかい?」
「いるわよ。地面にいるんでしょ?」
もしかすると勘違いしているなと思いながら話を進めた。
「タイ語ではなんて言うの?」
「チンリートよ」
それはこおろぎじゃないか?
辞書で調べるとやはりこおろぎだった。
インターネットでカンタンの写真を見つけた。
それをヌチャナートに見せると、タイにもカンタンはいるとのこと。

日本人がカンタンを飼うのはその鳴き声が綺麗だからだ。
美しい鳴き声を聞くためにカンタンを飼うのが日本人だ。
鳴く虫を売る虫屋という商売が日本にはあった。
それは捕まえるのが困難で数が少ないからこおろぎや鈴虫に比べ
てカンタンは高価だった。

日本にあってタイにない商売を教えてくれとタイ人に頼まれている
のを思い出した。昆虫を虫かごにいれて売っているのをタイで見た
ことがない。カンタンの鳴き声を愛でるためにタイで売ることができ
ないかと考えた。
美しい音は誰でも好むから、タイ人も好むはずだと単純に考えた。

「カンタンをタイで売れないかな?」
「売ってるわよ。」
「・・・・・」
「油があって美味しいのよ」
カンタンはタイでは食い物なんだ。
これを鳴き声を愛でようなんて考えた俺は馬鹿だった。
虫はタイでは食べ物なんだ。

2009/9/27

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2009年9月27日 (日)

ソーセイジのタイ的食べ方

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ソーセイジは既に熱がかかっているから、日本人は買ってきたもの
をそのまま食べることがある。
店で買ったウインナーをそのまま食べている日本人がいた。
それを見た白人の女がさも気持ち悪そうに
「あの日本人はソーセイジをそのまま食べているわよ」
と言っていた。白人の常識からみるとこの食べ方は異常なんだ。

こんなソーセイジがあった。俺が串をもってそのまま食べるのを見て
ヌチャナートは「あら、焼いて食べる物よ」と驚いていた。
ヌチャナートは白人の女と同じようにソーセイジは加熱して食べるの
が当たり前だと思っているのがわかる。
タイの衛生状態から考えると、一度加熱してあるソーセイジも食べる
前に熱をかけないと危険だ。
加熱することがタイでは習慣になっている。
俺だってタイでこれを食べる時は加熱してから食べる。
腹を壊すのが恐くて、加熱しないでこのままは食べない。

今日は手抜き料理だ。ソーセイジをグリルで焼いただけだ。
普通の日本人は焼いただけで食べるだろう。
ヌチャナートはこれにレモンの汁をかける。そうすると味がしまる。
「あら美味しいわよ」
まあここまでは普通の日本人の食べ方とそれほど違わない。
「胡瓜、食べる?」
「うん」
タイでソーセイジを求めると必ず胡瓜が一緒にでてくる。
胡瓜と一緒に生姜と生唐辛子がでている。
これがソーセイジのタイ的食べ方だ。
ソーセイジと生の胡瓜の組み合わせはいいよ。

2009/9/27

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ゲンマラゴー パパイヤカレー

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この料理をタイ語でゲンマラゴーと呼んでいた。
パパイヤカレーと言えばよいかな?
カレーと言うとどうしてもインドカレーの黄色を思い出す。
黄色ではないからパパイヤシチュウと言ってもよさそうだ。
でもパパイヤカレーと呼んだ方が美味しそうに聞こえるし、親しみ
やすいからシチュウではなくてカ
レーと呼ぶことにした。

最近は沖縄からパパイヤが送られてくるので、パパイヤの値段が
下がっている。
「もうタイから飛行機で取り寄せないのね。安くていいわ」
ヌチャナートはパパイヤの値下がりを喜んでいる。
多分、沖縄のパパイヤも飛行機で送られてくるのだろうが、黙って
いた。

沖縄から送られてくるパパイヤは変形したボールか空気が抜け
かかった風船のような形をしている。
タイで見るパパイヤは糸瓜の
ように細長くて大きい。ヌチャナートは沖縄のパパイヤを文句も言わ
ずに食べているのが俺には不思議に思えた。
多くの民族
は自国産の物が美味しくて、他国から輸入されたものは
美味しくないという。例えばタイもイランも
インディカ種の米を食べる。
ある時、イランは米の不作でタイから米を輸入した。
イラン人はタイ米
を不味いと言っていた。
このようなことを幾つも経験しているので、沖縄のパパイヤは不味い
とか、柔らかいとか硬いとか苦
言をていするのが普通だと思ってい
る俺には、何も言わないヌチャナートが不思議だ。
それとも、こ
れしかないと諦めているのかな?
そうだとすると可哀相な話だ。

沖縄のパパイヤで大好きなソムタムを作って食べた残りのパパイヤ
でゲンマラゴーを作って俺に食べ
させる。
パクチーは根ごと入っている。日本人の感覚では根は捨てるものだ。
しかしタイではパクチーの根は食べるものだ。
さっぱりして美味いと思って食べていると、辛みで汗が出てくる。

2009/9/27

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