耕運機トラック
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観光案内所で貰ったパンフレットの中に書いてあった寺だ。ウエブにもこの
寺のことが書いてあったから出かけてみることにした。
こんな寺がこんな場所にあるなんて地元の人も知らない。
似た名前のワットサラロイなら誰でも知っている。
「ワットサラトング?知らないな。」
地元の人が知らないのに、何故俺が知っているのか不思議そうだ。
「インターネットで調べているから知っているのよ」なんてヌチャナートが言う。
高等教育を受けたタイ人は別だろうが、多くのタイ人は寺のようなものに
興味を示さない。クメール時代の遺跡でも、崩壊した石の集まりとしか見ない。
自分達の文化、歴史に興味を持つタイ人はいない。
彼等が興味を示すのは遺跡や寺の周辺で飯を食う時だけだ。
大人がそんな態度だから、子供も詰まらなさそうに俺に付いて来る。
「君たちが将来、外国に行く。外国人に会う。外国人はタイってどんな国?
と聞く。これを見ないと、タイがどんな国だか答えられないだろう」
それを聞いて、一人の子供がしゃんとした。すると他の子供もしゃんとした。
昔はこのあたりも深いジャングルだったが、今は開発の波をうけて町と家並
みが続いている。
大きな白いパゴダがある。その中に金色のパゴダがある。
二重のパゴダというのも珍しい。
大きなパゴダの内部にはいろいろな仏像が祀られていた。
以前から気になっていた寺だ。見に行く機会ができてよかった。
2010/5/17
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町を建設すると町の中央に柱を建てる。そして町の繁栄と安全を祈願する。
この町にも柱が建っているが、それほど多くの人が参拝に来ない。
柱が建っている一角の壁にはタイの生活を描いたタイルがある。
なかなか立派な物だが、それほど注目を集めていない。
夕方、柱のある場所に通りかかると昼間とは様子が違う。参拝する人も
増えている。
女達が茣蓙を敷いて座っている。各自が小さな箱を持っている。
そして化粧を始めた。彼女達はここで客待ちをするのかな?
どのようにして商売が成り立つのか興味があった。
あの箱の中には酒やつまみが入っているのではないか?
酒を飲みながら商談をし、交渉がまとまると近くのホテルに・・・俺はいろい
ろと想像を巡らせた。
表向きは酒を売っているが、本当の商売は肉体労働なんだろう。
だから念入りに化粧をするのだ。
思い込みというのは怖ろしい物で、俺はそう信じて疑わなかった。
もう少し時間を潰してから戻って見ると、男もおり、男も化粧をし始めた。
「あれれ?男娼もいるのだ!」意外な展開に俺は戸惑った。
奴等は一向に商売を始める気配がない。
もう一度時間を潰して戻ってみると舞台衣装に冠などを被っている。
「ああ、リケーが始まるのだ」やっと事態を正確に把握した。
リケーというのはアラビアから伝来したお笑い芸能だ。
従って服装もアラビア風になっている。
幕に描かれた柱も、ペルシャ、アラビア、ギリシャ風であってタイの仏教寺院
の柱ではない。
まずは全員でご挨拶というところだ。
大抵、一人の小柄の男が入っていて、間抜け役を演じる。
間抜けだと思わせておいて、鋭い口上で満場を笑わせる大切な役柄だ。
全てタイ語で進むのだが、なんとなくストーリーはわかる。
どうやらこのおばさんは「ウチの大切な娘を傷つけてどうしてくれるのよ!」
と怒っているらしい。そのうち男同士の決闘になる。
もっと見ていたかったが、家の者が心配するので帰宅することにした。
俺たちにはわからないが、タイの田舎の夜は危険らしい。
暗い夜道を歩く人はいない。トクトクに乗って帰ることにした。
2010/5/17
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町を歩いていたら食品用機械を取扱っている店があった。
多くの機械はその用途が分かったが、この機械は何に使うのか分からな
かった。丸い木製のたわしのような物がついており、釘が刺さっている。
それが回転する。俺は想像を働かせたが、これを何に使うのか分から
ない。店の者にこの機械の用途を聞いた。
ココナッツの実の内側には白くて厚いココナッツの果肉がついている。
この果肉は脂を含んでおり、美味いので色々なものに使う。
ジャガイモの皮むきの先端をギザギザにした道具がある。
そんな道具を使って少量の場合は手で引っ掻いて果肉を取り出せば良い。
これが大量になるとそんな道具で果肉を引っ掻いていられない。
そんな場合にこの機械を使う。
2010/5/19
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初めて豚の頭を市場で売っているのを見た時、タイ人はゲテモノ食いだから
こんな物まで食うのだと誤解した。勇気を出して食ってみようと思った。
食って見ると、豚のカシラ肉は美味い。カシラ肉を食うのになんの勇気も
必要ない。日本人の感覚からすると、このように大きな頭がデーンと出てい
ると気持ち悪い。
豚の頭をタイ人は宗教的儀式に使うようだ。
宝籤に当たった人が、ピー(土着信仰のお化け、八百万の神)に捧げると
言って豚の頭にお線香を載せていた。地元で信仰されているヤーモーに豚
の頭を捧げてから大事そうに持ち帰るのを見た。
俺はカシラ肉として綺麗に肉にされたものしか知らないので、タイ人がこの
頭をどのように食べるのか知らない。
まさかこのまま齧るのではないだろう。皮が硬くて噛み切れるものではない。
皮を剥いで赤肉を食べるのだろう。耳は耳で用途がある。
剥いだ皮も無駄にしない。ちゃんと食べてしまう。
豚の頭はタイ人にとって大切な儀式用の食べ物なんだ。
2010/4/30
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昔からタイには日本語の看板が多い。なかには意味不明の日本語もある。
「このタバコあります」の看板はまともだ。そしてあちことでこの看板を見か
ける。そんなに日本人がいる町ではないが、日本語で看板を作るところが
面白い。
ホットポットという名前のレストランにあった看板だ。読むのがイヤになる
日本語だ。日本料理屋の看板みたいだが日本と全く関係ない。
これは子供のノートなんだが、なんで「こいにおちる。ひとめぼれ」なんだ
よ!全くわけがわからない。
タイの百円ショップと言えばいいような店の袋だ。
「やすいやすい」と書いてある。富士山と桃太郎みたいな子供がちょっと気
になる。
なんじゃこの「をげんきですか」というのは!?
「を」と書いてあるから、この前に何か日本語があるのかと思った。
何処を見ても何も書いてない。「を」と「お」の区別がつかないだけだ。
2010/5/19
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水道水を飲んだり、食事に使うのは日本では普通のことだ。
しかしタイでは水道水は洗濯、洗浄用に使うだけで飲用にはしない。
昔、読んだ話だが、バンコックでは市民が勝手に水道の本管に水道菅を
接続している。工事が雑だから継ぎ目から汚い水が本管に入り込み水道
水が汚染されている。この話が本当か嘘かわからないが、水道水は飲む
ものではないという考えが定着している。
飲料水は当然、買うことになる。それじゃ飲料水を造る工場があるはず
だ。町を歩いていたら、飲料水の工場があった。
タンクの口を殺菌剤で消毒し、洗浄してから20リッタのポリタンクに飲料
水を詰めていた。
俺が長いこと、その作業を見ていたので、工場の者がやってきた。
「なんでしょうか?」
「ちょっと見ているだけです。水は地下水なんでしょうか?」
「いや、市の水を使っています」
こんな都心で地下水をとると化学物質に汚染された水がでるかもしれない。
市の水道水の方が安心かな?
「殺菌はどうしてます?」
「薬品と紫外線で殺菌しています。」
この工場では出荷時点で細菌検査や化学試験をやっているだろうから、
出荷時点では安心して飲める。
安心して飲める水もその後の取り扱いがいけない。
保温タンクに水と氷を入れる。水はいつも冷たい。
保温タンクに蛇口がついていても、水を飲むコップは一個しかなく、皆が
共用する。そのコップを洗うのを見たことがない。
蛇口がついていない保温タンクの場合、コップでタンクの水をすくって飲
む。前の人の唾液がついている可能性がある。コップは保温タンクの蓋
に乗せてあるから埃をかぶっている。
製氷工場からでた氷も飲料水と同じように清潔だろう。その後の氷の取扱
が不適切で氷が汚れている。汚れた氷を入れるから保温タンクの中を見
ると、底にゴミがたまっているが気にする人はいない。
2010/5/14
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この寺には地獄の様子を描いた人形がある。
怖ろしいと言えば怖ろしいのだが、人形が滑稽なんだ。
もしこれがリアルに描いてあったなら、怖ろしくて誰もこんな場所に来ない。
この世で善行を行わないと、貴方は地獄でこんなめに会いますよという
教えが目的なんだから、これでいい。
人間が串刺しになってBBQにされている。BBQにされた人間を閻魔様
が食べるのかな?なんて余計なことを考える。この世で良い事をしない
とあの世でこんな苦しみを受ける。
これから良い人になりましょうと反省してくれればいいのだ。
地獄に落ちた人を苦しめるのは日本では赤鬼、青鬼となっており、頭に
ツノが生えている。タイの鬼はツノが生えていない。ちょっと悪人風の色の
黒いおじさんが鬼の役を演じている。
そんな所が日本人には滑稽に見えるのだと思う。
こんな滑稽な鬼なのだが、小さな子供がタイの鬼を見て恐がっていた。
子供の想像力の中ではこの鬼も十分に怖ろしい存在なのだろう。
裸の女が木になっている。これもタイの仏教のなかにある話なんだと思う。
大きな蟹に人が食べられるシーンもある。この他にもいろいろな地獄図がある。
なんだか分けの分からない寺だが、面白い。
2010/5/5
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ワットパーラクロイというのは俺が化け物寺と呼んでいる寺だ。
この種の寺はタイには幾つもある。その全てを回って詳細に報告している
サイトがあるから、興味がある人はそちらを見てください。
化け物がでるのではなくて地獄の様子を人形を使って、善行をつまない
と地獄でこんな目にあいますよと教えている仏教教育の場なんだ。
その人形が面白いと言えば面白い、滑稽と言えば滑稽、怖ろしいと言え
ば怖ろしい。この寺に行くには車がないとちょっと不便だ。
それはわかっていたが、あえて公共交通機関を使って行ってみた。
まずナコンラーチャシーマのはずれにある新バスターミル行く。
第二バスターミナルと書いてあるガイドブックもある。タイ語でボコソマイだ。
新バスターミナルでノンタイ経由のバスに乗る。車掌や周囲の乗客に
「ノンタイに着いたら教えてくれるよう」頼んでおく。
なにしろ小さな町なので、教えてもらわないとわからない。
「ノンタイだ。ここで降りろ」と教えられた場所はバスの一時停車場所と勘違
いするような小さなターミナルだ。
俺だって教えられて降りたが、はたして其処がノンタイなのかどうか確信
がない。信用して降りただけだ。走った時間、距離からしてノンタイに
間違いなさそうだ。
こちらが下り方向のバスターミナルだ。俺を降ろしたバスは走り去る。
ワットパーラクロイはノンタイの手前数キロの所にある。
親切な乗客が「ワットパーラクロイに行くなら、ここで降りた方が近いよ」
なんて教えてくれるかもしれない。でも絶対に寺に近い場所でバスを降りて
はいけない。これだけは強調しておく。
国道から寺まで2キロ以上離れており、国道から寺まで交通手段が全くない。
もちろん、人通りなんて皆無だ。30分も歩けばいいだろうが、タイ人でも危険
だと言ってこんな人通りのない道を歩かない。
ノンタイでバスを降りたら、モトサイに「ワットパーラクロイ」と言うと60バーツ
ほどで交渉が成立する。モトサイは今来た道を逆走する。
小さい町だからモトサイで一分も走れば町を通り抜ける。
町を抜けるとこんな光景が続く。
「ワットパーラクロイ」とタイ語で書いた大きな看板があるので、そこを右折
する。この看板は上り方向からしか見えない。
寺に続く道と国道の接点はこんな場所だ。淋しい道でしょ。
だから、ここでバスを降りてはいけないと言ったのがわかるでしょ。
国道からわき道に入ると所々に「ワットパーラクロイ」とタイ語で書いた看板
が立っている。同じ色と雰囲気の看板だからタイ語が読めなくとも目的地に
向かっていることがわかる。
地獄の様子を堪能したら、帰らなくてはいけないが、交通手段がないのは
計算済みだ。この村の中にバイクを持っている人がいるから、その人と
交渉するつもりで寺を出た。寺の外には屋台が出ている。
俺がきょろきょしながら通り過ぎると、屋台の女が声をかけてきた。
「モトサイ?」
「ええ」
女は大きな声で近所の人を呼んだ。
「ナントカ(人の名前)!モトサイの客だよ!」
呼ばれた男はバイクでやってきた。
「何処へ行くの?」
「ノンタイからコラートへ行くんだ」コラートはナコンラーチャシーマの別称だ。
モトサイの値段は60バーツだった。
上りのバスターミナルと下りのバスターミナルは少し離れた所にある。
来た時に降りたバスターミナルから見て国道の反対側にこれまた小さな
バスターミナルがある。緑の垂れ下がったというか半分壊れかかった日除
けがある所がバスターミナルだ。ここで切符を買い、バスを待てば良い。
帰りは終点だから気楽だ。眠っていても大丈夫。
こんな田舎だと、全く英語は通じずタイ語だけだ。
寺に行くには国道を疾走し、誰もいない畑の中の道を走り抜けなくては
いけないから、タイ語がわからず、一人ぼっちだと心細いかもしれないが
寺に着くと楽しい。この話をすると近所のタイ人は呆気にとられる。
タイ人でもこんなことはやらない。
この寺に関する記事をウエブで散見するが、大抵、車で行くことを前提
にしている。公共交通機関を使っても「ワットパーラクロイ」に行けるという
やらなくても良い体験談でした。
2010/5/5
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フランチャイズ制なのか、タイには同じ看板をだした屋台が多い。
これもその一つのようだ。なにやかにやとタイ語が書いてある隣に英語で
米国ミシシッピー州立大学食品科学と書いてある。
その上のタイ語は修士という意味だ。
どうやらこのフランチャイズ屋台の元締めは米国の大学で食品科学の
修士課程を終えたようだ。
なんで屋台に英語を書く必要があるのだ?
またどうして米国に留学したことを宣伝する必要があるのだ?
味に全く関係のない事柄だ。
政府の「清潔な店」の認定証を飾った方が意味が大きいと思うのだが、
ここが日本人と感覚が違うのだな。
米国の大学卒と言うと、水戸黄門様の印籠のような効果があるのだろう
か?タイ語だけの世界だと思っていたら、突然英語が現れたので驚いた。
それに俺から見ると、トンチンカンなので可笑しくなり写真を撮った。
2010/5/11
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ロートタラートがやって来た。ロートタラートというのは車による移動販売で
主に日常の食品、野菜、肉、魚などを扱っている。
「ねぇー、朝食は何を食べる?」
「・・・・・」
「パートンコーにコーヒーでいい?」
「うん」
ヌチャナートはロートタラートに買物に行った。
「パートンコーはなかったわ。カノムパンしかなかったの。
これでいいでしょ?」見るとクロワッサンだった。
「ああ、いいよ」
「今、テレビで宣伝しているのよ」
どうやらクロワッサンが流行っているらしい。
早速クロワッサンを食べてみた。バターがまるで入っていない。
形はクロワッサンだが、味はコッペパンだ。
雑食獣の俺が不味いというのだから、このクロワッサンは相当にまずい
代物だ。
2010/5/17
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トイレの看板は日本もタイも余り大きく変わらない。トイレとタイ文字で書いて
あるが、多くの場合、男女の絵が描かれているので、絵でトイレと言うのが
わかる。
今回見かけたトイレの看板で笑ったのがこの看板だ。もう我慢できなくて
震えている絵だ。男だけだと思ったら女も震えていた。
こんな大きな看板もあったが、タイ文字だけなので外国人にはここにトイレ
があるとは気づかない。
動物が男便所、女便所と書いた看板を持っていた。建物の形からここが
トイレらしいと分かるが、タイ文字だけの看板なのでどちらに行ったらよい
のかタイ文字を読めない人にはわからない。不親切な看板だ。
「綺麗なトイレ」と大書きされたトイレがあった。
看板どおり、綺麗なトイレだった。多くの場合、タイのトイレは何処か
薄汚れている。
タイには看板税という変わった税金がある。よく店の名前の下に例えば
コカコーラの宣伝がついた看板を見かける。コカコーラが無償で看板を
作ってくれて税金もコカコーラが払ってくれる。
店はその代わりにコカコーラを購入する。トイレの看板にコカコーラの
宣伝があった。これもコカコーラが無償で作ったものか?
しかし、店の名前は書いてない。書いてあるのはトイレという言葉だ。
これも看板税の対象になるのかな?
駅やバスターミナルのトイレは有料で3バーツほど取られる。
ここで金を払う。
禁煙の看板が出ている柱の傍でトイレの料金を取っている男がいた。
彼は咥えタバコで仕事をしていた。
2010/5/20
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鶏の足をタイ人はよく食べる。俺は最初はお付き合いで食っていた。
あんなもんは食うもんではないという思い込みがあるから、積極的に食う気
になれなかった。日本人の多くは鶏の足を食べない。
ヌチャナートや彼女のタイ人の友達が美味しいと言いながら食べる。
食いつけると、俺もだんだん美味しいと思うようになった。
よく煮込んで、皮や肉が柔らかくなると、骨も簡単に外れるようになる。
10年ほど前に屋台で白い肉のようなものを見た。
肉らしいのだが、何の肉なのかわからない。
店の人に聞くと、鶏の足の皮を剥いたものだというので驚いた。
おそらくタイのことだから、手で皮を剥いているのだと思う。
鶏の足から皮を剥くのは大変だと思うな。
随分と手間のかかることをやるもんだと感心した。
料理によってはこれが入らないと、料理にならないのか?
豚汁に人参というように、ある料理には鶏の足の皮を必ず入れるのだろう。
2010/5/11
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数年前までは禁煙の看板はバンコックでしか見なかった。禁煙運動はタイ
でも盛んになり、田舎の町の至る所に禁煙の看板がでている。
あるホテルでも客室内は禁煙だった。
「室内は禁煙ですか?」
「ええ、禁煙です。でもベランダで吸うのはかまいません」
誰が罰金を徴収するのか分からないが、2000バーツというのはかなり
高い罰金だ。
看板はこんなタイ文字だらけだから、外国人の俺たちは「分からなかった」
ととぼけるのも可能だが、禁煙のマークは共通だからとぼけるのはちょっ
と苦しいだろう。バンコックの場合、初犯の外国人は注意だけですむと
いう話をウエブで読んだ。旅先で面倒を起こすと、予定が狂ってしまうから、
この看板を見たら、禁煙した方がいい。
禁煙の看板の傍で堂々と煙草を吸っているタイ人を見たことがある。
2010/5/12
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鉄道駅の光景を見るためにバンコックに次ぐ大きな都市のナコンラーチャ
シーマ駅に行った。人々は鉄道よりもバスを利用することが多い。
鉄道は本数が少ないからバスの方が便利だ。
この駅で働く鉄道員の組織が顔写真入りで出されている。大きな立派な駅
なのだが鉄道の利用者が少ないから20名足らずで運営できる。
車椅子を利用している人なんて殆どいないのに、駅には車椅子用の設備
がなされている。車椅子で駅まで来ても、プラットホームから列車に乗り込
めない。プラットホームは線路から30センチほどの高さだ。そこから列車
に乗り込むには更に階段を上らなくてはいけないから、車椅子の人には
無理だ。
切符売り場の雰囲気は日本の田舎の駅にそっくりだ。
写真じゃわからないが、列車は汚れたままだ。列車を洗うことがない。
二等車にはエアコンがあるらしく停車中も扉が閉まっていたが、外側は埃
だらけで汚れている。長時間走ってきた列車は喉が渇いている。
ここでごくごくと水を飲んでいる。
列車が到着すると入口に殺到する。ラッシュアワーを知る日本人から見る
と、実に乗り方が下手糞だ。空いている入口に行って乗り込もうとしない。
トイレもついていて、用便後はタイ式に尻を洗う設備になっている。
車内はこんな感じで、長椅子式のものもある。
車両と車両の間を通り抜けできる。腰の位置に棒があるだけだ。日本の
ように幌で囲っていない。子供が振り落とされる可能性がある。
鉄道警察だってちゃんと組織されいる。ここは鉄道警察が陣取る場所で
売店ではない。でもここには誰もいなかった。駅舎内の事務所にいるのだ
ろう。
列車が到着すると待ち構えていた売り子が列車に殺到する。
水、サラパオ、焼き鳥・・・あらゆるものを売り歩く。
列車に乗り込む売り子もいる。
日本のように当駅名物の駅弁と言った物ではない。町で普通に売っている
ものを駅で売っているだけだ。
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ヌチャナートがイヤリングを手にしながらため息をついた。
「タイの物はダメね。すぐに錆びちゃうのよ。捨てようかしら」
どうやらヌチャナートのお気に入りのイヤリングらしい。
数回、使っただけで金メッキがはげている。
お気に入りだから捨てるのもためらうようだ。
俺は露店のメッキ屋があることを思い出した。
「ちょっと待ちな。大丈夫だよ」
これがメッキ屋なのだが、ペプシを売っているように見えてしまう。
俺はペプシの隣にある、硫酸銅の液や電線に注目し、ここでメッキをして
いるのだと判断していた。色々な薬剤が入った容器がある。
これは塩酸か硫酸か聞いても女は分からないと言う。
「あたし、メッキのやり方はわかるけど、薬の名前は分からないのよ」
薬剤の名前は知らないけど、薬剤の取り扱いはわかっているはずだ。
多分、危険はないだろう。
電源はコンバーターで直流に変えている。ボルテージは不明だ。
預かった品を洗剤で洗い、脂を落とす。次に塩酸で洗い、水洗し・・・前処理
をしてから金メッキを始めた。
「ねぇーサミイ、どうしてこんなお店を知っているの?」
「いつも町を歩いて勉強しているからさ」
「・・・・・・」
勉強と言うと学校で学ぶことだと思っているヌチャナートには俺の言葉は
不可解のようだ。
自分の足で町を歩くといろいろな発見がある。
このメッキ屋も俺の発見の一つだ。
2010/5/18
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ちょっとナコンラーチャシマ刑務所に行ってきた。旧市街のはずれにあるの
だが、今は町が大きくなっており、町の中に刑務所がある感じになっている。
外からしか見ることができないから、中の様子は分からない。
以前、チェンライの刑務所脇を通ったら、鎖を引きずるような音がしていた。
歌声も聞こえた。箒で清掃をするような音も聞こえた。望楼には自動小銃を
構えた看守がいた。ナコンラーチャシマ刑務所も同じかな?
チェンライの時は朝が早かったが、今日は昼過ぎだから清掃もしていない
ようだ。通りに近い建物はいろいろな事務所になっているようで、刑務所
内部の音は外に漏れないのかもしれない。
高い塀が続き、塀の上にはバラ線で作った忍び返しがついている。
望楼があったが、看守は居眠りをしていた。この暑さだもの眠くなるのも
当然だ。俺が刑務所の様子を眺めていると、近所の店の人が
「あそこは捕まった人がいるんだ」と言って両手を手錠で縛られている
ジェスチャーをした。
昔、読んだガイドブックにバンコックの刑務所を訪問する方法が書いて
あった。白人の間では麻薬とかいろいろな犯罪で捕まった同国人を訪問
するのが流行ったらしいのだ。
収監されている人は見世物になるみたいで嫌だと言っていたと思った。
2010/5/14
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数年前にバンコックに百円ショップのダイソーが進出していた。
店に入ると日本で百円で売られている商品がほぼ倍額の60バーツで売られ
ているのを見て驚いた。その後、ダイソーは田舎にも進出している。
なにか小さな物が必要になり田舎のダイソーに入った。
そこには求める品があった。ため息をつきながら、店員に言った。
「日本じゃ、これは30バーツだよ。」
店員もこんな話を何度も聞かされているのでうんざりしている。
誰かがこんな商売を始めると、それを模倣する奴が出てくる。
この店もそんな模倣店の一つだ。
日本=高級品というイメージがタイ人の中に浸透している。
それで扱っている商品は中国製なのだが、店の看板や、買物袋に富士山
や着物をきた子供の絵を描き日本のイメージをだしている。
どれでも20バーツなんて店もあった。
扱っている商品はダイソーと似たり寄ったりの商品だ。
ダイソーも頑張らないとタイ勢力に負けてしまう。
2010/5/14
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庶民の公共交通機関はサムロー、トクトク、タクシー、ソンテウだ。
ソンテウはトラックを改造してベンチを取り付けバスとして運行している。
サムロー、トクトク、タクシーは借りきりだから運賃が高くなるのに、ソンテウ
は乗り合いだから運賃は安い。多分、法律か自主協定で運賃が決められ
ている。ソンテウは大量輸送機関だ。ソンテウが自由に走れば町全体の
交通がスムーズに流れる。
町の中心は人が集まるから、客待ちのサムロー、トクトクが通りに並んで
いる。サムロー、トクトクが道路脇に停まっているので、ソンテウは道路脇
に停めることができない。ソンテウだって商売だから多くの客を乗せたい。
町の中心でできるだけ多くの客を拾いたい。
道路脇にトクトクなどがいるから、ソンテウは道路の中ほどで停まり、
客待ちをする。客待ちをしているソンテウがいるから道路が狭くなり、渋滞
が起こる。こうして悪循環が繰り返される。
行政は考えた。道路の一部からサムロー、トクトクを排除した。
そして其処をソンテウ専用のバス停とした。
こうすることでソンテウは道路の中ほどで停まる必要がなくなり、道幅が
広くなったので渋滞が減った。乗客も安心して歩道からソンテウに乗れ
るようになった。それでも規則を守らないサムローやトクトクがいる。
ある時、警官が出てバス停付近で客待ちをしているサムローやトクトクを
排除していた。
なにもかもが遅れているように見えるタイだが、いろいろと進化、変化して
いる。
2010/4/24
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ワットパーラクロイと言う寺には地獄の様子を描いた人形の他にタイの田舎
の様子を描いた人形もある。
田舎の生活の中に出産の様子を描いたお目出度い人形もある。
妊婦はベッドに寝ている。妊婦の下にコンロのようなものがあり、妊婦の
身体を温めている。熱帯で身体を温めるなんて不思議に思うが、実際に
行われていることだ。カンボジアでも同じように身体を温めるようだ。
テレビ番組の「世界不思議発見」だったかな?
カンボジアのある物を示して、その用途はなにか当てさせていた。
ヌチャナートはすぐに妊婦用の物だとわかったが、テレビの出演者には
なかなか分からなかった。
この写真を見て出産の様子だとすぐに分かるが、妊婦のベッドの下にある
物の用途は言われなければわからない。またそんな物に注目もしないだろう。
2010/5/5
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町で見かけた造花売りだ。日本で見かけることがない花や果物がなって
いる。熱帯の花、熱帯の果物の造花が面白くて写真を撮った。
日本では生花を飾ることが多いが、生花を飾る習慣はタイには余りない。
金持ちの家は別だと思うが、庶民の家では生花を飾っていない。
その代わり、造花は飾っている。
ある病院のロビーに造花が飾ってあった。
見ると、紫陽花とチューリップが同じ鉢に植わっている。
どちらもタイにない花だ。タイ人は綺麗な花だから飾った。
しかしタイ人には花の季節、花の心が分からない。
チューリップが咲くと寒い冬は終わった。春が来たんだと日本人は喜ぶ。
そんな気持ちはタイ人にはわからない。
日本人は造花を飾るにも季節に合わせている。
紫陽花とチューリップが同じ時期に咲く事はないので、俺はこの飾りをみて
落ち着かなかった。
2010/4/28
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「さあ、これから数時間のバスの旅だ。」途中で食事をする休憩があるか
どうか分からない。コンビニで食べ物を買ってバスに乗り込んだ。
バスがターミナルで停まると、食べ物の売り子が乗り込んで来る。
そんなことを知らなかったから、コンビニで食べ物を用意した。
美味しそうな焼き鳥や餅米を売っている。
しかもコンビニで売っている食べ物よりも安かったし美味そうだった。
日本で言えば駅弁のようなもんだ。便利なシステムがタイには出来上
がっている。
日本の駅弁の場合、JRの許可をとって販売する。
タイの場合、そんな小難しいことは言わない。
売り子は勝手にバスに乗り込んでくる。バス会社もそれを拒否しない。
こうすることで食事休憩の時間を取る必要がないので、バス会社にも
メリットがある。乗客も腹が空けば、買うが。欲しくなければ黙っている。
運の良い売り子は、一回乗り込むと殆どを売り切る。
2010/5/6
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日本の家庭には体重計がある。体脂肪なども測定できる体重計でもそれ
ほど高価ではない。タイの庶民は体重計を持っていないが、町中至る所に
有料の体重計がある。
こんな家庭用の体重計を置き、一回一バーツで測定させている。
「こんな物を利用する人がいるのかしら?」と疑問を投げかけている日本
人のウエブがあった。実際に利用する人がいるのです。
コンビニの入口などにあるのがこんな体重計です。
一バーツを入れると賑やかな音楽がなり体重が表示される。
体重計を置いた広告もあった。こちらは無料で体重を測定できる。
体重を測定している人をちょくちょく見かけたから、一日にはかなりの人が
利用するようだ。体重計を利用している人の体型は普通で、太った人が
体重を測定しているのを見たことがない。自分の体重を気にしないから
ますます太っていくのだろう。
服を着たまま測定して、意味があるのだろうかと日本人は考える。
一年中が同じような気候なので、服装が同じだ。
服装の重量は夏冬とも同じだから、服を着たまま測定してもなんら問題
がない。
2010/5/18
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鼠は美味しいらしいが、どうも食べる気になれない。
駅前の朝市場で野鼠を売っていると聞いたが行く機会がなかった。
別の夕市場に出かけた。
人混みの中を歩いていると、若い女が
「この鼠、お幾らですか?」と露天商に聞いているのが聞こえた。
えっ!?鼠?俺が探していた鼠がここにあるのか?
俺は声がした方を見た。
そこには大きな鼠が並んでいた。若い女は嬉しそうに野鼠を買って行った。
俺は食ってみるつもりだったが、いざその姿を見ると食う気になれない。
俺がどうしようか迷っていると、露店のおばさんが俺の顔を見てニヤニヤ
笑っている。写真だけ撮らせてもらって退散した。
ヌチャナートや他のタイ人の話しによると野鼠は食べるが、家鼠は食べ
ないそうだ。それにしても大きな野鼠だ。
2010/5/4
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梅の塩漬けがデパートに売っていた。バーコードから見るとタイなのだが、
これは販売会社がタイであるということだろう。タイの北部の山中に梅は
なっているのか?多分、中国からの輸入品をタイで包装し直して売ってい
ると推定している。
食べてみると塩漬けの梅の味と香りがする。
これを干せば梅干になる。日本から輸入した梅干は高いがこの梅の塩漬
けを乾燥させればタイで自家製の梅干ができるなと一人でほくそ笑んだ。
これが梅だとわかっているが、タイの家族は食べようとしない。
汗をかいて塩分不足になったとき、これを一粒食べるとよい。
この一粒を炊いた飯の上に乗せておくと、飯が腐らないと教えてもタイ人
はやろうとしない。食べ残った飯はすぐに腐る。米なんてタイでは安い
ものだからだろうか?タイ人は腐った飯を簡単に捨ててしまう。
日本では米には神が宿っていると考え、米を大切にする。
竹筒に入れた米粒の音を聞かせると病気が治ると言う信仰まである。
「お百姓さんの苦労を考え、大切にご飯を食べなくてはいけません」
と学校で教える。そのくらい、日本人は米を大切にする。
それに比べてタイ人は米を大切にしない。飯が捨てられているのを見る
といつもため息がでる。
2010/5/15
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ピータンの事をタイ語では「馬のおしっこ卵」と呼ぶ。おそらく、ピータンを作
るのにアルカリ性の物質が必要で、アルカリ性のものとして馬のおしっこを
使ったことからこんな名前になっているのだと思う。
馬のおしっこの中に卵をつけておいたのか、馬のおしっこを含んだ砂、土
の中に卵を埋めたのだろう。それでこんなおかしな名前が出来上がった。
屋台にピータンがあった。
「これっ」とピータンを指差すと屋台の女は了解した。
食材を指定すると「これをどうやって食べるか?」と聞かれる。
焼くとか煮るとか言わなくちゃいけない。そんなこと俺が知るわけがない。
うーんと考えるふりをしていると、「揚げますか?蒸しますか?」なんて店
がいうから俺は適当に「そうだな揚げてくれ」なんて偉そうに言う。
ピータンを指差したが、屋台の女は何も聞かない。多分、調理方法は
ひとつなのだろう?
「ここで食べますか?」とだけ聞く。俺は頷く。
この屋台の女はタイ人には珍しくいつもきびきびと働いている。
しばらく待つと料理がでてきた。
「えっ?これが俺が注文した料理?」
なんだか違うものをだされた気がした。油でさっとあげたバジルの下に
大きな塊がある。その塊を切るとジェリーのような物が出てきた。
ピータンの白身の部分だ。ぷりぷりして美味しい。
黒い部分は黄身だ。ピータンの黄身はアンモニア臭がするものだが、香草
などの香りに隠れてしまいアンモニア臭はない。
馬のおしっこと言う名前が気になるが、料理としてはうまい。
「この料理、好きだよ」
「美味しいでしょ?」
「うん、美味しいよ」
店の女は嬉しそうに大きく笑った。笑顔が可愛い女だ。
2010/5/9
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デパートに入った時は通常と変わらなかった。
最新のニュースを知るために英字紙を買い、食堂で新聞を読みながら時間
を潰した。そしてデパートからでると町の様子が一変していた。
町の騒音が消えている。人通りが減っている。大勢の警官が集まっている。
今日はこれからタクシン派が集会を開くようだ。
彼等は赤シャツを着ている。
一人の警官が話しかけてきたので、「今日はなにがあるのか?」聞いた。
やはりタクシン派の集会がこれから開かれる。彼等の対抗派は黄色の
シャツを着ている。
赤シャツ軍団と黄シャツ軍団の衝突を防止するのが警官の任務らしい。
もともと好奇心がつよい俺だ。まだ集会は始まっていない。危険性は低い。
赤シャツ軍団の幹部が座るテントの下へ行くと冷やした水を
「どうぞ、どうぞ」と言ってくれた。喉が渇いていたので、水を貰って飲んだ。
単純な俺はもうそれだけで赤シャツ軍団は良い人たちだと思ってしまう。
2010/4/25
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国道に立ってバスがやってくるのを待っていた。
40キロほど離れた二つの町を結ぶ中距離バスがやって来た。
早速バスを停めて乗り込んだ。
しばらく走るとバスは停まった。なんでこんな所でバスは停まるのだ?
乗る人も降りる人もいないじゃないか?
車掌が降りて行き、この店の店先にある機械にタイムカードを差し込んだ。
二人の人物の右に青い壺があり、その隣に金色の物がある。
写真じゃ分かりにくいが金色の隣に四角い物がある。それがタイムカー
ドを入れる機械だ。
彼等はこうやって運行管理、時間の管理をやっている。
日本ならGPSでどの車が何処を何キロの速度で走行しているのか瞬時
に分かる。
タイのバス運行会社にGPSが導入されるのもまもなくだろう。
2010/5/6
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日本の交差点では最低4本の信号機が立っている。都心の場合、合計8本
の信号機が立っていることもある。タイの場合、交差点に4本の信号機が
立っていればよい方で、交差点の中心に信号機が一個なんてこともある。
これでは信号を見落とす可能性がある。
ここは信号機が4本立っている、交差点だ。
信号機は上から赤、橙、緑と決まっているのだが、赤信号も長い年月熱帯
の太陽に照らされていると自然に褪色する。いつしか赤が橙に近い色に
なっている。俺のデジカメの色再現性が悪いのではない。
赤だか橙だか分からない色になっている。
赤か橙か区別するには点灯している場所で区別するしかない。
上なら赤、中なら橙だ。
こっちが赤信号だ。
そしてこっちが橙信号だ。どちらも同じ色に見える。
2010/5/17
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なんでこんなにも寿司が売れているのか分からないが、タイは寿司ブーム
だ。しかも高価だ。タイラーメンを屋台で食べると一杯25-30バーツだ。
小さな海苔巻きは青空市場の安い店で一個5バーツ、デパートなどでは
10バーツ以上だ。こんな小さな海苔巻きを10個食っても腹の足しになら
ない。それでも売れている。
寿司ブームにあやかろうとした商品がいろいろある。
まずはミスタードーナッツだと思ったな。「Sushido」なるものを販売した。
「Sushido」って何か?考えてしまった。寿司とドーナッツを合わせた造語だ。
写真を見れば分かるようにドーナッツを握り寿司のような形に作ったものだ。
売り子にも日本の着物に似せた服を着せて販売に当たらせている。
次に紹介するのがポテトチップスの海苔塩味だ。
パッケージを見てくれ。海苔巻きの写真が載っている。
海苔巻きの味なんてしない。海苔巻きの写真を載せることで、海苔を強調し
ている。これも寿司ブームにあやかろうとした商品だ。
いったい何時まで、この寿司ブームは続くのだろう。
2010/5/18
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こんな可愛い太った人形があった。数年前ならこの人形を可愛い
と思ったはずだ。表情が明るく、太っていることを全く気にしていな
い様子がいい。
今はタイの将来を案じて暗い気持ちになる。
今のタイを見ると10年前には見なかった、太った女が増えている。
この人形のような女がうじゃうじゃいる。
デパートのマネキン人形も太った女が立っている。デブというより
超肥満用のファッションが必要になり、それが売れるようなっている
証拠だ。かってのように細っそりした女が少なくなった。
近所の細っそりした可愛い女も子供を産んだらぶくぶく太りだした。
日本の太った女なんて比較にならない。
アメリカにはでっぷりした女がいる。そんな体型のタイの女が増え
てしまった。
彼等はこれから10年後には糖尿病と闘わなくていけない。
まだ庶民は誰もその危険性に気づいていないようだ。
食えなくて餓死した人々を見ているので、そんな時代を経験してい
るので食わなくてはいけないと思い込んでいるのか?
とにかく食う。食うから太る。太りすぎのツケはすぐにやって来る。
2010/5/3
この太った人形を買いたい方はこちらをご覧ください。
http://krungthep.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-487a.html
2010/8/23
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僧侶はタイでは尊敬されている。ソンテウでも助手席に堂々と乗れる。
中距離バスの中間駅からバスに乗り込んだ。最後尾に俺が座れる場所が
あった。僧が一人乗り込んできた。もう座る場所がない。
車掌が来て、一人の男を指差して「立て!」と言う。指名された男は黙って
立ち上がる。こうするのが当然と、車掌も男も思っている。
そこに僧が座ると、また二人の僧がやってきた。
僧は口にはださないが、「在家の者は立て!」というような態度だ。
二人の中年の男が立ち上がって僧に席を譲った。
僧がもう一人乗り込んできたなら俺が立ち上がらなくてはいけない。
もう乗客はいないようでバスは走り出した。
2010/5/8
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我々はタイ文字が読めないから、看板の絵などで店の種類を判断すること
が多い。この看板を見た時、医者だなと感じた。
二人の人が立っている。一人の背は高くてもう一人は背が低い。
男女が並んで立っているように見える。
二人の間に楕円形がある。二人が男女だとするとあの楕円は二人を結び
つける場所に見える。家は二人の愛の巣だ。そうするとここは医者、多分
産婦人科の医者だろうと想像する。タイ文字を読むと歯医者となっている。
二人の男女が並んでいるなら足が四本なくてはいけないのに二本しかない。
歯医者だとするとこれは奥歯のことなんだ。そうするとあの楕円は虫歯の
部分かな?
頭に見える丸い部分は何を意味しているのか?
俺の判断力が狂っているのか?
あの歯医者はもっと違った意図であんな看板を作ったのか?
2010/5/20
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風が変わった。今までとは違う涼しい風が吹き出した。
雨が近づいている証拠だ。
ポタっと雨が降ると、すぐにどどっと滝のような雨になる。
雨の粒も日本の雨より大きい。雨粒の大きさを測る手段がないから感覚
的に大きいと言うしかない。
日本の雨粒が直径1ミリだとすると、タイの雨粒は直径5ミリはありそうだ。
露天商は降りだしてから、商品を片付けようとしても間に合わない。
そんな暇はない。
風が変わると露天商はすぐに商品を片付け、豪雨に備える。
傘なんて役に立たない。俺は雨宿りできる場所に避難する。
多くの場合、30分もすれば雨は止む。
雨の間、通りには人っ子一人もいない。
猫も犬も何処かに避難している。
雨の後は涼しくなる。
2010/5/17
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辛くない料理もタイにはあるが、多くの料理は辛い。
昔は何を食っても辛かった。
毎日、ヌチャナートの料理を食っているうちに辛さに慣れてしまった。
タイの屋台やフードセンターなどで庶民が食べる物を食べている。
すると辛みが不足していて不味いものがある。
昔はそれでも辛かったはずだ。
今は辛みを求めて自分から唐辛子を加えている。
俺が持っていた日本人の味覚は完全に破壊されたようだ。
2010/5/7
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よくタイ人は地図が読めないとか、住所を言ってもわからないと日本人は
言う。バンコックのタクシーの運転手に地図を見せて「ここに行ってくれ」と
行ってもなかなか理解してくれない経験を持つ日本人は多い。
地図を使う習慣がないからタイ人は地図を使いこなせない。
自分が居る場所を知りたいので、この街路の名前を教えてくれと頼んでも
答えられない人が多い。街路に街路名を示す標識がないから街路名を知
らないのも当然なのかもしれない。字を読めない人が多いのも事実だ。
大ざっぱに言うとタイの住所は何々街路何番地という付け方になっている。
すべての街路に名前が付けられている。地図を見れば目的地が何処にあ
るのか分かる。地図上で目的地は分かったので出かけてみる。
欧米の町なら各交差点に街路の名前が出ているので、自分の居る位置
が分かる。このタイの田舎の町には街路名の標識がない。標識は思い出
したように所々にあるだけだ。南北に走る道の標識はあっても、東西に走
る道の標識がないから正確な位置がわからない。
俺はK街路に居た。地図を見るとC街路がK街路とM街路をつなぐ街路に
なっている。K街路からC街路を抜けてM街路に行きたい。
C街路らしき場所に来たがC街路という標識はないが、M街路と矢印を書
いた看板が出ている。多分これがC街路だろう。
矢印に従って曲がるとM街路にでるのだろう。
更に進むとM街路と直進の矢印が書いた看板がある。
看板に従って進むとM街路に出た。途中でこの街路の名前を書いた家が
あった。自分がいるのは間違いなくC街路だった。
街路の名前は分からなくとも、なんとか目的を達せられるようなシステム
は出来上がっている。
但しそのシステムはタイ文字で書かれているから外国人には利用しにくい。
2010/5/9
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10年前のタイでは女も子供も痩せていた。タイの女は細っそりしていて、
すらっと伸びた綺麗な足をしていると日本の男はタイの女を称賛していた。
その状況がここ数年で変化した。太った子供、女が増えた。
日本で言う太ったというような生易しい太り方ではない。
象さんという感じだ。ダイエットしなくちゃと言っている日本の女は太った
うちに入らない。足も太くなっているから、爪先を外に向けてガニ股で歩く。
経済環境が向上したのだろう、今まで食えなかった物を大量に食べるよう
になった。しかし、彼等の生活態度は変わらない。
てきぱきと素早く仕事をしない。さっさと歩かない。だらだらと時間を過ごす。
食う量が増えて体を動かさないから太るのも無理はない。
子供が太ったのは政府の政策にもよる。
一日三杯の牛乳を子供に飲ませている。本当に栄養不良の子供に飲ませ
るのなら分かるが既に十分に栄養をとっている子供にも牛乳を飲ませている。
そのため子供の肥満が増えている。
これから20年後には今の子供は糖尿病になる。
もう既に糖尿病の兆候を表している子供がいてもおかしくない。
太った女が増えたので洋服も太めの物が必要になった。
洋服を売る店の店先には太った女のマネキンが多数並ぶようになった。
栄養学的に見ると、タイ料理は健康食だ。
いくら健康食と言っても食い過ぎれば太るのは当然だ。
2010/5/10
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車は街道を快調に走っている。少なくとも時速80キロはでている。
道路脇にはいろいろな物を売る露店が並んでいる。
大きな看板が出ており、文字を読み取れればその露店が何を売っている
のかわかる。しかし、多くの露店は看板らしき物は出ていない。
それでもタイ人は遠くからその露店が何を売っているのか分かる。
試しに「あの露店は何を売っている?」と聞く。
近づくと、確かにタイ人が言う物を売っている露店だ。
ヌチャナートが叫んだ。
「あっ!蛙を売っている。次の店で停まって!」
まもなく、また蛙を売っている露店があった。蛙を串に刺して真っ黒に焼き
上げたものだ。漢方薬に出てくる蛙の黒焼きみたいだ。
腹をブスッと串に刺され4本の手足を広げた真っ黒な姿は俺の食欲をそそ
らない。蛙をあのように均一に真っ黒に焼き上げるには熟練と辛抱が必要
なのはわかる。綺麗な色だが、俺は食う気がしない。
「美味しいわよ。食べなさいよ」
多分、美味しいと思うのだが気持ち悪いという気持ちが先にたち食う気
になれない。
俺はタイ人は蛙ならどんな蛙でも食べるのだと思った。
体の周囲にオレンジ色の縁のある蛙がいた。
「この蛙は食べるの?」
「その蛙は食べないよ。あの蛙なら食べるよ」
毒キノコがあるように蛙にも毒蛙というのがあるのだろうか?
2010/5/21
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田舎のバスはトラックを改造したものだ。トラックの荷台の両側に長椅子を
並べたものだ。バスのルートは決まっており、そのルートを巡回している。
時刻表なんてあるのかないのかわからない。あるルートの始点で時刻表を
見たが今はもうない。ルート上の何処でも止まってくれるし、何処からでも
乗れる。
降りたい場所に来たら、スイッチを押すと止まってくれる。
バスに乗りたいなら腕を前に伸ばし、手を下に向けておいでおいでをする。
路上にいた客が急に「おいでおいで」をしたのか、運転手が客の発見が遅
れたのかバスは急ブレーキをかけた。
長椅子に座っていた乗客はそのまま前方にズルズルと滑った。
運転席に近い人は全員の体重を押しつけられた。
急ブレーキをかけた運転手を非難する人はいない。
遊園地のジェットコースターでちょっと危険を味わったように可笑しそう
に女は笑い合っていた。
2010/5/7
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コンビニに入った。とくに何を買うという目的もない。ポテトチップスの袋が
目に入った。毎日三食、タイ料理ばかりだ。ポテトチップスの袋が目に入る
と食いたくなった。
この暑さの中でポテトチップスを食ったなら喉が乾く。水も一緒に買い求
めた。さっそくポテトチップスを食べた。
食べ終わり、空になった袋をごみ箱に捨てようとした。
「待てよ、この袋はリサイクルになるかもしれない」
空袋なんて持っていても軽いから邪魔にならない。
空瓶、空き缶、ペットボトル殆どの塵芥をタイではリサイクルできる。
道路脇のごみ箱からそんな塵芥を集めて生活できる位の金を得ることが
できる。ポテトチップスの袋もリサイクルできるかも知れないから持ち帰る
ことにした。持ち帰ると決めて袋をしみじみ眺めた。
すると袋が日本の袋に比べて厚いのに気づいた。
アルミやポリエチレンなどを数層にラミネートした包装材料だ。
一年中、気温が高い国だ。それにタイの人々は食品の保存について
知識が低い。日差しが照りつけている中に油を多く含んだポテトチップス
を置き放しにすることなんて普通のことだ。こんなことをするから食品が
すぐに傷む。
脂が酸化して問題が起きると食品会社の責任にされる。
問題を起こしたくないから食品会社は安全性の高い包装材料を使うこと
になる。
ポテトチップスの袋をリサイクルしようとして面白いことに気づいてしまった。
2010/5/7
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タイ文字は表音文字だ。子音1+子音2+母音という組み合わせがあった
とする。文字通りに発音するのが正しい発音だと思うのだが、子音2が脱落
して子音1+母音という発音になることがよくある。
このタイ語の癖を理解できないとタイ人の話し言葉が理解できない。
日本人は子音の発音が苦手で、無意識のうちに子音に母音をくっつけて
しまうからタイ人には理解して貰えないことが多いが、二番目の子音を無
視して一番目の子音と母音をくっつけて発音するとすんなり通じる。
タイ語には外来語として英語が多く入っている。
「sprinkler」もその一つだ。これがタイ語訛りの発音になるとおもしろい。
まず最初の子音1+子音2+子音3+母音の組み合わせ「spri」だ。
この場合、子音3だけが脱落して「spi」となる。仮名で書くと「スピ」と発音
している。
次に「nkle」とまたもや子音が3個続くが「n」は音節の最終音と考えられ単
独で「ン」と発音される。「n」は「スピ」に続いて発音され「スピン」となる。
「スピ」に続いて「n」が発音されたため次の組み合わせは「kle」となる。
子音1+子音2+母音の組み合わせと考えて通常の規則が当てはめられ
「ke」と発音される。「ケ」あるいは「カ」に近い音になる。
最後の「r」は長音と見なされる。「sprinkler」をタイ人が発音すると
「スプリンクラー」ではなくて「スピンカー」となる。
子音が3個連続した場合、タイ人はどのように発音するのか考えても
いなかったので、この発音を聞いた時、思わず笑ってしまった。
2010/4/30
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鮎釣りなどで川の中に入って釣りをしている人を見るとヌチャナートは怖そ
うに「鰐はいないの?」と聞く。それを聞くと俺は何時も笑い出す。
「日本には鰐なんていないよ」
ある時、大勢で筏で川を巡り飯を食いビールを飲んだ。
流れの緩やかな場所で船頭が、「ここで泳げますよ」と言う。
子どもたちは着のみ着のままで川に飛び込む。水着は贅沢品で庶民には
手が届かない値段だ。
「あっ、鰐だ!」一緒にいたドイツ人が叫んだ。俺は鰐を探した見つから
なかった。田舎のまた田舎の川だから鰐が住んでいて不思議はない。
ここは町の中心にあるお寺だ。寺の周囲は池になっている。
池には沢山の魚が住んでいて、よい釣り場になっている。
池の中心に寺がある。寺にかかる橋の上で魚に餌を与えていた女の子が
怖そうに叫んだ。母親は女の子が見つめている方を見ている。
俺には何も見えない。
「鰐ですか?」まさかと思いながら母親に聞いた。
「ええ、そうなんですよ。」
「・・・・」
俺は呆気に取られた。町の中心にあるこんな場所に生きた野生の鰐がい
るのか?池の岸辺を見た。なにか動くものがある。
「鰐だ!」
「あそこにも!」
母親が指差す方向を見ると池の中を長さ一メートルほどの鰐が泳いでいる。
ヌチャナートが鰐を心配する気持ちを理解した。
「ここには鰐が沢山いるのですか?」
「百頭ほどいますわ。夜になると池から這い出すんですよ。」
「・・・・・」
「犬が吠えて鰐を池に追い返しますわ」
運がいいというのか悪いというのか、池の外に抜け出した鰐は自動車に
ひき殺されることだろう。
町の中に野生の鰐という組み合わせに俺は驚いた。
2010/5/17
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炭火で焼いた物は美味い。ガスと違って炭火は火力の調整が困難だ。
それと必ず無駄な炭火がでる。料理を三つ作るとする。ガスだと三つ目の
料理を作り終わったならガスを止めることができる。
炭火の場合、料理を作り終わっても炭火はまだかっかと燃えている。
日本の場合、そのような燃えている炭を消し壺に入れてすぐに消す。
消し壷なんて言っても分からない人が増えてしまった。
今時、焼き鳥、蒲焼屋を除いて日本で炭を調理に使う家庭なんてない
から当然だ。
消し壷というのは調理後にまだ火のついた炭や薪を入れて火を消す壺だ。
消し壺に入れた炭や薪は次回の料理の時に使う。消し壺からだした炭や
薪は消し炭と言って着火が容易だから、炭を熾(おこ)すのに使う。
これは炭や薪を節約する方法でもあるし、火事を防止する方法でもある
のだが、タイ人は消し壺を使わない。
そのままこんろの中で炭を燃え尽きさせる。
ウチで料理を作り終わった。それを見ていた隣人が焼き網に魚を載せて
持ってきた。
「ちょっとこれを焼かせてくれよ」
「ああ、いいよ」
どうせ余った炭火だ。これで魚が焼ければそれはそれでよしだ。
残り火の有効利用と考えればよい。
他人の家の炭火で調理するなんて日本の普通の家庭では考えられない。
おおらかなタイの田舎の生活だ。
2010/5/2
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レストランに入りビールなど飲み物を注文するとアルミ製のバケツに氷を
入れて持ってきてくれる。とにかくタイ人は物の取扱が乱暴だから、多く
の店のアルミ製のバケツはボコボコになっている。
苦笑しながらボコボコのバケツから氷を取り出す。
氷を入れた冷たい飲み物を飲む。もう一杯飲み物を飲もうとすると、何しろ
熱帯だから、もう氷は溶けて水になっている。保温容器を使えば良いのに
と俺は思う。
氷を使わないうちに水にしてしまうなんて無駄ではないかと思うでしょう。
俺は店の立場に立って考えてみた。
保温容器に入れて氷をだせば、氷はいつまでも溶けないので売上げに繋
がらない。アルミ製バケツならすぐに氷が溶けるので、客はまた氷を注文
するので売上げが増える。
店としては売上げが少々増えるが、エコロジーとして考えれば保温容器を
使うべきだ。保温容器を使えば従業員が僅かな売上げ増のために、余分
な労働をしなくてすむ。
2010/5/21
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俺は見たことがないのだが、タイは闘鶏が盛んな国だ。
大事に育てた軍鶏を闘わせて金を賭ける。
見ている人はかなり興奮するらしい。
その気持ちは想像できる。
闘鶏をやる場所は限られている。闘鶏場までどうやって軍鶏を運ぶのだ?
考えても見なかった。
コールドチェーンとか冷凍技術が発達していない時代は、大きな竹籠に鶏
をぎゅうぎゅうに詰めて生きたまま運んでいた。生きている間は鶏は新鮮
で腐っていない。目的地まで死なない程度にぎゅうぎゅう詰めにした。
残酷だなんて言っていられない時代だった。
こうしないと鶏肉は腐ってしまう。
闘鶏場まで軍鶏をぎゅうぎゅう詰めにしたら、いざ勝負という時に体力
がない。これじゃ話にならない。
軍鶏を運ぶためのこんな箱を見た。
これなら軍鶏はゆったり落ち着いていられる。
そして勝負となったら全力で戦うのだろう。
2010/4/30
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飛行機の格納庫から壁を取り除いたような建物がある。
そこは雨天でも営業できる小さな市場を目指したものだ。
まだあまりテナントが入っていない。テナントの一人に米売りがいた。
南京袋というのか麻袋というのか一袋に60キロほどの米が入る袋の口を
あけて米を売っている。
鳩にとってそこはよい餌場だ。鳩は袋の口に止まって商品の米を食って
いる。それを見ても売り子は無関心だ。
鳩が食う量なんて限られている。たいしたことはないと思っているのだろう。
もしかすると鳩は米を食いながら米の中に糞をしているかもしれない。
俺がそれを笑いながら見ていると、売り子は面倒くさそうに鳩を追った。
俺が立ち去ると、また気怠い雰囲気でぼんやり何かを見つめている。
2010/4/24
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誰でもタイに来て驚くのは余りにも古いバスが走っていることだ。
40年、50年前のバスが公共の交通機関として走っている。
民間の個人が所有していて自己責任で古い自動車を使っていても俺は気
にしない。公共の交通機関となると話は別だ。乗客の安全のためよく整備
された乗り物を提供すべきと考える。
テレビやスピーカーなんてとっくの昔に壊れている。
多くのバスの窓は開いているものは閉まらない。閉まっている窓は開かな
いのが普通だ。テレビや窓なんて安全に関係ないからどうでもいい。
今まではそんなバスが国道を堂々と走っているのが不思議に思えた。
最近、そんなバスがちゃんと止まることがもっと不思議に思えるようにな
った。ブレーキなんてとっくの昔にすり減っていたはずだ。
それを修理して今でも使っている。
急ブレーキをかけて止まることがある。
あんなバスがちゃんと止まるなんて実に不思議だ。
2010/5/6
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短中距離バスは何処からでも乗り込める。道路脇に立っているとバスが
やってくる。バスの運転手が客を発見するとクラクションを鳴らす。
目的のバスでない場合は無視するとバスはそのまま高速で走り去る。
目的のバスが来たら合図をするとバスは止まってくれる。
バスやタクシーを止める場合、日本では手を上げて合図をする。
タイの合図はちょっと変わっている。この合図の仕方に英語国民も興味を
もつ。英語の観光案内書だったかな、バスの止め方の説明を読んだことが
ある。
タイ人は腕を前に伸ばして手を下にむけて「おいでおいで」と手を振る。
そうするとバスは止まる。
簡単だと思うでしょう。実際、簡単なんですが、田舎の国道でこれを一人で
やるのは意外と大変ですよ。かんかん照りの太陽に熱せられ、コンクリート
の道路が出すむっとする熱気を吸いながらバスを待つ。
バスの表面には行き先が書いてある。高速で走るバスの行き先を瞬時
に読み取らなくてはいけない。当然、タイ文字しか書いてない。
タイ文字にも楷書、草書のようなものがある。フォントの違いという方が
正しいかな?苦手のフォントだと読むのに時間がかかる。
あっと言う間にバスは通り過ぎてしまう。
日本のバスの場合、北方向に走るバスは「銀座」、南方向に走るバスは
「新宿」と走る方向によっていちいち行き先表示を変更する。
タイのバスは進行方向によって行き先表示を変えない。
どのバスも発地、着地、途中の通過場所を車体に大きく書いてある。
一度書き上げたら、そのままだ。文字数が多いから、読み切らないうちに
バスは目の前を過ぎて行く。
「あっ、あっ、今のバスでよかったのだ!」と走り去るバスの後姿を睨み
つける。ねっ!簡単なようで困難なのがわかるでしょ?
2010/5/6
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バンコックでは赤シャツ集団が騒ぎを起こしている。それに呼応して田舎の
赤シャツ集団も集会を繰り返している。集会場の周囲には、ダンボールに
手書きの要求書のようなものがでている。
内容は現政権を批判し、自分達の要求を掲げたものと推定している。
読まなくともだいたいそんな所と相場は決まっている。
政府側の残虐な対応を強調する写真パネルが張り巡らされている。
手書きの要求書より大きくて写真が出ているパネルに人は集まる。
その中に多くの人が注目する写真があった。
太ったおばさんがオッパイを丸出しにして政府側の兵に両手をあげて叫ん
でいる写真だ。
集会場の警戒に当たっているのは警察と軍だ。
警官も兵もおばさんのオッパイに注目する。俺と目が合うと警官も兵も
ニヤっと笑う。太ったおばさんのオッパイは長く垂れ下がっている。
この写真のインパクトが強すぎて、他の写真の影が薄くなっているのに
赤シャツ集団の幹部は気づいた。次に集会場に行ったら、おばさんが手を
上げている後姿の写真に代わっていた。
おばさんのオッパイは長いのではなくて偉大なのだ。
2010/4/27
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俺はいつの間にかタイの軍事施設の中に入り込んでいた。軍事施設に入る
道には柵もないし、衛兵もいないから知らないうちに入っていた。
軍事施設と言ってもゴルフ場や住宅などだ。軍事機密や武器などにふれる
施設ではない。
銃剣を刺し突撃体勢に入っている兵の銅像があった。
持っている銃から推定して第二次大戦中の兵の装備だ。当時の日本の兵
も似たような装備だった。
俺は兵の腰の辺りにある容器に注目した。
僧へのタンブンにも使う弁当箱のようなものを兵はぶら下げていた。
日本の兵の場合、ここに兵式飯盒がぶら下がっている。
タイの兵も日本の兵も飯を主食として食べる。
しかし、飯を運搬する手段が違う。
日本兵の飯盒は明治以降に発達したものだ。
それに比べてタイの兵の飯盒は明治以前から同じような形だったろう。
大昔は竹など自然の材料で作っていたと思う。
今ならステンレスで作られたものだろう。
この銅像の時代ではアルミ製だったと推定する。
同じ飯を運ぶのに運搬手段が違うのが面白いと思った。
2010/5/8
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携帯電話で話している時、雷があると携帯電話に落雷することがあるそう
だ。たしかにタイの雷は日本の雷より凄い。
「雷が鳴っているときは危険だから電話するな」と教わった。
信じられないような話だが忠告を受けておいたほうが良さそうだ。
そのような実例があったから、ある話だろう。
2010/5/10
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交通事故の比率は日本よりタイの方が高いのではないか?
その大きな理由の一つは交通法規を守らないことにあるのは言うまでも
ない。側道を逆方向に走るなんてごくごく普通だ。
町の中心から30キロほどの所に出かけた帰り道だ。
交通手段はトラックを改造したソンテウと言われるバスだ。
ソンテウを乗りこなすにはタイ語を話し、読めないとちょっと難しい。
いつの間にやら、俺もソンテウで歩き回るようになっていた。
始点から乗り込んだのは俺と若い女だ。二列に並んだ椅子に向き合って
座った。長いこと誰も乗り込んでこなかった。どちらからとも話しかけ、話を
続けた。女は進行方向に顔を向けており、俺は走り去る方に顔を向けてい
た。女が悲鳴をあげる。俺には何が起こったのか分からない。
走り去るソンテウの窓から見ると、路上には二人乗りのバイクが転倒して
いた。乗っていたのは二十ぐらいの若い男だ。
彼等はすぐに起き上がり、車に轢かれるのを防いでいた。
若いから素早く対応できた。
これがちょっと年をとっていたらあんなに素早く対応できないだろう。
まあ、おおきな事故、怪我がないようでよかった。
2010/4/27
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高級レストランでは見かけないが、屋台やフードコートなどでは女のあぐらを
良く見る。椅子に座るのではなく、椅子に乗りそこであぐらをかいている。
俺にはどうにも奇妙な光景に見えてしまう。
庶民の家庭ではござを広げてそこで食事をする。
その場合は男も女もあぐらをかいて食事をしている。
日本で言う正座はしない。
足を横に出し尻を地面につける人魚姫のような座り方が正式な座り方の
ようだが、食事中にそんな座り方をするのを見たことがない。
2010/5/9
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レストランに大きな看板がでている。読むとカオマンガイと書いてある。
読んでしまうと何となく食いたくなる。
変な外人が入ってきたので、その店のおやじが怪訝な顔をする。
「お前、何しにこの店にきたんだよ!?」と言いたそうな顔で近寄って
くる。俺はぶっきらぼうに「カオマンガイ」と一言いう。
これを聞くとおやじの顔は豹変した。相好を崩して
「カオマンガイでございますね。かしこまりました」
おやじは愛想のよいにこにこ顔になる。
どうやらカオマンガイはこのおやじの得意料理らしい。
通りに面した所が調理場兼受注場で、その後ろに客が座る食卓が並ん
でいる。俺は調理場と通りが見える食卓についた。
おやじは皿をとりあげた。嬉しそうににこにこ笑いながら、真っ黒な雑巾
で皿を拭き始めた。
おいその真っ黒な雑巾はその辺を拭いた雑巾じゃないのか?
おやじにとっては、と言うよりタイ人は一般的に衛生に気を使わない。
雑巾は非衛生的だとは絶対に考えない。
衛生より客に出す皿がぴかぴかであり、汚れがないことが大切だ。
多分、俺に出す皿の何処かに汚れがあったのだろう。
雑巾は汚れを拭き取る道具だ。ぴかぴかになれば非衛生的でも構わな
いとタイ人は考えている。大切な俺というお客様のために皿を磨いてくれ
る親切に俺は感謝しなくてはいけないのだ。
大きな四角い包丁で鶏肉を丁寧に切っている間もおやじはにこにこ笑って
いる。おやじに似た顔つきの女がいる。どうやら娘らしい。
その娘が料理を持ってくるのかと思ったら、歯が抜けたおばさんが料理を
もってきた。普段なら雑巾で拭かれた皿に盛り付けられた料理を食うには
勇気がいる。空腹とは恐ろしいもので、非衛生的だなんて考えない。
タイではこんなもんだよと変な悟りを開いた。
気がつくと料理の写真を撮ることを忘れていた。
この店の看板料理だけあって、美味かった。
鶏肉を柔らかなまま火を通すのは難しい。熱をかけすぎると鶏肉はぱさ
ぱさになって美味しくない。この店の鶏肉は丁度よい火加減で止めてある。
味は良かったが、あの真っ黒な雑巾には参ったな!!!
2010/5/3
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コーリン鉛筆という名前の鉛筆を知っている人は少なくなっている。
正三角形の左側に目鼻が描かれたマークが特徴になっている。
俺には正三角形と言うより氷山に顔というイメージが浮かぶマークだった。
良質の鉛筆作っていた純粋に日本の会社の名前なんだが、何年か前に
倒産している。会社は東京の下町、葛飾区だか墨田区だか・・・・その周辺
にあった。
この会社が日本で倒産してからタイにやって来て鉛筆の製造を始めたと
いう記事を読んだ。英文で読んだ気がするからタイの英字紙で読んだの
かも知れない。
子供の教育には鉛筆は欠かせない。良い鉛筆は絶対に売れる。
この製造技術を絶やしてはいけない。そんな従業員の意気込みがコーリン
鉛筆をタイで再生させた。
文房具売り場に「6本12色えんぴつ」と日本語が書かれた鉛筆が目に
入った。日本製品は高級品という感覚がタイに出来ている。
日本製品に見せかけるためパッケージに日本語を書くことがよくある。
中国製鉛筆に日本語が書かれているのだろうと思いながら鉛筆を手にとっ
た。すると見覚えがあるコーリン鉛筆のマークが目に入った。
パッケージの横にはカタカナで「コーリンエンピツタイランド」と書いてある。
何時だったか読んだ記事のコーリン鉛筆がタイで頑張っているのだ。
もう嬉しくなってその鉛筆を買った。
日本で倒産してタイにやってきた。
工場を立ち上げ、タイ人の従業員に仕事を教える。
それがどんなに大変な作業なのか、タイ人の生活の中に入らないと分から
ない。コーリン鉛筆の活躍を祈ってやまない。
2010/5/9
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訪問客に歓迎の意を表するため日本ではお茶をだす。
「何はなくともお茶一つ」が日本の文化と言える。
タイでは熱い茶を飲む習慣がないからお茶なんてださない。
しかし冷たい水を出してくれる。
暑い中を訪ねて行くと喉が乾くから水はありがたい。
しかしその前に水を飲んでいると、腹がだぶだぶで水は欲しくない。
それでも無理して俺は飲む。飲んであげないと礼に失するのではないか
と恐れている。
「何はなくとも水一つ」がタイの文化みたいだ。
2010/5/6
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料理の作り方を見ていると、食材の切り方が日本とタイでは違う。
タイ人の切り方は叩き切るか、ぐんと押しつけて切る。
刺身を切るように包丁を滑らせて切ることはない。
切り口の美しさも刺身の場合は大切である。
マグロの赤みの切り口がぐちゃぐちゃだったなら、食べる気がしない。
切断面の美しさをタイ料理の場合、重視しない。
適当な大きさ、食べやすい大きさになっていればタイ料理ではいいのだ。
薄切りにするには包丁が切れなくてはだめだ。
河豚の刺身のように皿の模様が透き通って見えるほど薄く切るなんて
調理方法はタイにはない。従って、包丁が鋭利である必要はあまりない。
肉や魚がすーっと切れないと俺は満足しない。
切れない包丁を見るとすぐに研いで、刃を鋭くしておく。
タイの田舎の生活では薪と炭で調理をすることが多い。
炭を焚き付けるには細い木が必要だ。焚き付けに使える薪がないと俺が
研いだ包丁で薪を切っている。
これじゃ俺が幾ら研いでもすぐに包丁が切れなくなるはずだ。
2010/5/1
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大きな交差点にはジャスミンの花輪売りがいる。
蒸し暑い夜にはジャスミンの香りが遠くまで届く。
彼等はたいていみすぼらしい格好をしている。
赤信号で車が止まると、運転手に花輪を見せて花輪を売る。
信号が変わるたびに道路を横断して止まっている車の列の中を売り歩
く。日本人の感覚では貧乏な行商人に見える。とても自動車を持つことが
できる階層には思えない。
彼は車列から離れてトラックに向かって歩き出し、トラックの荷台でごそ
ごそやりだした。何をやっているのだ?ドロボー??
不思議に思い、彼の傍に近づいてやっていることを見た。
驚いたことに彼はこんな立派なピックアップトラックに乗ってこの交差点
にやってきた。それに驚いているだけでいけない。
彼は花輪を氷を詰めた発泡スチロールの箱に入れている。
トラックの荷台に発砲スチロールの箱の蓋がちょこっと見えるでしょ。
俺は感心しながら見ていた。
「こうしないと花がすぐに駄目になるんですよ」
なるほどね。彼はこの商売に徹し、工夫している。
新鮮な花だから売れる。
2010/5/9
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小さな子供もタイではバイクを運転する。小学校の高学年になると誰でも
無免許でバイクを乗り回す。ちょっと前まではそのような無免許運転にも
寛容だったが、最近は取り締まりが厳しくなったようだ。
「あそこまでバイクで連れて行ってくれないか?」と子供に頼んだら
「あっちは警官がいるから駄目よ」
「この間、こっちに行っただろ?」
「こっちは警官がいないから、大丈夫なのよ」なんて言う。
その時、タイの警察も子供の安全の為に取り締まりを厳しくしたのだと感じた。
路地から本通りに出る所に三人乗りをしているバイクがいた。
本通りに出る前に、本通りの様子をうかがっている。
後から追いかけてきたバイクに
「警官がいるわよ」と注意している。
「警官なんていないわよ」
「いるわよ!」
三人乗りのバイクはUターンした。
追いついたバイクも同じくUターンして今来た道を戻って行った。
2010/5/9
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